軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

私は闇に潜む影

ユニバンス王国・王都郊外ノイエ小隊待機所

「これって本当に大丈夫なんですか?」

「大丈夫です」

相手の言葉に胸の大きな長身女性は言いようの無い不安を感じた。

ノイエ小隊の副隊長を務めるルッテの前に居るのは魔法学院からやって来た魔法使いだ。

ルッテと話をしているのはある意味で彼女と縁のある男性である。縁と言っても男女の仲ではなく、仕事の上での付き合いだ。

そもそも彼にはモミジという婚約者がいる。

まだ婚約者だ。休暇後のモミジが異様なまでに妖艶で色香を振りまいたりしているが、結婚前にそんなことはしていないはずだ。

だって自分が学んだ道徳的なあれでは、結婚して居ないのだから男女の触れ合いはキスまでのはずだ。そのはずなのだ。

それに目の前に居る魔法使いアーネスは、成人前の少年のように見える。

率先してそんなことをするとは思えない。思えないのだが彼には色々と噂が……あくまで噂だ。過去のことだ。だから忘れる。

アーネスはルッテの婚約者と同じで成長が乏しい。

ルッテの婚約者が言うには『ウチは貧乏貴族で、自分たちが食べるよりも馬に食べさせる方を優先するからね』と教えてくれた。それを聞いた時は黙って皿の上のチキンを彼に押し付けたほどだ。

ただアーネスの場合は研究熱心が祟り、『成長期に睡眠時間を削り過ぎたせいかも』と笑っていたとモミジが言っていた。

けどあっちが人並みだから大丈夫だとも言っていた。あっちとはどっちだろう?

そもそも小柄な相手はルッテ的に悪くない。

全力で抱きしめると……全身を使って相手を包み込んでいるような感じがして本当に悪くない。ただ無駄に大きな胸に彼の顔が埋まってしまうのでずっとは難しい。それが難点だ。

「ルッテさん? どうかしましたか?」

相手に問われてルッテはハッとした。

「抱きしめたのはまだ10回も無いですから大丈夫です!」

「何がですか?」

「……何でも無いです」

抱きしめるのは服越しだから平気と自分に言い聞かせ、ルッテは脱線していた思考を戻し、仕事に集中することにした。

咳払いしているルッテに軽く首を傾げながら、アーネスは同僚たちが準備を進めている魔道具に目を向ける。

突貫工事になってしまったが完成はしているはずだと言う。

問題があるとすれば試射していないことと無事に的に向かって飛ぶかどうかだ。

武器として致命的な言葉が並んだ気がしたが、良く聞く言葉なのでルッテは色々と諦めた。

「基本は術式の魔女アイルローゼ様が設計をし、本体は魔法学院の魔道具製作班が持てる力の全てを注いで作りました。最高の一品です」

「……」

何より説明を受けたが良く分からない。

形は一応弓に見えなくも無いが、どうして台座に固定されているのだろうか? ここに立って構える? それだと弦が引けなくて……引く必要がない?

改めて説明を受けながら、ルッテはその顔に引き攣った笑みを浮かべて誤魔化した。

相手の言葉で理解できるのは半分程度だ。

出来るなら道具では無くて爆裂の矢のような使い捨ての矢を作ってくれた方が嬉しい。

このように道具を持って来られても……あっ済みません。話は聞いています。

アーネスの咳払いにルッテはそもそもの質問をすることにした。

「これって結局弓なのですか?」

ユニバンス王国・王都北側 演芸区画(仮)

「流石は王都のメイド長ですね。これを避けますか!」

「……」

自分に向かい飛んで来る矢を足元の黒い布を操作し防ぐ。

数度目の防御にドレス姿の女性が喜々として笑う。

防戦一方であった。

フレアは相手の攻撃から自分の身を守ることで精いっぱいな状態だ。

正直に言うと相手の攻撃を過小評価していた。ここまで出来るとは思ってもいなかった。

「どうしたんですか? メイド長! 動いて攻撃して来てくださいませ!」

「くっ」

動かそうとした影が封じられフレアは落ち着いて別の影を動かす。

黒い布は蠢く影のように動き、飛んで来た矢を叩き落とした。

ボウを扱うドレス姿の女性は確かに脅威だ。

けれどそれ以上に脅威なのが老いたメイドだ。

彼女の祝福らしい攻撃によりフレアはまた体の自由を奪われる。

「中々に厄介な祝福ですね」

「お褒めに預かり光栄です。若きメイド長様」

自由を得て皮肉を口にしたフレアに老メイドが恭しく頭を下げる。

お嬢様は鞄から予備の矢を取り出し、スカートの内側……太ももに巻かれた革のベルトに収めていく。

一度呼吸をし、フレアはそっとその目を老メイドへと向けた。

「対象者の動きを封じる祝福ですか?」

「正解にございます」

また老メイドは頭を下げた。

「この祝福は『硬直』と呼ばれるものでございます。効果は対象者の体を硬直させる程度ですが、お嬢様と行動を共にしていればそのわずかな時間でも十分でした」

「そうですか」

相手の言葉にフレアは軽く笑った。

「つまり私のように魔法で防御した者は今迄に居なかったと?」

「はい。ですのでこう見えても心底驚いております」

三度頭を下げる相手にフレアは苦笑した。

相手は微塵も驚いている様子など感じさせない。ただ淡々と状況を把握し、対策を講じているような気配がする。対してお嬢様と呼ばれる方は若く勢いがある。ただ勢いに乗りやすいのが玉に瑕ではあるが、それでも腕は悪くない。

先ほどから確実に急所を狙ってくる。

「少々ブルーグ家の暗殺者を舐めていたと……認めるべきでしょうね」

軽くスカートを叩きフレアはその目を細めた。

ゆっくりとして動作で両手を動かし、顔にしている度の入っていない伊達眼鏡を外す。

懐に眼鏡をしまいいまいちど相手を見た。

「ですがそれだけです。この程度ならやはり私だけで十分掃除が可能です」

「言うわねメイド長? 老メイドの祝福を敗れなければいつか貴女の急所に私の矢が突き刺さるわよ!」

「ええ。そうでしょうね」

ドレス姿のお嬢様に対しフレアは笑う。

「100も200も矢を受け続ければいつかは当たるでしょう。ですがその前に私の刃が貴女たちの命を奪います」

「出来るの!」

「容易く」

若さを見せる相手にフレアは軽く頷いて見せた。

「私の魔道具はあのアイルローゼの作品です」

そっとスカートをフレアは軽く撫でた。

「私の師であるアイルローゼが直接仕立て直しをして下さり、ようやく完成品となったこれに与えた名は……“黒影”」

スカートから手を放してフレアは自身の気配を解放した。

「私は闇に潜む影」

「なら貴女の敗因はこの乾期の空ね!」

雲一つない青空の元では影は生じない。

フレアたちは日光の元で殺し合いをしているのだ。

笑いお嬢様はボウを構えた。

「そうそう。忠告を1つ」

「何よ!」

矢を放つ邪魔な存在にフレアは一瞬だけ目を向けた。

「貴女の相手は私ではありません」

「何を馬鹿、」

物凄い速さで飛来した何かがお嬢様の横をすり抜け背後に存在する壁を破壊した。

速すぎて何が起こったのか分からず……全員が砕け散った壁に視線を向ける。

「おほん」

咳払いをして先に気持ちを落ち着かせたのはフレアだった。

「今のがノイエ小隊現副隊長のルッテからの挨拶にございます」

言っておきながらフレアは内心で震えていた。

あんな速度と威力の攻撃とは聞いていない。

製作途中に話を聞いた時に師であるアイルローゼはこう言っていた。

『彼がとにかく遠くに居る敵を攻撃する道具が欲しいって……本当に余計な仕事ばかり増やすんだからあの馬鹿は』と愚痴っていた。

そして『大きな弓矢よ。それで狙い撃つの』とも言っていた。

思い出しフレアは気づいた。

師の言葉に速度も威力の説明も無かったことを。

「私の相手は貴女です。老メイド様」

気を取り直しフレアはたぶん今回の暗殺者の中で一番の使い手であろう人物を見た。

老いたメイドは……薄く笑っていた。

「ではお嬢様」

「……」

これで終わりとばかりにフレアはドレス姿の女性を見た。

恐怖に顔を歪ませ全身を震わせている相手は、やはり『死』という存在を受け入れ切れていなかったのだろう。

常に影のように寄り添っているというのにだ。

あれは誰の傍にでもいる物なのに無慈悲で凶悪な存在だ。

だからこそフレアはそれをよく理解していた。

自分がその存在なような物だからだ。

「ユニバンスの目と呼ばれる最強の狙撃手から逃げおおせれば貴女の勝ちです」

「そんなのっ」

言葉の途中で彼女は沈黙する。

ただ言葉の代わりにビチャビチャと上半身の血肉を地面に撒き散らして……全てを終えてしまったようだ。

彼女は自身の傍に居る存在に魅入られてしまったのだろう。

死は常に傍に居るのだから。

© 2022 甲斐八雲