軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

私は歌姫よ!

ユニバンス王国・王城内中庭

「ふぅ……」

反動が大きく体から力が抜ける。

一度二度、スカートの上から太ももを叩き……小柄なメイドは顔を上げた。

ホムンクルス体ではなく実体だ。ただここまで衰弱するのは計算外だった。

「大丈夫?」

『……は、い』

眠たげな声が帰って来た。

もしかしたら半分以上寝ているのかもしれない。

根性だけは一級品の弟子だ。

それに“兄”が関わる事案だと恐ろしいほどの根性を披露する弟子だ。

今も気絶寸前な精神に鞭打って返事をしているのだろう。

「でも、ようやく歌姫が舞台に立った」

鉛のように重たい体を引きずりメイドは歩く。

城へ来たのはただの偶然だ。最悪を想定して本来なら屋敷に戻る予定だった。

けれど魔法に失敗し、半ば緊急回避でこの場所へと“落ちた”のだ。

中庭に置かれている石に座りメイドは深い息を吐いた。

拷問だ。次からはちゃんと準備をしてから実行しないと死ぬ。生きているけど死にそうだ。

『し、しょう』

「なに?」

『うたえる……ので、しょうか?』

「分からないわ」

正直な答えだった。

はっきり言えばこれは賭けでしかない。それをよく理解しているメイド……刻印の魔女は内心で苦笑した。

先回りし魔眼の中枢からノイエに音が届かないように結界を張った。そうすることで彼女を追い込んだ。追い込み舞台に無理矢理立たせたのだ。

「歌姫は話すことが出来る。だから歌えるはずなのよ」

そう思い魔女は今回のことを画策した。

宝玉が使えないから弟子に無理をさせて歌姫の実体を外に出した。人数調整で魔眼の中に収納した弟子の体はボロボロだ。やはり魔眼内での肉体と精神の共存は難しい。

前にあの馬鹿兄で実験しておいて良かったと思う。

短時間なら結界で誤魔化せるが、日数単位になればこの様だ。

『し、しょう?』

「なに?」

『……まくらが、こいしいです』

「そうね」

子供っぽい言葉にクスリと魔女は笑った。

実験を強行したおかげで今回は色々なデータが集まった。

次からはこのデータを生かして戦略を練って行けばいい。出来たら温泉にでも入ってのんびりと思案したい。最低でも3日は滞在する。豪遊する。願わくば酒池肉林だ。

「その為にはもう少し頑張らないと」

石から立ち上がり、ガクガクと震える膝が体を支えられずに崩れ落ちた。

《家に帰って寝たいな》

芝生に両手両膝を着いた魔女は、若干心が折れていた。

それほどに体調が不調なのだ。

「失礼。どうかなさいましたか?」

「……誰?」

顔を上げた魔女はそこに長身のメイドを見つけた。

普段はあのチビ王妃の傍に居る存在だ。

過去に作った……自分が作り出したメイド人形の改造型だ。はっきり言えば魔改造の領域だ。

「確かアルグスタ様の妹君ですね。どうかなさいましたか?」

ノイエのように表情の変化が乏しい。

無表情というよりも血の通いを感じさせない無機質な顔だ。

「月のあれが酷くて」

「そうですか」

女性特有の知る人が聞けば納得する言葉にメイドも理解を示してくれる。

スッと手を伸ばし、長身のメイドは地面に伏していた魔女を抱き上げた。

「医務室に向かいますか?」

「お兄様の執務室に」

「畏まりました」

音を立てずに歩きだしたメイドに体を預け、魔女は小さく息を吐く。

「硬いのね」

「はい。この体は人形なので」

「……公表しているの?」

「いいえ」

魔女が視線を向けると、人形と自身を呼ぶ存在はニタリと笑っていた。

「貴女様はあのアルグスタ様の妹君でございます。全てを知っている可能性も視野に入れています」

「買いかぶり過ぎよ」

いくら魔女でも不可能はある。

「貴女が人形だと気付いたのは……初めて見た時だけどね」

「そうでしたか」

無駄口はこれまでと人形が口を閉じた。

魔女も目を閉じそのまま抵抗なく運ばれて行く。

気づけば兄の執務室に到着し、ソファーにその身を預けていた。

「妹君は見ないのですか?」

「……何を?」

タオルケットを魔女に掛けられた人形は顔を窓の外に向けた。

「あの踊りを」

「それね」

本当ならじっくりと見ていたかったが……今回は仕方ない。

「後でじっくりと鑑賞するわ」

こんな時の為に撮影用の魔道具を総動員して隈なく撮影している。

温泉に浸かりながらそれを見るのも楽しみの一つだ。

「そうですか」

一礼し立ち去ろうとする人形に、魔女は小さく笑う。

「お礼を忘れてたわね」

「いいえ。仕事ですので」

「それでもよ」

少しだけ体を起こして魔女は相手を見つめる。

もう数百年も前に作った人形だ。見た目以上にガタが来ているはずだ。

「その体が不調になったらお兄様に言いなさい。『約束を果たして欲しい』と私宛に言伝すれば良いわ」

「分かりました。その時は是非」

「ええ」

改めてソファーに体を預け、魔女は大きく息を吐いた。

「この国の魔法使いって基本馬鹿なのかしらね?」

相手に触れて確認した魔女は思わずそう呟いていた。

鎮魂祭会場・観客席

彷徨うレニーラが観客の視線を一身に集めていた。ただ僕の目は、視界の隅にその姿を捕らえればオートフォーカスでそっちを向く。

ノイエが白いドレス姿で静かに舞台上に戻って来ていたのだ。

しかしこの僕の目は誤魔化せない。あれはノイエじゃない。

ノイエならどんなに疲れていようが、迷うことなく歩く。前を向いて思考を停止させて真っすぐ歩く。けれど今のノイエは何処か辺りの様子を伺っている感じがする。

目を閉じて歩く彼女の様子から間違いなくセシリーンだろう。どうして彼女が舞台に?

今日はノイエが歌って……そう言うことか。

たぶんセシリーンが魔眼の中に戻ったことで当初の計画だったノイエに歌詞を伝えるが出来なくなったのだ。

それで責任を取ってセシリーンが外に? そもそも歌えない彼女が外に出てどうする?

みんながレニーラを見つめている中、僕はノイエを見つめて震えていた。

鎮魂祭会場・舞台上

一歩足を進めるごとにセシリーンは自分の心臓が何かに鷲掴みされているような感覚に陥った。

分かっている。緊張と恐怖だ。

魔女に言われた勇気などもう微塵も残っていない。

恐怖に飲み込まれ足が竦んでしまう。一歩も踏み出したくはない。

嘆き逃げ出したいセシリーンの耳にそれは届いた。

彼女だからこそ聞くことのできる声だ。

静かに顔を上げて耳を傾ける。

『大丈夫。何かあったら僕がどうにかするって』

これほど心の中が暖かくなる言葉があるだろうか?

溢れて出しまいそうな涙を必死に我慢する。泣くわけにはいかない。だって自分はまだ何もしていないのだから。

『だからセシリーン。存分に楽しんで』

「……」

楽しむ。

それは自分が孤児院で、故郷の孤児院で常に感じていた感情だった。

目が見えない自分が唯一出向きたいと願った場所。

あの場所で歌うのが好きだった。好きだから歌えた。

でも失ってしまった。自分の歌が全てを消滅させた。

キュッと胸の奥が痛んだ。息苦しくなった。舌が痺れて来た。

《ダメ。やっぱり私は……》

歌えない。

その思いがセシリーンを飲み込もうとする。

四方から押し寄せてくる恐怖に、歌姫は頭を抱えて蹲りたくなる。

『練習だよセシリーン』

変わらず自分に向けて真っすぐ告げられる言葉に迷いはない。

『まさか僕らの子供だったら練習無しで歌っても良いとか思ってる? 甘いな。ノイエにあれだけの無茶を課したんだ……その師匠が無様を晒すと? 弟子の子供を相手に?』

「……」

胸の奥が痛んだ。ギリッと耳障りな嫌な痛みだ。

はっきり言えばイラっとした。

《誰が無様ですって?》

いつ訪れるのか分からない未来に対しセシリーンは練習を繰り返してきた。

それなのに自分が弟子よりも劣ると言われたのだ。

顔を上げ、舞台の中心に向かいながら……セシリーンは真っすぐ相手を睨んでいた。

見えない目で彼を睨みつけていた。

《私は歌姫よ!》

「ふざけないで!」

舞台中央でその声が響き渡った。

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