軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

追憶 セシリーン

私は普通の家庭に生まれた。農夫の父と母の間にだ。

唯一問題があったとすれば……私の目に光が届かなかったこと。

乳飲み子の頃は問題無かった。

成長し、ハイハイをしていて物に良くぶつかる私を疑問に思ったのは母方の祖母だった。それから医者に診て貰い私の目の問題が分かった。

父方の両親はそんな私を遠回しに殺せと言ったらしい。

育てるのも大変だし、何より私の将来を悲しんでだ。

一方母方の両親は私を育てようと言った。

協力して家族一緒に立ち向かおうと。

父は自分の両親と縁を切って私を育てることにした。

縁切りをしたのは将来老いた両親に迷惑を掛けないという父の強い意志だった。

それから私は母方の家で育てられた。

私の両親が母の両親の畑の面倒もみる。畑仕事から解放された祖父と祖母が私の面倒を見るのだ。

優しい人たちに囲まれて私は育った。

ある日、目の見えない私を祖母は手を引いて街にある孤児院に連れて行ってくれた。

目は見えなくても子供たちの声を聞けば少しは楽しんでくれるだろうと……別に私は日々の生活に不満など無くて舌打ちをしていた訳じゃないのにだ。

子供心に舌打ちをして跳ね返って来る音で部屋の様子が分かることに気づいたからだ。

それを説明しても祖父や祖母は理解してくれない。目が見えないからそんな嘘を言っていると決めつけていたのだ。

別に構って欲しくて嘘を言っていた訳では無いのに、優しくされるから私はそれ以上言わなくなった。

ただ孤児院で音を聞いていてもつまらない。

音だけなら離れていても聞こえるのに……近くで聞くと少し耳が痛いぐらいだ。

でも私はそこである出会いをする。

朝晩に出る孤児たちの食事……その食事の時に孤児院ではちょっとした祈りの歌を捧げる。

私はその歌を聞き続け完璧に覚えた。だから子供たちから離れた場所で一緒になって歌ってみたのだ。

初めての歌に少し声が上擦って音が外れたけれど、途中からはちゃんと音程を守り歌えたはずだ。

何故か歌え終えるとその場に居る全員が私を見て……それから私は歌うことを子供たちから求められるようになった。

目が見えないと言うことで遠巻きに観察していた子供たちが、同世代の子供が近くに来てくれたのは嬉しかった。

だから私は求められるがままに歌い、新しい歌を覚えては披露する。

最初は孤児院で歌っていたのに気づけば街の中心で歌うようになっていた。

私の歌声に皆が喜び笑ってくれた。

幸せだった。この幸せはいつまでも続くと思った。

流行り病で母が倒れ、その看病をしていた父も倒れた。

薬など買うお金も無いが……何より薬自体の数が少なかった。

結果として私は短期間で両親を失った。

今度は祖父が畑仕事をするようになり、祖母はその手伝いと私の面倒と……疲労を溜め込んで行く。

どうにかこの生活を変えたいと願う私の前に現れたのは、縁切りされた父方の両親だった。

彼らは私の歌を売ることを提案して来た。

芸として披露すれば金銭を得られると言うのだ。

母方の両親は反対した。私の歌は商品では無いと……皆が笑う為に遣わされた物なのだと。

だけど苦しい生活を見かねて私は自分の声を、歌を商品にした。

その日から私は『歌姫』になった。

お金の為に歌う。

お客さんの大半は歌を聞きに来たのではなく私を見るために来ていた。

貴族たちは優れた芸を持つ女性を囲うことで自分の権威を見せつけたいのだ。

そんな貴族たちの心の中を知り、吐きそうになりながらも私は歌い続けた。

歌って歌って……自分が何の為に歌っているのか分からなくなった時に彼女と出会った。

『歌姫』と呼ばれていた私と対を成す存在。『舞姫』とだ。

歌う前に彼女と会えた。盲目なのにお茶を淹れる私に彼女は驚いていた。

本当に見えないのか疑っていたが、何でも習練でこれぐらいのことは出来るようになると嘘を言った。本当は舌打ちして物の場所をすべて把握しているから出来る芸当だ。

『ねえ歌姫さん』

『何かしら?』

来た時からずっと何かを胸の中に抱え込んでいた彼女が口を開いた。

『貴女はもう歌いたくないって思ったりしないの?』

その言葉に私は自然と笑っていた。

『何度も思うわ』

『ならどうして歌うの?』

舞姫だって私と同じなのだと分かった。だから素直に本心を口にする。

『好きだからよ。私には歌しかないから……だからこの先に何があろうとも歌うの』

『嫌なことがあっても?』

『ええ。今はそう思って歌わないと不安になるから。歌えなくなるから』

本当は怖い。歌を、大好きな歌を商品にしてしまったことが。

『だから歌うわ。今この時を全力で』

『そっか……そうだね』

相手に告げた言葉で私の何かが吹っ切れた。

明日のことなんて分からないから私は今日を全力で歌う。それで良いんだ。

その日の歌は会心の出来だと思う。

何より彼女の踊りが私の歌を導いてくれた。

燃え尽きても良い……今日で歌えなくなっても良いと思いながら私は全力で歌った。

歌うことが出来た。

今年の新年は故郷で過ごすことが出来た。

老いた祖父が体調を崩したから、私が無理を言って休みを得たのだ。

祖父と祖母に何かあれば私の面倒は父方の両親が見ることになっている。

何度か挨拶に来たが……あの2人の心の中は欲に塗れていた。

私の歌がいくらになるのかばかり考えているのだ。

せめてそんな嫌なことを今日ぐらい忘れられるように私は孤児院で歌う。

子供たちは素直に私たちの前に座って歌を聞いてくれる。これほど心を穏やかにして歌える相手たちは居ない。

だから私は気持ちよく歌っていた。

この時が永久に続けば良いと思いながら。

『……』

不意に耳鳴りがしてゾクッと全身に震えが走った。

甘い声がして何かが私の何かを覗き込む。

私が覚えているのはそこまでだ……後のことは思い出したくも無い。

祖父も祖母も子供たちも……血だまりの中に溺れていた。

それに気づいたセシリーンは、両膝を地面に着いて声の限りに泣き叫ぶ。

自分の声が、この場に居た全てを殺めたのだと気付いてしまったからだ。

そうでなければ全員が耳を潰し頭の中を崩して死ぬ訳がない。死ぬはずがない。

彼女は歌うことを忘れ、ただただ絶望を抱いて処刑台の階段を昇った。

最後に呟くように吐き出した言葉は……『ごめんなさい』だという。

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