作品タイトル不明
私の王女様
ユニバンス王国・王都内下町
「……僕が思うにリグの胸がおかしいのか? それともリグの胸がおかしいのか?」
「同じことを2回言うな。何よりボクに聞かれても困る」
「先生がその昔、絶対に何かしらの悪さをしたでしょう? さあ思い出してください。早く思い出さないとお宅の娘が若干危ない目つきで包丁を取りに奥へと向かいます」
「……思い出すとリグの治療をした時に余った脂肪を胸に集めたな。邪魔だったからな。それが原因か?」
「邪魔言うな。それが娘に対す言葉か」
「仕方あるまい。お前の皮膚は歪むと魔法が暴走する仕掛けだったからな。当時の私や魔女はただ必死に救うことだけを考えて脂肪にまで気など向けていられなかったよ」
「……それは嬉しいけど」
「おやおやリグさん。恥ずかしがってますか?」
「煩い」
「お宅の娘さんが酷いんですけど」
「揶揄う方が悪い」
「うわ~。この親にしてこの娘だよ。ナーファは曲がらず真っ直ぐ育って欲しい」
「大丈夫。大半の医者なんて曲がった性格の持ち主ですから。さあお師匠様。具体的にどの辺りの脂肪をどんな感じで移動したのかを思い出してください。ポーラさん。まだ骨があれなのでハンマーでは無くて外の小屋に鉈があるので」
「ポーラはまだ安静にしてなさいって。とりあえず寝ろって」
「……あの頃のリグはまだ子供であっちこっちに子供らしい肉が残っていたからな。腹回りなんてプニプニしていて」
「鉈よりもハンマーでも良い。この馬鹿の口を物理的に塞ぐ」
「待ちなさい。まず脂肪の移動が重要よ。これはきっと革命的な医学の進歩に繋がるわ。医者の地位が間違いなく向上する。そうすれば各地で医者が人体実験……切磋琢磨を積んで技術が向上するから」
「もう色々と発言がダメ過ぎると思います。そしてポーラよ! 安静にしてろってたった今言ったよね? まだ骨がくっ付いていないから最低でも今日は安静にしてなさいって! ハンマーはダメ~!」
「この馬鹿親の頭を割れればボクは何でも良い。プニプニって……あれはアイルがボクにたくさんお菓子をくれたからであって」
「つまり胸を大きくしたければ太れば良いのです。ポーラはあっちでちゃんと寝てなさい!」
「私は食べてもあまり太らないんです」
「ポーラも太らないんだよな」
「……羨ましい。ボクは食べると胸が大きく」
「あん?」
「すっごい問題発言だな! そしてリグは君の姉になるんだから凄んで睨まないの! ちょっとポーラさん。安静にだからね! 早く帰って来てよミネルバさん!」
「これでも施設で痩せて小さくなった方なんだ」
「あん?」
「言葉を選ぼうかリグさん。それにしてもこの胸がまだ膨らむとか……あの2人に分けてやれ!」
「薄くて羨ましい。大きいと重い」
「あん!」
「らめ~! ナーファ落ち着いて! ハンマーはらめ~!」
「そろそろ患者の様子でも」
「逃がしゃしないぞこの糞ジジイ! 元を正せばアンタがリグの胸をこんなにしたから話が複雑になってるんだ!」
「知らん。儂は愛娘を治療しただけだ。親として医者として当然だろう?」
「そりゃそうだけど、だったらこの場も親の責任でどうにかしろ!」
「分かった。ナーファよ。医者としてあの歩き回っている患者をベッドに」
「……はい」
「本当に危なかったぜ……それよりもだ。そろそろあの馬鹿者を起こした方が早くないか? 診察所で殺人事件が起こる前に」
リグの緊張を解そうとしたら色々と脱線しまくったよ。
鼻を抓まれたリリアンナはゆっくりと口を開いた。
「あの~。起きてます」
「起きてたんかいっ!」
薄っすらと目を開いた相手に思わずツッコミを入れる。
「あんなに騒いでいて起きない方がどうかと思いますが」
「だったらもう少し早くに口を開けと言いたい」
「って何? 何か揉まれてる?」
「リグさん。やっぱりダメだ。この胸は死んだ胸だ」
「死んだ胸って何ですか!」
相手の手を振り払いリリアンナは目を開いて体を起こそうとした。
だが動かせるのは途中までで、半ばで力尽きまたベッドへと言うところで支えられる。
一瞬それが何なのかリリアンナには分からなかった。
物凄く弾む2つの……胸だった。女性の胸だった。
巨と言う言葉で合っているのかすら悩んでしまうほどの大きさだ。
「えっと……貴女は?」
自分を支えてくれる相手を見つめ、リリアンナは言いようの無い震えを感じた。
褐色の肌だ。
相手は自分と同じような肌の色をしている。
ただ全体的に露出の多い服装で、何より目を引くのが褐色の肌を覆う刺青だ。
「リリアンナさ……ま?」
「今はリグ。その名前は彼が貴女に押し付けた」
「そうでしたね」
激しく全身が震える。
別に寒いわけでもないのに震える自分にリリアンナは訳も分からず……するとギュッと背中に信じられないほどの弾力を持つ2つの塊を押し付けられた。
違う。従妹に抱きしめられたのだ。
「ごめん。記憶にないんだ」
「そう……ですか」
「うん。でもどこか懐かしさを感じる声だね。それは嘘じゃない」
「はい」
泣き出したリリアンナの様子に王子と医者が気でも効かせたように席を立ち部屋を出て行く。
その2人を恨めしそうに睨んだリグは改めてリリアンナを見た。
「久しぶりで良いのかな? 記憶は無いけど」
「はい。リリ……リグ様」
「様は止めて。ボクはただの医者だから」
「……本当に医者になったのですね」
「うん。お義父さんが医者だからね。見よう見まねで後を継いだ」
廊下から『見て真似られるなら私も』と叫び声が響いて来る。ただ口でも塞がれたのか途中から『もがもが』と変化し『何処を触ってるんでか!』と言う声で終わった。
「本当に……何も覚えていないのですか?」
「全部じゃないよ。断片的に覚えてる」
「ご家族のことは?」
「父親のことは覚えているかな。それもだいぶあやふやだけど……何よりボクが見て覚えた記憶だから本当のことかどうかは分からないしね」
「……そうですね」
軽く頷いてリリアンナは息を吐いた。
「リグ……さん」
「年下にそれ?」
「呼び捨てには出来ません」
「従姉でしょ?」
「でも貴女は高貴な」
「王女の従姉を『馬鹿姉』と呼んでいる人も居るよ」
「そんな人は普通居ません。居たとしたら常識のない人物です」
何故か廊下から『あの馬鹿は殺されないだけマシなんだよ!』と言う叫び声が。
ここは治療院のはずだから騒がしいのはどうかとも思う。たぶん患者が自分しかいないのだろう。入院できるような患者であれば、こんな場所では無くもっと大きな場所に行くはずだ。
ただ最近まで横に居た親友が言うには『ここほど腕の立つ医者は居ないよ。前王ですら秘密裏に呼んで治療させるほどだから』と言っていた。
何でも医術とは経験がものを言うらしい。患者だけは多いこの場所で鍛えられている医者は凄腕なのだとか。何よりあの“祝福”もある。
「ねえ」
「あっごめんなさい」
緊張の余り思考が脱線したリリアンナは改めて自分の従妹を見た。
その顔立ちは母親の面影が色濃く残っている。何より黄色い目が特徴的だ。
「私はその黄色い瞳に憧れたことがあったんです。王家の色でしたから」
「そう。ボクは一度も気にしたことがない」
「そうですか」
自分が憧れた物をなんて背も無いと言われたことに多少なりとも心に来るものがある。
けれどそれが、その振る舞いがやはり王家の者なのだろう。
「リグさん」
「なに?」
「……私は貴女を」
「貴女がボクをあの国から連れ出してくれたことは知っている。何となく覚えてる。それは今も感謝している」
「でも私は」
「うん。彼から全部聞いた。でも仕方ない。結果としてボクはお義父さんに買われた」
「でも」
「もう面倒臭い」
息を吐いてリグは抱き支えていた人物をベッドに向かい放る様にした。
自分の体を支えきれないリリアンナは背中から倒れ込んで頭を枕に預ける。
大きな胸を張ってリグは従姉を見下ろした。
「つべこべ言うな。ボクは今幸せだから謝罪は要らない」
「けど」
「謝れたら今の幸せを否定されている気がして凄く嫌だ。ボクは今幸せだからそれで良い。謝るくらいなら早くその体を良くしてお義父さんの手伝いでもしてて欲しい。ボクはまだしばらく管理される生活だから自由にここに来れない。そっちの方が謝られるよりも遥かに良い」
プイっと真っ赤にした顔を背けリグはそう言い切る。
リリアンナはその目にいっぱいの涙を浮かべた。
「分かりました。私の王女様」
「それも止めて。今はただの医者だから」
「はい」
手を伸ばし涙を拭うリグにリリアンナはジッと目を向ける。
その視線にリグも気づいた。
「なに?」
「……どうしたらそんなに大きく?」
「どうもお義父さんが原因らしい」
と、リリアンナはその言葉を噛みしめ……胸の内で反芻した。
「放してくださいリグ様! あの医者は女の敵です! だから私にもあんな治療を……絶対に許しません!」
「止めて。助平なのは知っているけどあれはでもお義父さんだから」
「リグ様に助平なことを! 許せません! 離してリグ様! あの男を殺せない!」
「あ~も~面倒くさい」
その日の診察所はとにかく騒がしかったという。
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