作品タイトル不明
きもっ
今朝執務室に来ると、机の上に見知らぬ名前の人が書いた書類があった。
内容は、先日ミシュにお願いしておいたクレアに関する調査書だ。
あの小さくて薄くて残念なミシュが、こんなにもやる気を見せてくれるだなんて……そんなに結婚したいんだ。
問題は貰ってくれる人が居ないだけだけど。
パラパラと捲って内容を確認する。
うわ~。こっちの世界でもやっぱりイジメとかあるんだね。まあ人間は2人以上居れば争いが生じるというし、お城のような場所だと学校以上に派閥とかの問題もあるしね。
ただ女の子の顔に傷が残るような行為は僕的には許せないよな。何よりクレアは僕の可愛い部下だ。
手にしていた書類をイネル君の机に置いて、ついでに『少し出てきます』とメモも置く。
部屋を出て向かう先は決まっている。
問題は今日は居るだろうか? 居なければ最悪メイド長にお願いすれば良い話か。
のんびりと通路を歩きながら少し考える。
お見舞いに行ったイネル君があんなにも苦しい言い訳をしていたのは、クレアに頼まれたからとかじゃなくて問題になるのを恐れたからかな?
『酷い病気で人に移るかもしれないので部屋に籠ってます。フレア様への報告は……しなくても平気です。後でボクがしますから。だからどうか今はクレアを休ませてあげてください』
必死に頭を下げて来るからフレアさんへの報告は保留にしたけど。
と、前方になぜか頬を腫らした馬鹿兄貴が歩いて来る。
「嫁をベッドに押し倒して一発貰った感じ?」
「……あいつならベッドの上で腰を抜かしたままだろうさ。これは別の化け物に一発食らっただけだ」
「左様で」
ほほう。ついにお嫁さんと子作りを始めたか。これでユニバンス王国も安泰……って王子が産まれるまで安心は出来ないのか。
「で、お前はどこに?」
「ちょいとお兄様の所へ」
「来客中だ。後にしろ」
「ちっ」
先客があるのなら仕方ない。もう少ししてから出直すか。
一度執務室に戻ろうとしたら馬鹿兄貴が肩に手を置いて来た。
おいおい兄よ? その万力のようなガッチリ固定の理由を問いたいのだが?
「お前暇そうだな。ちょっと来い」
「お断りさせ、痛い痛いっ!」
「良いから来い」
嫌がる人を引き摺って拉致するのは誘拐だと思うんですけど?
普段使わない応接室っぽい所に拉致られた。
何処から湧いて来るのか分からないが、突然こんな風に部屋に来てもメイドさんが現れてお茶の支度をしてくれる。本当に驚きだ。
「ミシュの奴が何か勝手に動いていたから一応こっちでも内容は確認した」
「……」
紅茶を飲む手を止める。
あの売れ残りめ……だから売れ残るんだ。もう少し目立たない仕事をしろ。
対面のソファーに深く座った馬鹿兄貴が、足を組み替えながらこっちを見て来る。
「お前担当の諜報員を準備した。連絡役にはミシュを指名したから何かあればあの馬鹿に言え」
「……内容がそっちに伝わる可能性は?」
「否定はせんよ。俺の仕事はあらゆる情報を集め生かすことだ」
つまり全て見られるのね。
ん~。僕も頑張って子飼いの部下を持たないとダメってことか……面倒臭さが滲み出て来たから没と言うことで。バレても良い情報を集めることに徹しよう。
基本ノイエの件は自分で動いて集めるしかない。
「それで?」
「ああ。クレアをお前の所に預けたのは俺の判断だ。もし問題があるなら外すが?」
「問題無いね。だから外さなくて良い」
「ほう。なら今回の件はどうする?」
挑みかかるように前のめりに構える馬鹿に、僕は当たり前の言葉を口にする。
「うちには『女性を護る騎士』が居ますから」
「……イネルか。荷が重いだろう?」
「分かってるよ。でも荷が重いなら、年上のお兄ちゃんが裏から手を回して、その荷を少しでも軽くしてやれば良い。それが人を育てるってことじゃ無いの?」
その昔農家のオジちゃんが言ってた。
『稲は自分で育つ力を持っているから俺たちはその手伝いをすれば良いんだ』って。
人の教育と農作業を一緒にしちゃいけないかもしれないけど、"育てる"と言う部分は同じはずだからセーフだ。
「それに女の子だったら好きな人に助けられたいでしょ? それと男の子だったら好きな子を助けたいでしょ? 僕は優しいお兄ちゃんなので、舞台を整えて生暖かく見守ってあげたいのです」
「……つまり見世物にして鑑賞したいと?」
「失礼な。みんなで優しく見守ろうの集いを発足するだけです」
だからこそ新国王様の元に行って色々と手配を済ませたい。
呆れた様子の馬鹿兄貴はまだ腫れている頬を押さえて天井を見上げた。
「俺もお前ほど口が回ればこんな痛い思いしないで済んだんだな」
「何か?」
「何でもねーよ。俺も一枚噛むから楽しませろ。ばーか」
それが人に物を頼む態度か? まあ良いけどね。
後は時間を潰して国王様の執務室に行くだけだ。
って目の前の馬鹿は仕事をしなくて良いのか? パルとミルが壊れるぞ?
「そうだアルグ」
「ふぁい?」
仕事のことでからかおうとしたら先手を打たれた。
「この前は……済まなかったな」
そして珍しく馬鹿王子が頭を下げて来た。今夜は雨かな?
「別に良いよ。あれは僕も流石に失礼なことを言い過ぎたしね。
過去はどうあれ婚約者の居るフレアさんの名前はやっぱり口にすべきじゃ無かった訳で」
「……」
「こっちこそ失礼しました」
折角相手がくれた機会だからこっちも素直に謝っておく。
と、何故か下げた頭を掴まれ……撫でられた。
「何故に子ども扱い?」
「気にするな」
苦笑染みた表情で馬鹿兄貴が肩を竦める。
「俺の"弟"はやっぱり凄い奴だと感心しただけだ」
「……きもっ」
素直な感想がっ!
「おまっ……一発殴るぞ?」
「謝った意味無いじゃん。つか僕は良いけどノイエに気をつけてね。『一回殴る』とか言って機会を探してるから」
拳を作っていた馬鹿兄貴もその言葉に顔色を蒼くした。
だってノイエは僕のことが大好きな優しいお嫁さんなのだから……諦めて殴り殺されないように注意しなさい。
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