軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

……酷い男ね

寝ていると不意にそれがやって来る。

初めの頃はどう対処したら良いのか分からなかったが、今では手慣れたものだ。

僕だってちゃんと成長するのだ。

抱き付き顔を押し付けて来るノイエは完全に寝ている。

ただその目からは涙が溢れて止まらない。

急いで体勢を入れ替えて彼女を正面から抱きしめる。

「大丈夫だよ」

優しく語って頭を撫でてやる。

僕を掴んでいた彼女の腕が緩まる。

このタイミングを間違えると、背骨とか肋骨とかが笑えない状態になる。

一回本気でミシッと軋む音を自分の体の中から聞く羽目になった。

でも今は大丈夫。

「だから泣きたいだけ泣けば良いんだ」

優しく優しく彼女の頭を撫でてやれば、ホッと落ち着いた様子で力が緩む。

初めての頃はこの密着に『おぱいがっ!』とか焦ってた。

でも夫婦の営みを経た僕がそうやすやすと、

「生おぱいがっ!」

忘れてた。今のノイエは全裸でしたね!

落ち着け僕。と暴れん坊な方よ!

明日からお仕事復帰だしと思って、今夜はその……ちょっと頑張っちゃった訳です。

深呼吸をして気持ちを落ち着ける。

それにしてもここ最近は無かったんだけど……家が変わって環境の変化とかで出たのかな?

顔色一つ変えずに泣き続けるノイエは、自分が泣いているという自覚は無い。

きっと起きてから聞いても首を傾げるだけだ。

「……な」

ヤバいヤバい。

ほらノイエ。頭撫で撫でですよ~。

アホ毛を重点的に撫でると彼女の腕が緩まる。

「みん……な」

ポツリとその口からこぼれる言葉は、彼女の涙と同じで何の感情も無い。

でも聞いていると胸の奥がギュッと痛くなって来る。

「ごめんなさい……」

僕は彼女の過去を他人からの言葉や文章でしか知らない。

こちらから質問をして彼女から聞こうとも思わない。

きっとそれで良いはずだ。

聞いて悲しい過去を共有する……と言う考えもあるだろうけど、僕はちょっと違うと思う。

それはただ彼女の悲しい過去を知るだけの行為だ。共有じゃない。

共有は一緒に体験するからこそ得られるものだと思う。だから僕は彼女の過去を共有できない。

過去を抱えて苦しむ彼女を……優しく抱き締めて慰め続ける。

それが少しでも彼女の励ましになるのなら僕はそれを死ぬまで続けるだけだ。

『自分が格好良いとか勘違いしてる?』

物凄い毒舌だな。思って無いし。

『なら貴方は彼女の過去を聞くのが怖いだけなんじゃ無いの?』

そうかも知れない。でもそれが何?

『……酷い男ね』

それで良いよ。

『だから私は貴方が嫌いなの』

一方的に会話を終えやがった。

僕は酷い男でも良いさ。

彼女の過去を聞くのが怖いのも事実だしね。

でも……一番嫌なのは彼女の口からそれを言わせることだ。

傷口を抉って相手の口からそれを聞くだなんて……僕には出来ないよ。

だってノイエのことが好きで好きでたまらないんだ。

どんなことであれ傷つけたくないと思ってしまうほどに、だ。

「弱い男でごめんね」

自分の弱さは知ってるから、僕は彼女を護りきれないかもしれない。

それでも……少しでも良い。護りたいんだ。

そっとアホ毛にキスすると、彼女は全身を震わせた。

涙はもう止まっている。

残っている目の下の涙を指で拭う。

「お休み……ノイエ」

「この度は本当にもう」

「……」

執務室に来た僕に対してクレアの態度と視線が厳しい。

あわあわしているイネル君を見てると本当に癒されるわ~。

「これ。2人で食べて頂戴」

「……いただきます」

ため息一つを吐き出して、彼女はケーキを受け取り仕事に戻る。

本当にやり過ぎたのは認めるので、今日は大人しく仕事をしますよ。

席についてまず今後のスケジュールを確認する。

「……イネル君」

「はい?」

「これっていつ届いたの?」

「今朝です」

「……」

だろうね。

訝し気にこっちを見ているイネル君から視線を外して、机の引き出しからそれを取り出す。

木の実のジャム~って、クレアの視線が怖いんですけど? 食べないからね?

その瓶の底に張り付けてある鍵を取って、机の引き出しの鍵穴に差し込む。

えっと……確かこれだ。

「イネル君」

「はい?」

「大至急ココノ補佐官を探し出して、これを渡して来て」

「はい」

宰相お兄ちゃんを探すなら補佐官のココノさんを探せと言うことぐらい、いい加減学んだ。

で、もう一人はたぶんまだ自室に居るはずだ。

「クレア」

「……はい」

「これを大至急国王様に」

「ってわたしの方が辛い仕事!」

そうかな? ココノさんも結構お城に居ない人だからハードル高いと思うよ。

「僕はここか、馬鹿王子の部屋に居ると思うから何かあったら来てね」

突然な急の仕事に納得していない様子だが、二人と一緒に部屋を出て馬鹿王子の執務室へと急ぐ。

主人が地方巡視の為に無人と化している部屋の前にはメイドさんが二人立っていた。

「中に入るよ」

「どうぞ」

控えていたメイドさんが扉を開き中に入ると……机の上に山盛りの書類がっ!

僕の方に回って来てないってことは急ぎの仕事じゃないんだろうけど……後で全部回して来たら絶対に泣かせるからな馬鹿兄貴~。

普段彼が使っている椅子に座って、合図は手を二回叩いてからもう一回。

「お呼びでしょうか?」

スラッとした長身のメイドさんが、どこからともなく現れた。

(c) 2018 甲斐八雲