軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

とっておきの魔法

静かにソフィーアは少女に目を向ける。

昔では考えられないほど冷たい表情をした仲間が、友が居た。

別人にしか見えないほど変貌してしまった……真面目で可愛らしい少女だったはずの友が。

「わたしはあの日、先生たちのように狂ったの。でも運悪く戦場の傍に居た。お蔭で誤魔化すことが出来たわ……敵も味方も皆殺しにした事実を」

「……」

少女の告白にソフィーアは何も言えない。

口の中が乾ききり……貼り付いて開かない。

「貴女に分かる? わたしはもう彼には似つかわしくないの。だから決めたの。わたしは彼の道具になるって。望まれれば何でもする。どんな任務でも仕事でもする。必要ならいくらでも抱かれる。でももう彼のことは愛さないって」

真っ直ぐな目を向けて来る彼女にソフィーアは小さく頭を振る。

「無理よフレア。貴女には出来ない」

「出来ないじゃない……するの」

「無理よ。無理なの」

分かっている。自分がそうだったから……だからこそソフィーアは分かっていた。

「貴女は誰よりも王子様のことを愛しているの。だから無理よ」

「でもするの。そうしないとわたしは……」

堪えきれず涙を溢れさせた少女の元に歩み寄り、ソフィーアは優しく抱き締めるとその背を撫でた。

「泣きなさい。今はいっぱい泣きなさい」

いつか相手にされたことを……彼女は決して忘れていなかった。

暖かく包み込んで泣かしてくれた優しさを持つ相手が、彼女の本質なのだ。

だからこそ今もこんなに苦しんでもがいているのだ。

彼を愛し過ぎるが余りに……似つかわしくない自分を演じようとして。

「大丈夫よフレア。貴女は決して悪い子じゃない。わたしと違って」

「……でもわたしは」

ポロポロと涙を落とすフレアの表情から仮面がはがれかける。

それを感じソフィーアは優しく相手を抱きしめる。

「ええ。過ちを犯した。でも人は誰しも間違える者なのよ。あの先生ですら過ちを犯したのだから」

「……」

「でもねフレア。忘れないで。貴女もあの先生の弟子なの。1つの過ちで全てを失うような愚は犯さないはずよ。そんな鍛えられ方はしていないはずよ」

もう一度抱きしめてソフィーアは相手の背中を撫でる。

最後の時が……こんなにも幸せなことに彼女は感謝していた。

ダメな自分が少しでも人の役に立てるなら、これほどに嬉しいことはない。

「わたしは間違いばかりを犯した。自暴自棄になってあんな薬を作った。死者の魔法を辱める愚かな行為もした。だからわたしは当然の報いを受けなければいけない」

「……」

「でも貴女は違う。優しい貴女は違う。きっとみんなを救おうと頑張っただけよ。それが悪い方向に出てしまっただけなの。フレアは決して悪くない」

コホコホと軽く咳き込みソフィーアは言葉を続ける。

「大丈夫。貴女のことを悪く言う人が居るならわたしに言いなさい。ミローテと先生を連れて、怒りに行ってあげるから」

「ソフィーア」

「うん。だから……かふっ」

「ソフィーア!」

自分の体にかかる暖かな液体にフレアは顔を上げて目を見開いた。

その口から、鼻から……彼女は鮮血を滴らせていた。

「わたしは良いの。だから聞いて」

「でもっ!」

「聞きなさい!」

叱られフレアは身を竦ませる。

そんな所は出会った時のままだと笑い……ソフィーアはまた彼女を抱きしめた。

「わたしのように間違わないで。大丈夫だから」

「でも……」

「大丈夫。最後に私がとっておきの魔法を使ってあげるから」

その体を震わせながらもソフィーアは一度フレアの体を離すと、少女の額に指を走らせる。

描くことならば師であるアイルローゼの次に秀でていると称された天才だ。複雑にして奇怪な紋を迷うことなく描く。

『全ての魔力とわたしが払える全てを対価とする』

魔法語でそう囁かれて、血で刻まれた魔法式に命が宿る。

熱い棒を押し付けられているような感覚に襲われながらフレアはそれを見た。

同級生の優しい笑みを。

「わたしの一族に伝わる秘匿魔法。刻印の魔女が作ったとっておきの魔法なんだから」

溢れる血を口から溢し、それでもソフィーアは魔法の行使を止めない。

どうせ捨てる覚悟だった命だ……最後ぐらい知り合いの為に使い切りたかった。

「もう魔法なんて使えないと思ってたのに……ミローテが助けてくれてるのかな?」

「ソフィーア」

「泣かないでフレア。笑顔で見送って」

その目からも血の涙を溢し、それでもソフィーアは行使を続ける。

フレアの額の魔法式は、命を得たかのように脈打ち力を宿す。

「……こんなに辛かったんだね。わたしはこんな辛い物を女の人たちの子宮に入れてたんだ」

ここに来る前に飲んだドラゴンの骨髄液が全身に回ったのだろう……ソフィーアは自分がもう間もなく死に至ることをはっきりと感じていた。

「貴女は生きて。大丈夫。この魔法が貴女を助けるから」

「……」

最後とばかりにフレアを抱きしめ、ソフィーアは魔法式を解き放つ。

少女の全身を柔らかな光が包み溶け込んでいく。

まるでフレアの中に住まう闇を払うかのように輝き……そして消えた。

ソフィーアの命と共に。

部下からの報告を受け急行したハーフレンが見たのは、同級生の亡骸を抱いて泣き続けるフレア本来の姿だった。

駆け寄り遺体から彼女を引き剥がすと、彼女はまるで昔のような表情で彼に抱き付き泣き続ける。

それを優しく抱き締め返し……ハーフレンは彼女が泣き止むまでそうした。

旧姓ソフィーア・フォン・ムルストンは夫である者の手により殺されていたと言うことで処理がされ、彼女の両親に捜査の手が伸びることはなかった。

そしてムルストン家に伝わる秘匿魔法は、その伝承者である亡き祖母が彼女に伝えた為……どのような魔法であるのかは不明のままである。

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