軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ノイエにお願いしても良いのだけれど?

「きゅぅ~」

「……」

物凄く珍しい景色を見た。あのノイエが疲労困憊でソファーに転がっている。

表情はいつも通りの『無』だけれど、脱力した感じは肉体疲労というよりも精神疲労だろう。糸の切れたマリオネットのような感じでソファーの上でぐったりだ。

「ノイエ。大丈夫?」

「Zzzz」

「おひ」

まさかの目を開けたままで寝てますか? そんなに辛かったの? 見ているこっちも痛々しかったけれど。

普段は『あらあらうふふ』と微笑んでいるセシリーンが、こと歌のレッスンとなると鬼になった。あのノイエがマジで逃げ出しそうな雰囲気を出していたほどだ。

「ん~。旦那様?」

「なに?」

燃え尽きたノイエを見つめていたら、ベッドの上で手探りで何かを探す歌姫さんが。

うわ~。それ以上進んだら落ちるから!

慌てて駆け寄って落ちる寸前の彼女を抱きとめる。と、ギュッとセシリーンが抱き着いて来た。

「うふふ。捕まえた」

「わざとかっ!」

「はい」

ニコニコと笑って抱き着いて来るセシリーンに騙された。

そもそもセシリーンは音を拾って自分の居場所を判断する高性能のセンサー持ちだった。つまりベッドの上からコロンと落ちることはあり得ない。本当にこの人は盲目なのか?

「今度は臭わないでしょう?」

「まだ根に持ってますか?」

「あらあら。何のことかしら?」

ギュッと抱き着いたセシリーンが体を擦り付けて来る。

彼女から漂う匂いは、ノイエたちが使っている高級石鹸の香りだ。甘い感じの良い匂いがした。

何よりブラをしていない生の胸が、ノイエが普段使用しているのキャミソール越しに押し付けられる。

ノイエより小さいから大丈夫。ノイエより小さいから大丈夫。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃ……何から?

「旦那様?」

「はい」

「何か良からぬことを考えていませんか?」

「気のせいです」

僕のお嫁さんはノイエです。今夜はゆっくり過ごすのです。というか昨日レニーラ地獄を味わったんだから今夜ぐらいは眠らせてよ!

「あら? 旦那様が逃げようとしてて……やっぱりこんな欠陥のある女は嫌なのね?」

ツーっとセシリーンが涙を零す。

ちょっと待って。このパターンは……ノイエに視線を向けたら、壊れたマリオネットが根性で立ち上がろうとしているのですが? 見てて冷や汗しか出て来ない恐怖映像が目の前に!

「セシリーンは壊れてないって!」

「でも目は見えないし」

「大丈夫! それを補う能力もあるし!」

と言うかセシリーンはある種のチートキャラだ。ほぼ最強だ。

「歌えない歌姫だし」

「大丈夫! ノイエの子供を見たら歌えるって!」

「そうかしら?」

「大丈夫!」

すがって来るセシリーンの色っぽさもさることながら、ガタガタと動いているノイエが怖い。

嬉しさと恐怖の板挟みで感覚が狂ってしまいそうです。

「喧嘩してないからノイエはそのまま寝てて平気!」

「……はい」

カクンとまたソファーに崩れ落ちてノイエが眠った。多分寝たはずだ。何故疑問形なのかはまた目を開いたままだからだ。それはそれで怖いんですけど?

「もう。旦那様はノイエ命ね」

「大切な人ですから」

拗ねた口調でセシリーンが頬を膨らませている。

何故かノイエが寝がえりを打って僕から顔を背けた。やはり起きてましたか?

「もし私がノイエの前に貴方に出会っていたら……私が一番に成れたのかしら?」

「どうでしょうね」

ようやく抱き着いていた腕を緩めてくれたので、僕はベッドを椅子代わりに座る。ただセシリーンが抱き着いたままなのは変わらない。

何かを確認するように彼女の手が動いて、指先で色々となぞって来る。正直くすぐったい。

「ノイエの場合は一目惚れでしたしね」

「そうなの?」

「はい。だって本当に出会った時のノイエは……まあ美人でした」

ドラゴンの返り血で全身を濡らしたノイエの姿を思い出した。

あの時は怖いという気持ちよりも奇麗だな……と思ったんだよね。で、その血を拭ったら増々奇麗な人が姿を現したのだ。もう魂ごと彼女の虜になってしまいましたよ。

お嫁さんとの馴れ初めを人に語るのは恥ずかしい。

「旦那様?」

「はい」

「……貴方を慕っている私に酷い仕打ちですね」

「またかっ!」

怒ったセシリーンが僕の首に噛みついてくる。

危険を感じ彼女の腕から逃れるが、背後から抱きついて来て逃がしてくれない。

もうそこは止めて。変色するから。

「怒らないでよセシリーン」

「知りません」

「怒ってるやん」

「怒ってません」

噛みついて口を離すを続ける貴女が怒っていないと?

「……ただノイエに嫉妬してるだけですから」

「それは厄介だね」

「はい」

僕の後ろからギュッと彼女が抱き着いて来る。

「私は酷い女ですね」

「ん?」

「人を殺した罪人なのに……こうして好きな人に抱き着いて」

返す言葉が見つかりませんよ。

「ただ最近少しだけ心が軽くなったんです」

「そうなの?」

「はい」

とても軽い口調でセシリーンが言葉を続ける。

「どれほど罪を犯そうとも、結局私は歌うことが好きなんです。レニーラが踊ることを愛して止まないように」

「そっか……それは大変だね」

「はい」

腕の位置を変えて、セシリーンが僕の首に腕を回して抱き着き直す。

「本当は歌いたいんです。ただ怖くて」

怖いか。

「セシリーン」

「はい」

「その怖いは何に対して?」

「……」

甘えるように頬を寄せて来ていた彼女が微かに震えた。

「……上手く歌えるかです。本当に酷い女ですね」

そう言う彼女に僕は悪意を感じない。それはたぶん仕方のないことなのだろう。

だってセシリーンもレニーラも『姫』と呼ばれるほどの抜けた才能を持つ存在だったのだから。

そんな人物が自分の声が、歌が、劣化していないか不安になるのは仕方ないと思う。

あのレニーラですら毎日のように練習しているのだ。

「大丈夫だよセシリーン」

「……」

「たぶんそれは普通のことだと思う」

彼女が殺めた家族や親族が聞けば怒り狂うかもしれない。けれど彼女たちはあの日狂わされたんだ。

ああそうか。僕はそのことを忘れていたな。

思い出したのならやってやろうじゃありませんか。な~に僕は天下の嫌われ者だ。やって賛同されないなら、次なる手段は全力で 脅迫(せっとく) だ。もう悪名でも何でも存分に使ってやる。

「セシリーン」

「はい?」

覚悟を決めた僕の言葉に、彼女は訝しむような声を発する。

「もう過去は振り返らなくて良いです。そっちは僕がどうにかします」

「……でも」

「良いの」

僕の首を優しく抱きしめている彼女の腕を掴んでそっと離す。

体勢を入れ替えて……正面からセシリーンを見つめる。

「セシリーンはこれから振り返らずに前だけを見て欲しい」

「……こんな濁った眼で?」

「大丈夫。不安なら僕とノイエが横に居るよ」

「……冗談よ」

また腕を伸ばしてセシリーンが僕の首に抱き着いて来た。

僕も迎え入れるように相手の背中に腕を回して抱きしめる。

「セシリーンはこれからは、歌えるかだけを心配すれば良いよ。と言うか下手になっていないかだけかな?」

「良いの?」

「任せなさい」

「……ありがとう」

ポロリと涙を落としてセシリーンがいつものように柔らかく笑う。

で、どうしてそう背後に体重をかけるのですか? 僕はもうしたくないのです。今夜は寝たいのです。休ませてください!

「セシリーン。今夜は」

「ノイエにお願いしても良いのだけれど?」

恐ろしい脅迫がっ!

「……1回だけで良いですか?」

「ええ」

クスリと笑い彼女がキスをしてきた。

「ただ見えないのは怖いから……優しくしてくれると嬉しいわ」

それは大丈夫です。がっつくほどの体力と気力もございません。

(C) 2021 甲斐八雲