作品タイトル不明
ウチの本業だ
近衛の一部を非常徴集し、ハーフレンは城を出る準備を進めていた。
行き先は弟が持って来た王都から西に位置する岩山だ。
先に走らせた猟犬からは、『この時期じゃあり得ないほど小型が居たんですけど~』と楽しい報告が届いている。それでも行くと決めていた。
最低限の常識を護る為に副官が帰還するまで待ったのだから。
「さてと……済まないが今回の一件は完全に私用だ」
部下を前にハーフレンは隠すことなくそう告げる。
普段通り頭を掻いて、ため息交じりで言葉を続けた。
「惚れた女が捕らわれている。だから救いに行く。ただそれだけのことだ。
死んでも国から特別な手当てが出ることは無い。それでも付き合いたいと思う馬鹿だけが来てくれ」
「つまり死んだら無駄死にだ~ね」
「ミシュの言う通りだ」
隠すべきことではない。だから素直に告げる。
「で、目標は?」
「気に入らない奴らを全員殴り殺す。フレアを救い出して後のことを考える。以上だ」
「ん~。厄介な仕事しか持って来ない上司だね、本当に」
やれやれと肩を竦め、ミシュはその上司が騎乗する馬の背に乗った。
「速く行ってくれよう。雪が解けたらまたドラゴン退治に戻らなくちゃいけないんだから」
「そうだな」
誰一人として立ち去ろうとしない様子を見て、ハーフレンは苦笑した。
自分には弟にも負けないほど頼れる仲間たちがこんなにも居たのだ。
「さっさと行って」
「ならんぞハーフレン」
「……兄貴」
ぞろぞろと大臣たちを連れてやって来た国王シュニットの登場に、ハーフレンは顔をしかめた。
たぶん誰かが兄に告げ口したのだろう。そうでなければ大臣たちが居ることがおかしい。
小太りの男が前に進んで来た。
「フレア・フォン・クロストパージュには国王シュニット様を襲撃した罪により、捕縛もしくは殺害の指示が出ています。それを救出に向かうとはどう言う了見ですかな?」
背に国王と言う存在があるのを良いことに、小太りの大臣が踏ん反り返り胸を張る。
「もしやハーフレン様は犯罪者と合流し何やら悪しき企みでも?」
「そんなことは無いっ!」
ズンと地響きがしそうなほどの踏み込みを見せる近衛団長に、踏ん反り返っていた大臣が転げそうになる。それでも必死に踏ん張って彼はまた胸を張った。
「ならどうして犯罪者の救出に?」
「犯罪者だと決まった訳ではあるまい!」
「……ですが、近衛団長が出向くほどの任務でも」
キレかかったハーフレンは、自身の腰にある飾りに手を伸ばす。
「だったらこの地位を返上」
「あ~。済みません。ちょっと良いですか?」
間の抜けた声が響いた。驚くほどに緊張感の無い声だ。
「何だ! これは……アルグスタ様」
「どうもどうも済みませんね本当に」
場違いなほど軽い足取りでやって来た弟に、ハーフレンですら厳しい視線を向ける。
「馬鹿が。何しに来た?」
「いや~実は、ちょっとした問題が起きまして」
『あはは』と笑って頭を掻く彼に、その強心臓っぷりに内心呆れながら……国王であるシュニットが声をかけた。
「問題とは何だ? アルグスタよ」
「はい陛下。実は自分の部下であるフレアが、キシャーラ様麾下の輸送部隊に混ざって新領地に家出しているみたいなんですよ」
辺りを沈黙が包んだ。
「……何を言うか! アルグスタ殿!」
正気に戻った小太りの大臣が吠える。
しかしアルグスタは待ってましたとばかりに、相手に顔を向けた。
「本当ですよ? 証人も居ますしね」
しれっとそう言うと、彼はパンパンと手を叩く。
人の頭を越える身長を誇る大女が、欠伸をしながら歩いて来た。
「ああ。アタシが運んだよ」
「と、オーガのトリスシアさんが言ってますが?」
「ほう。それは何故か?」
国王の問いにオーガはつまらなそうに耳を掻く。
「ただの輸送任務なんて暇だと思ったんだよ。だから誰か強そうな奴を連れて行って遊び相手になればと……そこの王子様の所の白いのを連れて行こうとしたんだが、無理そうだしね。だったらあの黒髪の女を連れて行けばと思って捕まえて袋に放り込んで運んだんだよ」
聞いてる時点で色々とダメな話にしか聞こえないが、巨躯の大女の迫力に大臣たちは何も言えない。
「ふむ。だがそれでは話が違うではないか? 連れて行ったのはアルグスタの部下であるモミジ・サツキ殿であろう? 預かっている客人を連れて行ったのは大問題ではあるが」
事前の打ち合わせ通りシュニットの問いに、トリスシアが鼻で笑って返事を寄こす。
「問題とかアタシは知らないよ。頭が悪いからね。
で、しばらくしてから袋の中を見たら髪の色が違うんだよ。聞けば『王都に居たくないからこのまま連れて行って』とか言い出すしね。
そこで流石に拙いことをしたかなって思ってね、このまま騒ぎになるくらいならって連れて行って新領地で解放したよ」
「なるほど。色々と問題はあり過ぎるが話としては筋が通っているな」
苦笑しながらシュニット王は頷く。何処が頭が悪いのかと、話し相手に聞きたくなるほど回答だった。
その会話の内容に大臣たちの顔色が悪くなっていく。
嘘かも知れないが、真実かもしれない可能性が確かにあるからだ。
「文句があるならそこの王子に言いな。アンタの嫁と遊ばせてくれるなら、アタシはこんなことをしないで済んだんだよ」
「うっさいボケ! ウチのノイエをお前みたいな狂暴女の相手なんてさせられるか」
「あん?」
ボキボキと指を鳴らして筋肉を隆起させる彼女に大臣たちが震えだす。
アルグスタに向けられているはずの殺気が、自分たちに向いている気がしたのだ。
トリスシアが一歩踏み出すと、大臣たちの腰が抜けたのかその場に転がる者が続出する。
二歩目は……動かなかった。ふわりとアルグスタの前に白い少女が姿を現したからだ。
白銀の髪に白銀の鎧。真新しい仕事着を身に纏ったユニバンスが誇る最強のドラゴンスレイヤーだ。
「アルグ様は護る」
「ならいっちょやるかい?」
嬉しそうに暴走しかけているオーガを見て、アルグスタからの視線に若き国王は苦笑し続けるしか無かった。
「ならば私を襲撃したフレアは偽者であると?」
「その可能性は拭いきれません」
「では捕らえて確かめるしかあるまい」
「ですね」
兄と弟の会話からハーフレンは全てを悟った。
どちらがこんな筋書きを描いたのかは知らないが、自分は本当に得難い家族を持っていたのだと身に染みた。
ハーフレンは一歩前に進み国王に対して臣下の礼をとる。
「なれば自分が出向きます」
「ふむ。そうなると王都の守備はどうする?」
「仕方ないので自分が引き受けますよ。これでも近衛の副団長ですし。あ~面倒臭い」
アルグスタも一歩前に出て臣下の礼をとる。
たぶん本音であろう弟の言葉にカチンと来たが、ハーフレンは耐えた。
そんな兄の様子を見て、楽し気に含み笑いをしているアルグスタは、馬の背で横になっている馬鹿を見た。
「ミシュ~」
「ほいな?」
「今から向かう先にドラゴンが居るんでしょ?」
「居たね。この時期にはあり得ないくらい」
「ならウチの本業だ」
言って彼は、オーガと睨み合いを続けている妻に目を向ける。
「ノイエ」
「はい」
「近衛団長と一緒に行って、ドラゴンを退治して来て」
「……はい」
渋々と言った様子でノイエが承諾する。
昨夜一晩費やして、どうにか納得させたのだ。
少しの間、別行動となることを。
「アルグ様」
「ん?」
「待ってる」
「ほいな」
適当に頷く彼の背を見て、ノイエは自身の腰に付けられている鞄に手を伸ばした。
彼の命令で今回絶対に持って行くこととなっている鞄。
中身を……ノイエは知らない。
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