軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

だったら助けてよ……

手鏡に映り込む自分の顔を見て、クレアは何度目か分からないため息を吐き出した。

叩かれて膨れた頬はまだ全体的に赤みを帯びている。何より所々に青痣が出来てしまい、前回倒されて擦った部分と相まってどうにも誤魔化せそうな気がしない。

こんな顔をお城の面々に見せたら……。

手鏡を放り出し頭からシーツを被って丸くなる。

問題になるのは別に良い。自分が何か悪いことをした訳では無い。相手側の一方的な僻みだ。

でも問題になることで実家にこの話が伝われば、間違いなく姉たちが動き出す。場合によっては貴族間で争いになり、その原因を作った自分は間違いなく実家に呼び戻されてしまう。

そうすればもう外に出ることは出来ない。きっと両親が決めた結婚相手と夫婦になって一生を終えるのだ。

ギュッと自分の膝を抱きしめてクレアは涙を溢す。

姉たちのような生活を不幸とは思わない。自分だってクロストパージュ家の1人として生を受けた身なのだから、上級貴族の娘として恥ずかしくない生き方を演じられるはずだ。

だけど知ってしまった。恋する気持ちを……人を好きになってその人と添い遂げたいと思う気持ちを。

故にもう戻れない。実家にも、実家に居た頃の自分にも。好きな人が居るのだから。

(苦しいよ……)

ボロボロとシーツに包まり泣きながら、クレアは張り裂けそうな胸の内に苦しんでいた。

どんなに息を吐いても、肺を空にしても……膨れる胸の内は張り裂けそうで辛い。

(苦しいよ……イネル……)

こんな時だからこそ相手のことを想ってしまう。

幼くて弟のような可愛らしい少年のことを。

でも仕事は真面目で何よりいつも自分のことを気に掛けてくれる。自分があっちこっちで遊んでいたせいで溜まっていた仕事を何も言わずに片付けていてくれる。甘えちゃダメだと分かっているのに……いつの間にかそれが普通になってて、『ありがとぅ』とかこっちが後ろめたい気持ちでお礼を言えば、まるでそれがご褒美だと言わんばかりに満面の笑みを返してくれる。

優しくて優しくて、本当に優しい……同僚。

(こんなに好きなのに……神様の馬鹿……)

どんなに願っても無理なことがあるのも現実だ。

故に現実に押しつぶされそうになりながら、クレアはまだ涙を溢す。

コンコンッ

「お嬢様。同僚の方がお見舞いに伺っていますが?」

シーツの中からのそっと顔を出し、クレアは面倒臭そうに顔をドアに向けた。

「今は」

「お見舞いのお品でケーキもございますよ?」

「……どうぞ」

渋々クレアは応じた。

決してケーキが食べたかった訳では無い。

完全に仕えるべき主の性格を把握しているメイドは、少し意地悪にドアの外で笑うと……ゆっくりと開いて御見舞い客を室内へと誘った。

ブス~っと膨れながらベッドに座っていたクレアは、相手を見るなりその顔を驚愕の物へと変えた。

間もなく……王都にあるクロストパージュ家の別邸で、これでもかと言うほどの悲鳴がけたたましく響き渡ったのは言うまでもない。

「何だよ馬鹿。何しに来たんだよう」

寝顔、寝ぐせ、寝間着の少女としては絶対に見せたくない物3点セットを披露してしまったクレアは、シーツを被って訪問者であるイネルと対峙していた。

もうある意味バトルだ。圧倒的に負けているがこれ以上の負けはクレア的に許されない。

メイドに勧められた椅子に腰かけ、まだその頬を恥ずかしさから赤くしているイネルは、来訪の理由を口にする。つまり上司たるアルグスタがクレアの身を案じて、姉であるフレアに話を回そうとしていることをだ。

「それはダメっ! 絶対にダメ!」

「でもこれ以上休みが続くようなら、たぶん話ぐらいは伝わると思うよ?」

「……分かってる。でもダメなの!」

イネルの指摘通り上司が言わなくても、誰かの親切心から姉に話が伝わりかねない。

だけど姉はどこか疲れた様子で元気がない感じだ。ここしばらくそんな感じだからクレアとしては自分の話で姉の手を煩わせたくない。

解決策を見つけられないクレアは押し黙るしか出来ない。

そんなシーツを被った同僚に……イネルは意を決して口を開いた。

「クレア。あの日あの場所で何があったの?」

「……」

当然来ると思っていた質問にクレアは口を閉ざす。

言えない。言える訳がない。何故ならば、

「もし何か嫌な目に遭っているならアルグスタ様に相談すると良いよ。あの人はボクたちにとても優しいし、きっと良い知恵を貸してくれるから。それにボクも」

「……煩い」

「えっ?」

「煩い馬鹿っ!」

触れれば張り裂けそうだったクレアの感情がついに弾けた。

シーツを相手に投げつけベッドの上に立ったクレアは、ボロボロと涙を溢してイネルを睨む。

突然の攻撃に目を白黒させながらシーツを退けたイネルは仁王立ちする相手を見た。

「何も知らないで優しいことを言わないでよ! 出来たらやってるわよ! でも出来ないの! 出来ないからこんなに苦しんで悲しんで泣いてるのに……」

溢れる涙が止まらない。

分かっている。相手はただ自分を身を案じて心配してくれているのだ。

でも……それでもクレアは我慢出来なかった。

大好きだから。そしてその相手がお見合いをして居なくなってしまうのだから……自分がいじめに遭っていることぐらい問題にならないほどの大問題の当事者が目の前に居るのだから。

「何も知らないで優しいこと言わないでよ! 出てけっ! 今すぐ出ていけっ!」

ヒステリックに叫ぶ彼女にイネルは口を開きかけ……グッと噛み締めて椅子を立つ。

ベッドの上に崩れたクレアが泣きながらマットレスを叩く。

「……だったら助けてよ……わたしの嫌な全てから……」

嗚咽交じりに聞こえて来た言葉を、イネルは自分の胸の内で噛み締めた。

「青春だね~」

クロストパージュ家所有の別宅の外壁に張り付き……ミシュはアルグスタからまき上げた焼き菓子を頬張りながら空を見ていた。

「ん~。若いって良いな~」

お徳用と銘打たれている箱を空にして、ミシュは軽く背伸びをすると……その場に最初から居なかったかのように姿を消した。

(c) 2018 甲斐八雲