軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

追憶 スハ

「顔は平気」

「そう」

異国の少女が私の顔を覗き込みながらずっと頬を撫でてくれる。

別にもう自分の顔なんて気にする必要もないのに……それでも顔から確認するのは私が女だからだ。

頭の傷は裂傷と打ち身が多く、こっちは髪で隠れるから心配ないと言ってくれた。

それだってあのカミーラが手加減してくれたから酷くはない。私の避け方が下手だったから傷を大きくしたのも含まれている。

「手足はしばらくこのままかも」

褐色の手が私の手足を確認する。

建物の隅でして貰っている治療行為に見学者が居た。

彼女は薬学の知識があって数少ない雑草から薬を作り私の怪我を手当てしてくれた恩人だ。名はパーパシと言う。

「でも凄い。凄く上手に叩いてる」

「そうなの?」

「うん。だって骨折してない。ヒビも無い」

パーパシと話しながら、リグと自己紹介した彼女がそう診断結果を下した。

分かっている。あれがどれ程天才的な人殺しかだなんて、一緒に戦場に居た私が一番理解している。

「打ち身は冷やして。跡が残ると大変」

「……別に良いわよ」

そう。別に良い。どんな跡が残っても。

「ダメ」

言ってリグが自分の服を捲る。

最初は理解出来ずに大き目な胸の存在を見て、改めて『大きいな』と再確認したが……ジッと見ていて理解した。

彼女の上半身はうっすらと傷跡だらけなのだ。

「躾か何か?」

「違う」

柔らかく笑いリグは服を戻す。

「ボクの刺青は全て魔法の式なんだ。でも子供の頃に刻まれて……成長と共に式が歪む」

「そうね」

「そうするとね。この式はボクを殺すように出来てたんだ」

『あはは』と笑う様子にこっちの方が言葉を失う。

一緒に聞いているパーパシだって普段以上に暗い顔をした。

「でもお父さんとアイルが救ってくれた」

そっと自分の腕を撫でてリグは言う。

「ボクの為に2人は必死に頑張ってくれた。少しでも傷跡を減らそうと寝る間も惜しんで頑張ってくれた。ボクはそれをずっと見たて来た。人を救う為に全力で取り組む人たちを」

そっと私の上半身に毛布替わりの布をかけて、リグは私の隣で丸くなる。

「だからボクも傷を前に手を抜かない。明日から本気で治療するから」

「……勝手にして」

「うん。する」

ニコニコと笑いリグは目を閉じた。

眠ったのかと思うけど……初めて会った人の隣で眠る彼女も凄い。

「パーパシ」

「分かってるわ」

布を抱えて来た彼女がリグの体にそれを掛けた。

「でも良かった」

「何が?」

「私は傷薬くらいしか作れないから」

それでも彼女は頑張って私を救おうとしてくれた。こんな私を……。

「ただいま。お父さん。お母さん」

「お帰り、スハ」

涙もろいお父さんは私の姿を見るなり泣き出し、代わりにお母さんが私を家に迎えてくれた。

前線で仕事をし過ぎて一時的に私たちの部隊は王都に戻された。

本来なら王都の郊外で待機のはずだったが、一時帰宅を申請したら許可が下りたのだ。

眉唾な噂だったけれど帰宅理由に『婚約者に逢う為』と書くと大体許可が下りると聞いて、私もそれを書いた。結果として降りたのだから真実だったのだろう。

替わりに隊の全員に許嫁が居ることが発覚して……帰ったらどんな顔で会えば良いのか分からない。

帰宅した最初にしたことは地下室に向かうことだ。

収集家だったご先祖様が隠し死蔵している魔剣が眠っている。

ただどれも骨董品で、魔力を流してもちゃんと使える物は無い。使えた物は私が王国軍に志願した時に持って行った。

《全部ゴミだ》

骨董品としての価値があれば良いけど、魔剣は使うからこその武器だ。飾っておくのは勿体無い。

地下室を出て居間に向かおうとして足が止まった。

玄関先で今朝から振り出した雪を払う彼の姿が見えたのだ。

変わらない。私がここを出て行った時と同じように彼はその優しげな表情をしていた。

「ラルフ」

私の声に驚いた様子で彼が顔を上げる。

私の大好きな笑顔がそこに居た。

勝手に足が動いて私は彼に抱き付き力いっぱい抱きしめて居た。

それでも昔と違い飛び込んだ私を迎え入れたくれた彼はびくともしなかった。

彼が大人になったのだと感じた。

私とラルフは世間的に見て幼馴染だ。家が近くこの田舎の村で商店を営むお父さんの仕事を手伝ってくれる。畑仕事も一緒にして……お隣さんなのに親戚の様に付き合っていた。

だから同じ歳のラルフとは兄妹のように育ち、いつしか私は彼のお嫁さんになるんだと思っていた。

空気が変わったのは国が他国から攻められ続ける状況になってからだ。

国からそんな命令は無いのに、村から若者を兵として送り出さないと……と言う空気が満ちて来た。

村には年頃の男性など数が少なく、下手をしたらラルフが選ばれる。

魔力を持つ私は地下室にある魔剣を扱えた。だから立候補した。

私の両親もラルフの両親も反対をした。

ただ1人ラルフだけは涙ながらに謝った。『僕が行くから』と。

だから私はラルフの足の骨を折った。

勝手に行って前線で悪行を重ねて帰って来た私をラルフは何も言わずに迎え入れてくれた。

その日から私の部屋は2人の寝室になった。時間が許す限り2人で一緒に甘酸っぱい時を過ごし、両親と顔を合わせると……気恥ずかしさからどちらともなく視線を逸らすようなそんな生活を送ることになった。

幸せだった。こんな時間がいつまでも続くと思っていた。

新年を迎えた日。朝からラルフの両親もウチに来て一緒に過ごした。

お酒を飲んで酔い潰れて、それでも笑顔で楽しい時間を過ごす。

「クスッ」

「どうしたの? スハ?」

「ん?」

小さなベッドで抱き合いながら横になり、笑う私をラルフがキスをしてから顔を覗き込む。

「これでも私は部下から恐れられてる存在なんだって思ったらおかしくなったの」

「そうか。でも僕は戦士としてのスハを知らないから」

もう一度キスをして彼が言う。

「僕が知るのは優しくて元気なスハだけだよ」

「もう。そう言って元気なのはそっちでしょ?」

でも甘えられたら応じたくなる。何度でも何度でも。

結局明け方まで肌を重ねて私は眠った。

『……』

不意にその声で目が覚めた。

全身がガクガクと震え、頭の中に甘い声が響く。響き渡る。

覚えているのはそこまでだ。

次に気づいた時は、私は全員殺していた。

ラルフはベッドでその顔を枕で押さえつけられて滅多刺しにされていた。

違う。滅多刺しにしていた。私が。彼を。家族を。全てを。

「っ!」

飛び起きて全身の痛みに目の前で星が舞った。

まただ。またあの夢だ。

幸せだったの私の過去が悪夢になって告げて来る。

『どうしてお前だけ生きて居る?』と。

「起きちゃダメ」

「って!」

グイッと引き戻されて私は横になる。

隣に居たリグの仕業だった。

「何を?」

「傷を冷やしてる」

「止めて。そんなことをされても」

「うん」

リグは頷きながら搾った布を私の腕に当てた。

「でも傷跡は無い方が良い」

「それでも」

「見せる人が居なくても、その人が好きだった姿のままで居た方が良い」

息が詰まった。

そんな考えは無かった。

彼が愛してくれた私のまま?

「好きな人が傷だらけで喜ぶ人はいない。ボクはそう思う」

「……」

両腕で顔を隠し私は泣いた。

ただ泣きたかった。

(c) 2020 甲斐八雲