軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

花の寿命は短いものよ

ユニバンス王国・北東部街道沿い

「あの日……話をしていたニキーナが突然狂ったように笑いだして魔法を使った」

軟禁されていたニキーナだったが、抵抗する素振りもなく何より封魔の魔道具はそんなに数が出回っていなかった。だから彼女は普通に魔法が使えたのだ。

「迷うことなく傍に居たメイドたちを全員殺してから彼女は私を見た」

けれど彼女が作り出した魔法はイーリナを貫かなかった。

咄嗟に反応しイーリナを庇ったネルネの腹部を貫いたのだ。

「あとは私が魔法を使いどうにかネルネを庇い続けた。しばらくするとニキーナは笑うのを止めて私たちを見つめていた。地に伏して震えることしかできなかった私たちをガラス玉の様な目で」

駆けつけて来た屋敷の者たちの手によりニキーナは捕縛された。

前々からの不謹慎な発言とメイドたちを殺害したことで、ニキーナは罪に問われ処刑台へと向かうこととなった。

もう二度と彼女とは会わないはずだと思った。

「アルグスタ様が匿っていなければだけど」

そう締めくくってイーリナは深く息を吐いた。

「それでネルネがああなった理由は?」

「っ!」

静かに告げるレイザに流石のリディも目を剥いた。

この状況でよくもそこまで容赦ない言葉を口に出来るものだと感心すら覚える。

一瞬フードで隠している目でレイザを睨んだイーリナは……また深々と息を吐く。

「ハーミット家は王家に近しい勢力の貴族だ。昔からの王家派でもある。ただ純粋に王家に忠誠を誓っているのではなく秘密裏に引き受けている任務が存在している。それが情報の収集なんだ」

「だから娼館を?」

「あれは……ネルネの代になってから」

視線を逸らしていたイーリナは、レイザの問いに今度は顔を背けた。

「ハーミット家は元々は染料や薬草などの商売の管理をしていた上級貴族だった。ただ稼ぎが多くて他の貴族から睨まれるので、上級貴族から降級し中級貴族になった。持っていた権利は王国に返還し、その後は管理する一族としてその任を全うするようになったらしい」

「薬ですか……」

「そう。薬だ」

レイザとイーリナは何か通じるものがあるのか互いに納得し合う。

だが出会って間もないリディは理解できない。故に迷うことなく疑問を口にする。

「薬とは?」

「ネルネの武器だ」

問いにイーリナが答える。

「彼女はその腹に毒を宿している」

「腹に毒?」

訝しむリディにイーリナは軽く目を閉じた。

「ああ。ネルネはニキーナの魔法を受けた時に腹部の臓器を失った。つまり子宮だ」

「……」

「代わりに彼女はその場所に魔道具を収めた。三大魔女が作ったと言われている毒を作り出す魔道具だ」

「そんな物を?」

コクンと頷いてイーリナは事実だと認めた。

「当り前だけれどもそんな物を体内に入れて良い訳がない。彼女は毒を作る度に腹の奥から酷い痛みに襲われる。それから逃れるにはどうすれば良いと思う?」

「痛みから逃れる? 痛み止めか?」

「違う。麻痺させるんだ」

「……」

嘆息してイーリナはフードを目深に被り直す。

「ネルネは常に媚薬にも似た成分の劇薬を服用している。それで痛みを誤魔化して毒を作っては相手に飲ませて必要な情報を吐き出させている」

ギュッと手を強く握りイーリナは唇を震わせた。

「当り前だけれどそんなことをしていれば長く生きられない。でもネルネは『花の寿命は短いものよ。だから私は奇麗に咲き誇れる今を精いっぱい生きたい』と言って聞かない。

ネルネのことを何も知らない者たちは、そんな彼女を“毒蛇”などと呼んで卑下するけれど、私はネルネほど全力で生きている人を知らない」

「そうか。それは凄いな」

確かに覚悟が違い過ぎるとリディも感じた。

話を聞く限り尊敬の念すら抱いてしまう。

「だから私はどんなに面倒でも……ネルネの願いは聞くようにしている。彼女はいつも私の傍に居て私を救ってくれた」

「確か貴女が幼い頃に変態に攫われた時も……イーリナ?」

レイザは途中で言葉を止めた。

ガバッと跳ねあがり背中へと落ちたフードの存在にも気づかず、イーリナは両目を剥いていたのだ。

「どうしてその話を?」

「ネルネから聞いたから」

「ネルネから?」

「ええ。貴女が素顔を隠す理由を尋ねたら、『あれは幼い頃に変態に撫で回された自分の素顔を晒すことが怖くなったのだ』と。それと『幸運にも幼過ぎて無理と思ったのか純潔は守られていたけれど』とも」

「……」

ガクガクと震えるイーリナの様子は、誰がどう見ても怒りに震えていた。

そっとリディは己の本能を信じ会話の輪から離れる。

レイザはそんな騎士を見つめ……ゆっくりとイーリナを見た。

「殴れば忘れるかな? 人間の記憶って?」

「……落ち着きなさい。イーリナ。私のこの頭はただの人形だから」

虚ろの目と半開きの口から笑い声を溢れさせ……イーリナがフラフラとレイザに向かい歩き出す。

「大丈夫。ちゃんとその服を剥いて中身を取り出してから殴るから。 殺(や) るから」

「身の危険しか感じないのだけれど……落ち着いて。誰にももう話さないわ」

「ダメだ信じられない。ネルネだって話したんだ……もう人なんて信じない」

迫り来る相手の口から魔法語がこぼれる。

それには本気で身の危険を感じレイザは逃げ出そうとした。

「私の魔法から逃げられると思ったの?」

「……なにこれ? こんな使い方は知らない」

「でしょうね」

逃げ出そうとした姿勢のままで逃れることのできないレイザは、やって来たイーリナの手で服を脱がされた。

上半身が露わになって、人形の胴体に居る本体が外気に触れる。

「そうだレイザ」

「……ひぅ」

笑えない目つきで覗き込んで来る相手にレイザは涙目で怯えた。

「私が味わった苦痛を貴女にも教えてあげる」

「要らない。そんな体験……」

「大丈夫。私も味わったんだから」

伸びて来た手によって抱えられたレイザは、そのままイーリナと共に木々の茂森の中へと姿を消して良く。

気配を消して様子を伺っていたリディは、ゆっくりと馬車へと近づいた。

「騎士様」

「何か?」

仮眠を取っていたらしい御者が目を擦りながら声をかけて来る。

「出来たらそろそろ出発したいんですが?」

「そろそろか……」

腕を組んで軽く首を捻る。

どう考えても、今しがた木々の間へと消えて行った2人がすぐに戻って来るとは思えない。

時折聞こえて来るくぐもった女性の悲鳴はレイザの物だろう。

「今日はこのまま待機して明日の夕刻から移動を再開した方が良い気がする」

「ですがそれだとこんな場所でドラゴンと遭遇する危険が」

「それならば問題無い」

軽く自身の右太ももを叩いてリディは宣言する。

「中型が複数でも出て来なければ自分が対処しよう」

「本当ですか?」

「ああ」

頷きリディは軽く笑う。

「小型のドラゴンなら同時に5体まで退けたことがある。流石に斬り殺すまでは難しいが、その目を狙い追い払うことぐらいなら問題無い」

「そうまで言うのでしたら」

あっさりと御者が納得し折れてくれた。

「これでも国軍の特務騎士だ。任せてくれ」

そうでなければ単身で王国内を移動することなど不可能なのだ。

それが出来るからこそリディは特務騎士に任ぜられた。

“虚空”という二つ目と一緒に。

『いやぁ~! もう止めて~! 舐めないで~! そこは絶対にダメ~!』などと一晩中叫び続けたレイザと彼女に自身の恐怖体験を味わらせたイーリナは、夜明けと共に戻って来た。

それからの道中……レイザは馬車の中で、ギュッと膝を抱くように座り続けていた。

心を閉ざし、本物の人形のようにずっとだ。

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