作品タイトル不明
閑話 17
「腰が……ずっと……んくっ」
全身を震わせ、エウリンカは床を叩いた。
ホリーにねじ込まれた魔剣がまだ抜けない。ずっと“中”に入ったままで取り出せない。
おかげで色々と気が狂いそうだ。何より立ち上がれない。
ずっと床を這って……前と変わらない生活を送っていた。
「ああ。この中は地獄か?」
魔眼と呼ばれるこの場所でエウリンカはずっと苦痛まみれの日々を過ごしていた。
魔女に出会えば液体にされ、魔女に出会えば液体にされ……ずっと液体の日々だった。
ようやくその日々を脱することが出来たと思えば、ホリーなる人物に脅され作った魔剣を体内にねじ込まれ……本当に酷いことばかりだ。
「救いは無いのか? ん?」
ズルズルと這って進んでいたエウリンカはそれに気づいた。
ちょっとした空間の真ん中に座っている女性が居た。初めて見る顔だ。
「誰ですか?」
エウリンカに気づいたその人物が声をかけて来た。
「にゃ~ん」
ファシーはひと鳴きして通路を進む。
途中で出会った床を這って進むエウリンカの証言からすれば、ニキーナと呼ばれる人物がこの奥に居るらしい。情報提供のお礼は捻じ込まれている魔剣を取り出すことだった。だからエウリンカの胴体を横に裂いて内臓も裂いて魔剣を取り出してあげた。
何故か悲鳴を上げて逃げ出そうとしていた相手の背中を見ていてら、ムラムラとしたので魔剣を掲げてエウリンカの背中に振り下ろしてしまった。反省だ。
気を取り直してファシーは奥へと進む。
良くは知らないがニキーナを殺すと彼が喜ぶらしい。ホリーがそう言っていたから間違いない。
けれど……ずっと狙っていたあの胸はダメらしい。あの胸に一度甘えて見たかったのに残念だ。今度外に出たらノイエの胸で甘えよう。
色々なことを考えながら進むファシーはそれに気づいた。
ちょっとした空間の床に座る女性だ。
「誰ですか?」
「ニキーナ?」
「はい」
返事を受けてファシーはクスクスと笑いだす。
あれだ。あれを殺せば彼が喜んでくれるのだ。
囁くように魔法語を唱えファシーは歩き続ける。
「猫ですか?」
相手の問いにファシーは笑う。
「獣化」
「流石ホリーだ」
「まあね」
ため息を吐いてホリーは壁を背に床に座る。
レニーラはクルクルと踊りながらずっと汗をかき続けていた。
「そんなに汗をかいて大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。体を十分に温めておかないと」
「真面目ね」
「私だって踊りに対して真摯に取り組むんだからね」
「そうなのね」
クスリと笑いホリーは目を閉じる。
「少し休むからあとはお願い」
「ほ~い」
眠るホリーをそのままにレニーラは踊り続ける。
1人首を押さえているシュシュは……大舞台を前に普段通りの2人を見つめ『心臓が~強いな~』と感心していた。
肩から先を失った左腕の根元を押さえながら、ファシーは魔眼の深部を進む。
右の脇腹も抉り取られたが、相手はバラバラにして気が済むまで刻んだ。
言われたとおりに木っ端微塵だ。塵も残さないように頑張った。
ただ魔女のように液体にするのは無理だ。今度もっといい方法を教えてもらいたい。
引きずるように足を動かしファシーは次なる獲物を探す。
何故だか全身が重くなってきた気がする。進むたびに通路に誰かが倒れていて、その内何人かは顔と名前が一致した。
「こっち?」
ほぼ直感だがファシーは足を動かし……それを見つけた。
たぶんあれだ。間違いない。
「獣化」
相手に気づかれる前に、ファシーは魔法を使用した。
「誰か居るか?」
「カミーラか。なに?」
クルクルと踊りながらレニーラが答える。
「ファシーが最近鍛錬をサボっててな」
「あはは。師匠も大変だね~」
パッとポーズを決めてレニーラは動きを止めた。
「ファシーならホリーの指示でニキーナとファナッテを退治しに行ったよ」
「あの2人をか?」
「そ」
呆れ果てたように肩を竦めるカミーラの視線を受けながら、レニーラはまた踊り出す。
「ファシーなら勝てるでしょう?」
「どうだろうな。ニキーナが相手なら勝てると思うがファナッテはここだと化け物だ」
化け物染みた戦闘能力を持つカミーラですら、どこか言葉を選んでいるようにも見える。
「カミーラでも?」
「密室だとあれの魔法は最強なんだよ。近づけば私でも勝てないだろう」
「勝つ方法は?」
「野外でなら勝てる。それもあっさりとな」
「……」
本当に場所が悪いだけらしいとレニーラにも理解できた。
「ファナッテは強いの? 弱いの?」
「たぶん強いぞ。あれの魔法は密室だと最強だ」
「ニキーナは?」
「あれは野外だと強いが密室だとあの魔法を振り回せなくてな……たぶん猫が接近戦に持ち込めば怪我を負うが勝つだろうよ」
告げてカミーラはガシガシと頭を掻いた。
「ファシーが居ないならここに用は無いな。寝てるよ」
「ほ~い」
立ち去ろうとするカミーラにレニーラは手を振りながら踊りを続ける。
「待って」
声が上がった。
寝ていたはずのホリーが目を開けてカミーラを見つめていた。
「何だホリー?」
足を止め魔眼の中枢を覗くカミーラに、ホリーは冷ややかな目を向けた。
「ファシーの手伝いには行かないでね」
「どうしてそう思う?」
「貴女は何だかんだで根が優しいからよ」
「はっ」
自分の評価にカミーラは鼻で笑う。
「この串刺しと呼ばれた殺人狂がか?」
「ええ。私と違って貴女は根っこが優しいのよ。だからずっと自分を鍛え続けている」
「どんな理由だ? 私が自分を鍛えているのは弱い自分が嫌だからだ」
「そう。なら強さを求める貴女ならファシーを見殺しに出来るわよね? 優しくないなら」
「……そうだな」
鼻で笑ってカミーラは立ち去って行った。
それを見送ったホリーは黙って頭の後ろで手を組む。
「あれは行くね~」
「そうね」
「カミーラって何気に面倒見が良いから仕方ないね」
「おかげで私がこうして困るのだけど?」
「あ~。旦那君が困ることになる?」
それが一番の問題だ。現時点で彼の為に動く者たちは少ない。
このまま数が減ると……今後帝国に行く予定の彼の身に不安を感じる。
《カミーラの代わりは誰が居る? それ以上に攻撃魔法の使い手が問題よね》
先送りにしていた悩みにホリーは考えを傾ける。
その様子にレニーラは踊りながら視線を向けた。
「ホリーも何だかんだで根が真面目だね~」
「何よそれ?」
「今も旦那君の為に何か考えているんでしょ?」
「それは……」
当たり前だ。そう当たり前なんだ。
自分が誰かの為に、彼の為に、頑張るのは当たり前なのだ。
あの自分勝手に振る舞っていた自分が、彼の為に頑張ることに幸せを感じている。
「ねえレニーラ」
「ほ~い」
「私の根っこが真面目なら、貴女も大概真面目よね」
「あはは~。舞姫さんはとっても真面目なんだよ!」
「……前言撤回するわ」
「はやっ!」
クルクルと回っているレニーラを見つめ、ホリーはため息を吐いた。
「ずっと頭を使ってて疲労が酷いんだけど?」
「私が温泉を手に入れたらみんなで交代で浸かればいいんだよ」
「そうね」
その楽しみが待っているならもう少し頑張れる。
「なら明日の舞台を確りと勤めない」
「へ~い」
「あぐっ」
口から鮮血を吐き出しファシーは蹲り片方の手で胸を掻きむしる。
もう息が出来ない。肺に血が満ちているようなそんな不快な感覚だけが全身を襲う。
「もう終わりなの? お姉ちゃん?」
響く声にファシーは真っ赤に染まる視線を向けた。
化け物だ。本物の化け物がここに居た。
「ならもう死んでね」
「ああ。お前がな……ファナッテ」
「ふえっ?」
声を発してファナッテと呼ばれた存在が全身を貫かれて絶命する。
それでも四方から生えて伸びる串が止まらない。ボロボロになるまで徹底的に貫かれた存在はぼろきれの様に床を転がった。
「カ、ミーラ?」
「馬鹿弟子が。鍛錬をサボって」
「ごめ、んなさ、い」
「許さんぞ」
口の端から血を零し、カミーラは床の上に転がるファシーを抱き上げた。
「治ったらまた鍛錬だ」
「は、い」
師に抱かれてファシーは目を閉じた。
弟子に対して苦痛に満ちた笑みをむけて、カミーラはファナッテの魔法範囲が切れる場所まで移動し……血を吐いて倒れた。
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