軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

出来の悪い娘か……

旧アルーツ王国内・現ユニバンス王国自治領領主屋敷

「トリスシアの様子は?」

「はい。先ほど牛の丸焼きを食べて『寝る』とだけ告げて」

「そうか」

苦笑しながら窓まで歩いたキシャーラは、中庭で大の字に寝ている女性を見つけた。

それを囲うメイドたちがどうしたものかと困り果てている。半裸で寝ている彼女が抵抗するから運ぶに運べないのだろう。

食人鬼(オーガ) と異なる世界で呼ばれる存在の彼女は、とにかく大柄で凶暴だと知れ渡っている。

「キシャーラ様」

「何だ?」

呼ばれ彼は振り返る。

長く自分に仕えてくれている人物は、ここ最近の連敗からか疲労をため込んで頬をこかしていた。

「帝国軍への調略の類は効き目を失いました」

「あの女狐が手を打ったか……どうせ外道な方法だろう?」

「はい」

綱紀粛正のためにと将軍の1人を処罰することは間違いではない。けれど彼女はその方法を間違える。

相手に、部下たちに恐怖を植え付けているのなら満点回答なのかもしれないが……ただ自分が楽しみたいからそれを行う。

「命欲しさにこちらの使者とすら会わなくなりました」

「仕方あるまい。今我々がしていることは時間稼ぎだ」

応じてキシャーラは窓に寄りかかった。

「次からは俺も前線に出る」

「それは」

「言うな。時間を稼がないことには援軍が来る前にこちらが力尽きる」

分かり切っている事実だ。

現状キシャーラたちが出来ることは焦土作戦ぐらいしかない。全ての人と物を抱え退却する。攻めてきた帝国軍は現地で補給が出来ずに兵站が苦しくなるはずだった。

「あの女の嫌なところはその部分に長けているところだがな」

「はい。帝国軍が干上がることはないかと」

「ならば徹底的に時間を稼ぐしかないな」

ニタリと獰猛な笑みを浮かべてキシャーラは軽く首を鳴らす。

もう何を言っても無意味だと察し彼……ヤージュは説得を諦めた。

「しかし本国からの援軍は」

「分かっている。来ても兵が僅かだろうな」

期待はしているが本国となったユニバンス王国がドラゴンスレイヤーを派遣することなどありえない。

良くて兵が派兵され……ブシャール砦までの退却する時間を稼げれば上出来のはずだ。

「苦しい戦いになるな」

「はい。ですが我々はその苦しさに慣れております」

「皮肉るなよ。ヤージュ」

苦笑し、苦労ばかり掛けてきた部下にキシャーラは優しげな目を向ける。

「俺に付き合い無理ばかりさせたな」

「何を言いますか。この命は貴方様に拾われたものです」

「だが子も家族も残さず」

「それを貴方様が言いますか?」

「違いない」

子供のように笑い……キシャーラは軽くこぼれた涙を拭った。

「絶望的な戦いを前にまだ笑えるとは……本当に俺たちは戦争馬鹿だな」

「違いありません」

『煩いんだよ!』と、外から怒鳴り声が響き、慌てたヤージュが窓の傍に駆け寄ってくる。

窓に寄りかかっていたキシャーラは肩越しにそれを見れば、頭を掻きながら起きたトリスシアがメイドたちと何やら言い争っていた。

どうやら上半身裸で寝ている彼女にメイドたちが服を着せようとしたらしい。

「もう暖かいんだ。裸で十分だろう?」

「男性の視線もありますから」

「見られて困る体じゃないよ。まったく」

全身が筋肉でできている彼女は、どうも自分が『女性』だという認識が薄すぎる。

筋肉以外にも胸には逞しい乳房が存在しているのだ。

「トリスシア!」

「ほら煩いのが騒ぎ出した」

何も聞きたくないと言いたげに両手で耳を閉じる彼女に対し、窓を広げて身を乗り出したヤージュが吠える。

「貴女は女性なのですから、格好に気をつけなさいといつも言っているでしょう!」

「あ~煩い。何も聞こえません」

「聞こえているでしょう!」

それからしばらく問答が続き、折れる形でトリスシアが服を肩から羽織って胸を隠した。

「まったく本当にあれは……」

「苦労しているな。ヤージュよ」

「本当に」

深く深く息を吐きながら窓を閉じた彼は、そっと外を見る。

次は『ここで寝るな』と言うメイドたちにあのオーガは耳を塞いで聞こえない振りをしている。

「本当に彼女は……」

と、ヤージュはその表情を崩して柔らかな笑みを浮かべた。

「出来の悪い娘とは彼女のようなことを言うのでしょうね」

「出来の悪い娘か……」

答えてキシャーラも笑みを浮かべる。

「あれを産む女を抱けるお前を俺は尊敬するぞ?」

「冗談ですよ」

「分かっている」

少しムッとした表情を見せる彼にキシャーラは軽く手を振り『あくまで冗談だ』と態度で示す。

「けれどお前の娘は本当に孝行娘じゃないか」

「……そうですね」

今回の退却戦で常に殿を務めるのがオーガのトリスシアだ。

誰に命じられるわけでもなく、仲間たちを救うために自ら進んでそれを務める。

どれほどの傷を負おうが、どれほどの仲間の屍を残していくことになろうが、彼女は最後まで後方で盾となるのだ。

「父親であるヤージュよ」

「皮肉めいたものを感じますが……何か?」

主人にニヤニヤした表情に呆れながら、ヤージュはその顔を庭に居る“娘”に向ける。

「お前は最後までトリスシアと共に居ろ」

「……」

「あれはお前の言うことだけは聞くのだからな」

笑いながらキシャーラは歩きその場を離れていく。

主人が部屋を出ていくのを見送ったヤージュは、また視線を外へと向けた。

馬鹿な娘が複数のメイドたちに手足を掴まれ強制的に運ばれていた。

本当にあの馬鹿娘はと……そう思いヤージュは苦笑した。

あれを“娘”と思い呼ぶ自分がそれほど嫌な気持ちでいないことに気づいたのだ。

「私ももう齢ですね」

苦笑し彼は軽く顔を撫でた。

「あんな馬鹿者でも娘と思い愛おしくなるのですから……本当に困りましたね」

嘆息しながらも彼の視線は娘に向けられたままだった。

その目はどこまでも優しく、そして暖かだった。

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