作品タイトル不明
痛いのは良いでしょ?
ユニバンス王国・王都北側 演芸区画(仮)
「あ~……ボチボチ寝ても良いかな?」
1人呟いて空を見る。まだまだ青い空は、茜色には程遠い。
時間の経過がとにかく遅い。プールとお昼の後の午後の授業のように遅い。
「良し」
決めた。
「寝よ」
寝た。
「本当にお強い。それでまだ最弱と自分を呼びますか?」
「ええ。この国のドラゴンスレイヤーの中では最も弱いですから」
「ですがアルグスタ殿には勝てるのでは?」
「……ある意味であの御方が最強です」
何故かモジモジと太ももを擦り合わせる変態……モミジに男は引きながら笑った。
確かにドラグナイト家当主アルグスタは強いのだろう。
これほどの強者を部下とし、挙句この国で最強のドラゴンスレイヤーを伴侶としている。
最初から勝てる見込みのない戦いに自分たちは投げ込まれたのだと、彼は理解した。
否。理解は最初からしていた。ただ分からせられただけだ。自分たちが捨て駒であると。
「ところでこちらから質問をしても」
「どうぞ」
攻撃の手を止め間合いを取ったモミジは一度カタナを鞘へと戻した。
「その服は面白いですね。どのように?」
「簡単な仕掛けですよ。ただここの紐を引くと」
上着を捲り男は紐を引く。するとスルスルとズボンの腰回りが絞まった。
「御覧の通りです」
「それは凄い」
パチパチと拍手をし、そしてモミジはその目を細めた。
「それで貴方の体から失われた“肉”は何処に?」
「ははは。それこそが私の祝福ですとも」
最初とは違い肥満体であった彼の体型は、現在ガッチリとした筋肉質の体に変化していた。
「この祝福は『対価』と言いましてね。私の肉……つまり脂肪を対価にすることで攻撃力を得る物なのです」
「そうですか。それで私の攻撃を?」
「ええ。ですがそろそろ限界ですね……もう支払う脂肪もありませんし、何より少し腹が空いて来ました」
お道化る彼にモミジは笑う。
「でしたら空腹を感じないようにして差し上げませんと」
「……普通そこは、『でしたらお食事でも?』と言うところでは?」
「これはおかしなことを申しますね。私が共に食事をするのは家族か仕事の同僚たちぐらいなもの。どうして今日会った貴方と食事など?」
「確かにそうですね」
相手の言葉はもっともだ。だからそれを認め男は身構えた。
「ならば貴女を倒してアルグスタ殿の元へ参りましょう」
「宜しいのですか? あの御方は多くの秘密を抱えています。仮にここを突破しても……待っているのは私以上の強者かもしれませんよ?」
「魔女ですか。それは確かに恐ろしい」
噂に聞く限りアルグスタはあの有名な魔女、アイルローゼを部下にしているとも言う。
ただその魔女は最近姿を見せず、噂の範囲では自分の隠れ屋敷に戻っているとの話だった。
「それ以外にも『血みどろ』や『串刺し』など恐ろしい二つ名を持つ人たちも呼べるとか」
「ええ。ですが……私にはそもそも“退却”という選択肢が無いのですよ。だから前進を続けるしかない」
「嫌な覚悟ですね。ですが貴方は地を這う虫でしたね」
妖艶な笑みを浮かべモミジは腕を組んだ。
「ならばやはり踏み潰すこととしましょう」
「出来るのですか?」
「……やらなければ私は弱いままなので」
素早い動きからの抜刀……モミジが放った一撃を男は一歩後退することで回避する。
相手の隙をついて攻撃をとも思ったが、流石にそんな隙など生じない。モミジはカタナを引いてすぐさま攻撃を放って来る。
またも男は防戦一方となる。
だがここまでの攻防で男は少なからずモミジの癖を掴んでいた。
過激な攻撃を繰り出して来るモミジだが、防御は弱い。
故に彼はモミジの突きをわざと腹に食らった。
一瞬勝利を確信したモミジであったが、相手の腹に突き刺さるカタナが動かないことに気づき……舌打ちをすると手を放す。けれど男も決してモミジを逃さない。
前進を繰り返しその拳を彼女の頬に突き入れた。
「かふっ」
一度二度と地面を跳ねて転がり、動きを止める。
男は引き締めていた腹筋から力を抜き……ドバっと血液が溢れるのを感じた。
「いやいや……本当にこれはキツイ」
カタナを掴んで引き抜き、それを投げ捨てる。
シャツを破き、傷口にドラゴンの血肉を搾って作った油を振りかけ、箱から火種を取り出して油に近づける。
ボッと火が点き、激痛に顔を顰める。
腹を焼くことになったが出血は止まった。後はどれほど自分の体が耐えてくれるかだ。
男は大きく息を吐いて……そして気づいた。
投げ捨てたカタナが消えていることに。そしてモミジがゆっくりと立ち上がっていることに。
「気絶した振りをして寝ていれば良いのですよ。そもそも貴女はこの国の者ではありません。関係の無いことで命を失うのは愚者の選択です」
「……そうかもしれません」
素直に認めてモミジは立ち上がる。
大丈夫。自分のカタナは手元に戻ってきている。ならば問題無い。
「きっとお姉様なら引いているでしょう」
「なら貴女も」
「……出来ません」
軽く歯を食いしばりモミジは殴られた逆の頬を叩いた。
何の意味も無い。ただ痛みが倍増しただけだ。
「何より痛みを思い出しました」
「何のことでしょう?」
「ですから痛みです」
男はようやく気付いた。
まだ立ち上がろうとしている足を震わせているモミジが、その顔に笑みを浮かべていることにだ。
笑っていた。
笑いながら彼女は立ち上がった。
「痛みです。これが痛みです。自分ではなく他者から与えられた痛みです」
「何を?」
「事実です。ただの事実です。痛みを得たという私の気持ちです」
最初は『うふふ』と笑っていたモミジだが、今はもう違う。
気が触れてしまったかのようにケタケタと笑っている。
正直誰が見てもその姿に恐怖を覚える。
「痛いんです。痛いんですよ!」
絶叫し、モミジは笑いを止めた。
何が起きたのか分からず男は脇腹を抑えて……そして身構えた。
ふらりと揺れるように立っているモミジに言いようの無い恐怖を覚えたのだ。
「ああ。やっぱり良い」
トロンとした甘い声を発して、モミジは焦点の定まらない目を空へと向ける。
恍惚とした表情で……強い薬物にでも手を出したのかとすら思わせる顔をしていた。
「殴った場所が分かったでしょうか?」
「いいえ。最高ですとも……本当最高で……」
口の端から涎を落とし、モミジはグルンとその目を動かし相手を見つめた。
「だからもっと! もっと私に痛みを! そして傷を!」
輝かんばかりの笑みでそんなことを告げられた。
彼は黙って考えた。考えに考えを重ねた。
「ああ……どうやら私が悪いのでは無くて、貴女自身が最初から腐っていたのですね。納得しました」
「良い! 言葉での蔑みも良い!」
「……」
こうなって来るともう何も言えない。
相手は真正の変態だったのだ。ただそれだけだ。
男は改めて拳を固く握った。
残っている脂肪をある程度対価として支払い、打撃を右の拳に得る。
これで殴れば流石にあの変態も死ぬはずだ。
「生まれ変わることがあるのなら……次は誰もがうらやむ淑女になりなさい」
男は告げてまたモミジの間合いに踏み込む。
彼女は非力だ。女性にしては腕力がある方だろうがそれでも非力だ。
だからカタナと呼ばれる武器をああして素早く走らせることで威力を得ている。
ただそれは間合いがあっての攻撃だ。
こうして間合いを潰せば……モミジの放つ突きが男の腹にまた突き刺さった。
「二度目でも痛いものですね」
「……酷い。私が痛みを欲しているのに」
「ならこの一撃で!」
男は大きく振りかぶり、そして間近に迫った笑うモミジを見た。
彼女の口がゆっくりと言葉を紡ぐのを聞いた。
「断罪」
男は全身を縦横の格子状に割かれ……バラバラと崩れ落ちた。
「ね? 痛いのは良いでしょ?」
物言わぬ死体にモミジは視線を向け……ハタとその両目の焦点が元に戻った。
「あ~! 物凄く、ああ、腰が抜けそうなくらいに痛みが心地良い! たまらない! 濡れる!」
蹲り全身を痙攣させながら……聞くに耐えない絶叫がしばらくその場で響き渡ったという。
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