作品タイトル不明
寂しくて寒いの
話はアルグスタたちがブシャール砦を出た所まで戻る。
砦から出て行く荷馬車隊を仮の執務室から見つめ、ハーフレンはやれやれと頭を掻いた。
これで守兵の数は半分ほどに減るが、増員と遠征分が王都から向かって来るはずだ。
あのヤージュとか言う者の策は悪くない。
兵を出すこちらの身としては面白くは無いが、ここでの出費を十分に取り戻せる。
問題は元大将軍であるキシャーラをこちら側に取り込む手立てが無いことだ。
もし仮に従姉のグローディアが生きていれば、嫁がせて血縁関係を持つことも出来ただろうに。
ハーフレンは苦笑して窓の傍から離れた。椅子に腰かけて机の上に足を伸ばす。
処刑された彼女は本当の彼女では無かったことが判明している。
ならどこかで生きているのか? それも考えにくい。
あれほど目立つ存在が影に隠れて生き続けることは難しい。
「この国に居ればだがな」
声に出して可能性を確かめる。
国外に出ていれば生きていてもおかしくはない。国境線は存在しているが、大まかな街道ではない裏街道も存在している。そちらを通れば気づかれずに国外に出るのは容易だ。
どちらにしても自分たちの捜索の手を逃れている。
これからもあの頭の良かった"姉"が捕まるようなへまなどしないだろう。
コンコンッ
「おう」
「失礼します」
静かにドアを開けて入って来たのは副官代理として借り受けたフレアだ。
今は鎧を脱いで、平素な女性文官の服を着ている。
「どうした?」
「砦の被害報告です。暫定的な物ですが」
「それか。また兄貴が頭を抱えるな」
受け取り目を通す。
やはり被害は大きい。特に異世界のドラゴンと言う規格外の出現が痛かった。
「王都からの伝令が来たらこれを送ってやれ」
「はい」
報告書はフレアの手に戻り、彼女は運び込んだ席に座ると仕事を始める。
カリカリとペンの動きを耳にしながら、ハーフレンは何となく天井を見つめていた。
「なあフレア」
「何か?」
「……お前、これからどうするんだ?」
「……」
沈黙がしばらく続き、ため息の後に彼女が返事を寄こす。
「もう影の武装は使用出来ないですしね。ルッテを一人前に育てたら、アルグスタ様に言って事務仕事に回ります」
「そうか」
「それに何処かの王子様が言ってました。『結婚しても現役を退くことは許さない』と。だからこのまま魔法使いの一員として勤めながら仕事をしていきます」
話は終わりとばかりに、フレアからはまたペンの音だけが響いて来る。
「近衛に来ないか?」
「……事務仕事で?」
「ああ」
「アルグスタ様が手放しませんよ」
また手を止めてフレアは彼を見た。
「そこは説得する」
太い二の腕を突き出して言う彼に、フレアは嘆息した。
「拳混じりだと隊長が出てきますよ?」
「……穏便に裏工作だな」
引っ込んだ二の腕が、現実を理解したのだと思わせる。
「それに……私はもう貴方の傍に居ない方が良いですしね」
「どうしてだ?」
事もなげに聞いて来る相手に、フレアは胸の中で苦笑する。
「私は貴方の正室候補でした。それを外されました。そんな女をいつまでも未練がましく囲っていたら、周りからの視線が流石に」
「そうか」
「そうです」
口を閉じて2人は仕事に戻った。
日中の暖かさは何処かに消え、フレアは寒さに肩を震わせて通路を歩いていた。
砦にお風呂など無い。だから体を拭く為のお湯を貰いに宿直室に向かっていたのだ。
また吹き込んで来た夜風に身を震わせる。
あちらこちらが崩落した砦内は、石造りが災いして外よりも冷えている。
白い息を吐いて手を温めて、急ぎ宿直室に向かう。
砦内に書類仕事の出来る者が自分しかいない現状、事務仕事の大半が回って来る。
帝国攻めに関してはヤージュと名乗る男が取り仕切っているので特に仕事は無い。だが半壊に近い砦の報告書作成など、フレアの仕事は終わらない。
と、その声を聴いて彼女は足を止めた。
違う。別の"声"だったらたぶん気づきもしなかっただろう。だがその"声"は物心ついた時から一緒に育ち聞いて来た物だった。
向かう先を変更して曲がる予定にない角を曲がる。向かう先は彼の部屋だ。
コンコンッ
「ハーフレン様。何かありましたか?」
数度ノックしても返事はない。
室内に居ないのかと思い彼が行きそうな場所は……と考え時、部屋の中からうめき声がした。
「失礼します」
有事に備えて施錠されていない扉を開けて部屋に入る。
彼は……居た。ベッドの横に蹲り震えていた。
「ハーフレンっ!」
弾かれたように駆け寄りフレアは彼の体を起こす。
苦しんでいる彼の額には玉のような汗が浮かび……その体は熱を宿していた。
「貴方……まさか!」
辺りを見渡してそれを見つける。
机の上に無造作に置かれているベルトと箱だ。
全てを理解しフレアは眉間に皺を寄せた。
落ち着いて考えれば、普通の人でしかない彼がオーガと一騎打ちなど出来るはずが無い。それに自分を庇った時もだ。
「何錠飲んだの? ねえ!」
「……死なない程度だ」
「馬鹿!」
3錠飲めば死に至ると言われる薬だ。最低でも2錠は服用していることになる。
「立てる? ベッドに横になって」
支えて相手を起き上がらせてベッドに横たえる。
「どうしてこんな無茶を!」
主に怒りだが……沸き上がって来る感情に身を震わせ、フレアは急いで部屋を出た。
当初向かっていた宿直室で水を得て戻って来る。
荒い呼吸をしている相手に飲ませようとして上手く行かず、迷うことなく口に含んで口移しする。
数度それを繰り返し、相手の汗を拭いていれば……彼の呼吸が落ち着いて来た。
「もう止めてよね。貴方は昔とは違うんだから」
口に水を含んでフレアは口移すと、彼の腕に抱きしめられて離れられなくなった。
「ハーフレン?」
「……護りたかっただけだ。あの日出来なかったからな」
ピクッと反応し、フレアは相手の腕に抱かれた。
「……馬鹿」
「馬鹿だよ」
「……あの日の後、私を捨てたのに」
「失いたくなかっただけだ」
「……ばか」
溢れて来る涙が止められなかった。
相手は熱のせいでちゃんと思考して居ないのだろうと理解している。
それでもフレアにはどうでも良かった。
「ねえハーフレン」
「ん?」
「寒いの。ずっと……ずっと前から」
顔を動かしフレアは改めて相手の唇に自分の物を押し付けた。
「ずっと1人で……寂しくて寒いの……」
押し殺して来た感情が、彼女の中で解き放たれた。
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