作品タイトル不明
最近、変?
川辺の石に座り、足を水に浸けては上げる。
チャプチャプと音をさせながら……ノイエはいつも通りの無表情でそれを繰り返していた。
夏季のドラゴン退治は朝と夕方がとにかく忙しい。
日中は日陰に移動し遅れたドラゴンを駆逐するくらいだ。
基本トカゲの様な生態を持つドラゴンは、寒さに弱く熱さにも弱い。稀にどちらの気候にも強い種類も居るが、その手の尖った生態を持つ種類はユニバンス王国のような四季のある地域には居ない。
ブーツを脱いで素足を水に浸ける彼女は、何を考えているのか分からない。
感情がその表情に出ることは無く、彼女の夫である人物が言う『アホ毛判断』もピンと弧を描く様になっている髪には通じない。
よって誰も声を掛けずそのまま放置……この4年で作られた隊長ノイエの扱い方だった。
唯一の例外は、年明けから加わった人見知りをしない騎士見習いが、何かあると声を掛けるようになったことだ。
「隊長? 何をしてるんですか?」
「足……冷たい」
「……」
自分本来の仕事は『ドラゴンの索敵』となっている為、狩人であるノイエが待機していると自ずと休憩せざるを得ないルッテは、自分もブーツを脱いで素足になるとノイエと並んで座り川に足を入れた。
元は上流の湧き水から生じる川なので、その水は清らかで冷たい。
ピリピリとした刺激の後にジンジンとした感触が足から伝わって来た。
「おおう。これは……ちょっと来ますね」
「はい」
水面を見つめ足を動かしている上司を真似してルッテも足を振る。
冷たいと暖かいを交互に味わうのはなかなか気持ちが良い。
そんな二人の少女を眺める兵士たちは、彼女らの元へ埃が向かわないよう場所を変えて鍛錬に勤しむ。
元々近衛所属であった多くの兵士たちも、対ドラゴン大隊の設立に向けた準備の一環として所属変更を余儀なくされた。数人ほど『近衛所属』の響きが捨てられず移らなかったが、大多数はそのまま移動することになっている。
現状、対ドラゴンの最前線であることは変わらない。
仕事内容や給金などは前と全く変わらないのだが……職場環境だけは破格に良くなった。
建物の充実と前線とは思えない食事の豊かさ。時には持ち帰り用としてワインすら振る舞われる。
それを伝え聞いた王国軍や近衛からも転属希望が殺到しているらしいが、その全てを王国軍のシュゼーレ大将軍とハーフレン近衛団長が却下し続けている。
余り知られては居ないが、この場所に送り込まれる兵士の多くは質を重んじられている。個の武力もそうだが、集団を指揮する能力なども求められるのだ。
幹部候補の育成場……実戦形式でそれを学ばせることで良き指揮官を育てているからだ。
そんな兵士たちに見守られつつノイエとルッテは川の水を相手に足を振り続ける。
ミシュやフレアは別の案件で席を外しているので特に注意する者も居ない。
と、ノイエの足が止まった。
「……」
「どうしました隊長?」
この気温だとドラゴンが動くには早すぎる。
まだ日陰で休んでいるだろうと思いつつもルッテは自身の祝福を使おうとした。
「……アルグ様」
「はい?」
「……」
何かを言いかけた彼女は口を噤む。
フワフワと揺れるアホ毛が……ちょっと困っているように見えなくもない。
背後で馬の駆ける音に気持ちを向けつつ、ルッテは相手の言葉を待った。
「アルグ様。最近……変?」
「そんな質問をされましても」
ルッテは心底返答に困った。
彼女の夫たるアルグスタ大隊長は、基本ぐうたらでいい加減で仕事も適当にやっている節がある。ただ自分が楽することに関しては全力を発揮し、近衛団長の兄とは良く衝突している。
そんな彼を一言で表現するならば、『愛妻家』しか出て来ない。
妻であるノイエの為なら大将軍であろうが他国の貴賓であろうが喧嘩を売る。売って後で発狂しそうなほどの仕事を抱えて後悔するのに、妻を悪く言うことだけは決して許さない。
色々考えてルッテの中で一つの答えが出た。
「アルグスタ様は」
「変人ですよあの糞上司はっ!」
言葉を掻っ攫われルッテは後ろを振り返る。
プンスカ怒る先輩のミシュが歩いて来た。
「ちょこっと『良い男を紹介して欲しいな~』とかお願いしたら、『養豚場に行け』とか言うんですよ! 私は豚じゃない! メス豚になりたくとも!」
拳を握り力説する彼女を見て、『ならアルグスタ様の言葉は正しいのでは?』と思ったルッテはまだ14歳。色々とあっち方面には疎いのだ。
その容姿は大人びているが。特に胸が。
ブーツを脱いでちょこんと座ったミシュも川に足を突っ込む。
この時期のブーツは熱がこもってとにかく蒸れる。不快であっても身を守ることを考えると装着せざるを得ないのだ。
「で、たいちょ~。アルグスタ様の何が変なんですか?」
思い出したかのように話を振ると、ノイエは自分の前で手を上下に動かす。
こんな感じと表現したい様子だが……それを見ていたルッテは女性の体のラインを。ミシュは男性のあれを想像した。
両者ともにそっち関係には大変興味が強いらしい。
「……最近、変?」
そのジェスチャーだけでノイエの説明が終わる。
『任せましたよ』と経験値がほぼ無いルッテは、ミシュに全てを託し放り投げる。
満面の笑みで頷く副隊長は、ノイエにそれを伝える。夫婦の夜の営みが豊かになる方法を。
身振り手振りでこれでもかと生々しい内容に、ノイエは無表情のまま、ルッテは熟れたトマトよりも顔を真っ赤にさせて……力説するミシュの言葉を心に刻んだ。
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