軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

正解だったらご褒美をあげる

「アイルローゼ! 居るのだろうアイルローゼ! 出不精の君がここに居ない訳がないアイルローゼ!」

「煩いっ!」

扉が開いたと同時に、赤毛の少女が投げた本の角が来客者の眉間に突き刺さった。

一瞬顔を上げて確認したフレアは、特に気にする様子も無く視線を机の上に戻す。

師であるアイルローゼが出した課題は、徹底的な魔法における基本の反復だ。

初期魔法の魔法語の書き取りと発音。魔力が尽きるまでの初期魔法の発動など、魔法使いを目指す者なら一度は通る道にまた戻り徹底的にする。だが師である彼女はそこに『完璧』を求めた。

書き取りならば誤字どころが文字の歪みすら許さず、発音ならば絶対に噛んではならない。言い淀むなど以ての外だ。

基本とたかを括っていたフレアたち3人は、初日でその難しさを痛感し……今日もまた同じことを繰り返している。

ただアイルローゼの凄い所は、それを弟子たちにだけやらせない。自分も実演して見せるのだ。

教本としている魔法語は彼女が片手間で書いたものだ。だが文字に歪みなど無い。どれもが同じ大きさ、同じ幅、同じ筆圧で書かれている。

本を読みながら片手間でやった見せたのが嘘のような出来栄えなのだ。

と、思考が脱線したフレアは……自分が書いていた紙を見つめて、素直に手に取り丸めて捨てた。

自身でも『歪んでいるかも?』と思った文字を先生が見逃すはずが無いのだ。

弟子の様子に気づいたアイルローゼは、微かに笑って来客者を見た。

「何よ。覗き魔?」

「我はキルイー」

「覗き魔で十分よ。それで?」

「ふむ」

額に突き刺さっていた本を抜き、潰れた角を強化魔法で強引に伸ばして元に戻す。

アイルローゼは彼が持つ繊細で大胆な強化魔法の使い方を見るのが好きだった。自分では真似は出来てもそこまで正確には出来ないからだ。

「これを見て欲しい。どうだ? これなら可能だとは思わんか?」

「……わたしの専門は放出系なのだけれども?」

それでも趣味が興じて全系統の魔法を扱う天才は、受け取った紙に目を通す。

彼の専門は強化系魔法。研究分野は不可能魔法の1つ『治療魔法』だ。

書かれている方式や考え方には目を瞠るものがある。自分ではたどり着けない発想の宝庫だ。

「でも無理よ」

「何故?」

「これだと怪我した者を治せても病気は治せない」

相手に研究資料を返し、アイルローゼは自身の背後にある黒板の前に立った。

「治療魔法って言うのは怪我と病気。この2つに対して効果を求められる。でもその資料だと怪我のことばかり考えていて病気に関する事柄が無い」

「だがアイルローゼよ? 怪我と病気とは別の物であろう?」

「そうね」

天才は黒板に人の絵を描く。大まかな人の形だ。

と、その腕に白墨で切断するように線を引く。

「腕が斬れたわ。これをくっ付けるのは怪我の治療。でも実際はこの後に腐敗などの対策も必要になる。くっ付ければ終わりとは言わないでしょう?」

「だからそれは病気用の魔法を作りだな」

「そこよ。治療魔法の問題点は」

黒板を消しながらアイルローゼは自身の考えを口にする。

「怪我を完全に直してしまい、他者に病気の治療を任せる。受け取った他者は何の病気を治療するのか分からない。何故なら傷はもう無いのだから。傷の無い相手に腐敗の対策を願うのよ」

「……だがそれはこう患者に資料でも付けて」

「街の治療院なら出来るでしょうね。でも怪我人や病人が一番多く生まれる場所は戦場よ。そんな場所でいちいち資料など書いてられないわ」

椅子に座り直してアイルローゼは彼を見た。

「何より魔法を2つ作ると言うことは2人の魔法使いが必要になる。そして一番の問題は魔力は治療に適していない。治療に使えば患者に激痛が伴う。そして治療魔法には大変な魔力が必要となる」

「それはそうだが……」

何処か冷ややかな目でアイルローゼは彼を見つめ直した。

「わたし個人は治療魔法を作るよりも、医療の水準を上げるべきだと思う。貴方のような医者が増えればそれだけ怪我人は減る。魔法は決して万能じゃない……わたしはそう思っているわ」

渋々と帰る彼を見送り、アイルローゼは自身を見つめる弟子に目を向けた。

「何かしらフレア?」

「はい。なら先生は治療魔法は不可能だと?」

「不可能では無いわ。現に治療魔法らしき物は存在しているしね」

実際に治療魔法は存在している。ただそれは怪我を治す物、病気を治す物と分類されている。

「でも知ってる? これって嘘なのよ」

「嘘……ですか?」

「ええ。わたしたちが治療魔法とか蘇生魔法とか言って使っている大規模魔法は、実は別の魔法なの」

クスリと笑ってアイルローゼは机の上にある本を抜き取った。

何か確認したいことでもあるのか、パラパラとページを捲りながらも弟子との会話もこなす。

それ以上は言葉が続きそうにないと感じつつも、フレアは彼女に質問した。

「なら何なのですか?」

「ん~。秘密。自分でその謎が解けたらわたしに言いに来なさい。正解だったらご褒美をあげる」

クスクスと笑う天才児は、年相応の少女のようにしか見えない。

学び始めて間もないが、学院で聞く『恐ろしい存在』とは思えないほど師である彼女は穏やかだ。

だがその頭の中には恐ろしいほどの才能が詰まっていると知るフレアは、彼女に対して尊敬の念を抱かざるを得なかった。

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