作品タイトル不明
野菜は敵
ユニバンス王国・王都郊外ドラグナイト邸
『アルグスタ様?彼女は?』『我が家にやって来るとても可愛い猫です』『にゃん』『猫ですか?』『はい猫です』『なぁん』『猫なのですか?』『別のものに見えますか?』『にゃ~』『人ですよね?』『人ですが何か?』『なぁ~』『……どうして猫の格好を?』『それは彼女があの有名な猫の守護者だからです』『いゃん』『守護者ですか?』『です。ファシーとも言いますが』『は、い』『……』
フレアさんの悲鳴が木霊した。
ドラグナイト邸・居間
「かわ、いい」
エクレアを抱いたファシーがジッと幼子の顔を覗き込んでいる。
覗かれているエクレアも珍獣ファシーが珍しいのか、必死に手を伸ばして彼女の耳を掴もうとしていた。
とても平和な風景だ。
ただ1人我が家の家風に馴染んでいない二代目メイド長だけが震えている。
叔母様のメイドランドに比べれば、我が家はとても平和だと思うんだけどな?
エクレアを抱いたファシーを膝の上に乗せて抱きしめているフレアさんの顔色は青い。震えも止まらない。あの日を体験しているフレアさんですらファシーは怖いのか。
ただファシーはエクレアを抱いていて大人しいから問題ない。乳飲み子セラピーと命名しよう。
「ちょっとノイエの様子を見に行ってくるんで」
「アルグスタさまぁ?」
「大丈夫大丈夫」
泣きそうな声を上げるフレアさんにひらひらと手を振る。
「ファシーは殺意や殺気を向けなければ噛みつかないから」
「……」
「それに性根は優しすぎるくらいの女の子だから、エクレアを抱いていれば絶対に暴れないよ」
「……分かりました」
その表情は我が子に命を託した感じにしか見えないが、エクレアを抱いている限りファシーは暴れない。
機嫌の良さそうなファシーたちをそのままに僕は部屋を出た。
ドラグナイト邸・浴場
「ようやくね」
半ば呆れながらグローディアは湯船の中で自分の髪を撫でる。
固まってしまった血を洗い流し、何度も洗髪用の石鹸で頭を洗った。
あのメイド長の教えを受けた弟子のおかげで不自由なく朝風呂をすることが出来た。
出来たら馬鹿従弟をもう少し殴り飛ばしたいが、ある程度は満足できた。
ある程度は嘘だ。大満足だ。
湯船の中で膝を抱いてグローディアは口元を湯の中に隠した。
笑ってしまう。嬉しくてつい口元が緩んでしまう。
リア義母さんに会えた。
厳密に言えば相手は伯母だが、彼女のことはずっと『母』として慕って来た。
自分のことを愛してくれない実の母親代わりにしていたことは理解している。けれどその気持ちを知ってもあの人はいつも優しく笑ってくれる。抱きしめてくれる。笑顔で『お母さんかお姉さんと呼んでね』と言う人だ。
童顔の人ではあるが姉とはとても呼べない。何より姉と呼ぶ方が距離が開く感じがして嫌だった。
ノイエが終始逃げ出そうとしていたが、その理由がさっぱり分からない。
あの人ほど優しくて思いやりのある人は居ないのだから。
「グローディア様。湯加減は?」
「もう良いわ。朝から無理を言ったわね」
「いいえ」
恭しく一礼をしてくるメイドにグローディアは複雑な目を向ける。
書類の上では自分はもう王女ではない。ただあくまで書類上ではだ。
国王であるシュニットなど何かあれば自分を駒として扱うことも視野に入れるだろう。それは国王としては正しい判断だ。決して文句は言わない。抵抗はするが。
抱きしめていた膝を解いて、グローディアはゆっくりと顔を上へと向けながら背後へと倒れていく。
体の正面を天井へ向けて軽く湯船に浮かぶ。
《信じるかどうかは別にして……一応あの馬鹿の手は封じた》
これ以上自分の元にノイエの魔眼に生きる者たちが居ることになるのは面倒でしかない。だからグローディアは手を打ち、自分の元には3人しか居ないと宣言した。
護衛としてカミーラ。歌えないセシリーン。そして何かの為に確保したことにしたエウリンカだ。
流石のシュニットもエウリンカの名には表情を変えた。
武に優れたカミーラは現在のユニバンスが最も欲しい存在だ。そして現状国が主有している魔剣工房が活動していないからこそ、エウリンカと言う規格外の存在は何よりも優先して欲しいのだろう。
『本当に居るのだな?』と彼が声にしたのは我慢しきれなかった表れだ。
《エウリンカの魔剣は十分に交渉材料になる。問題はあれが気まぐれでしか魔剣を作らないことだけど……今度首に縄をかけて外に出してみましょう》
外に出てあの2人の寝室に転がっている鉱物の山を見れば、好奇心に逆らえないエウリンカのことだ……必ず何かしらの魔剣を作り出すことだろう。
《後の問題は……シュニットが私の言葉を信じていないことよね》
アルグスタと言う馬鹿が噓つきのおかげで、彼は自分の言葉を信じなかった。
別大陸に住んでいないと遠回りで説明したが、『ならどこに居る?』と問われれば適当な言い訳が思いつかない。言葉に詰まる度に相手がこちらが嘘を吐いていると思い込む。悪循環だった。
だからこちらも手を打った。簡単な物だ。アルグスタもまだ隠し事をしているとやんわりと告げただけだ。
彼と術式の魔女の2人が手を結んでまだまだ厄介な人物を隠していると……あとは取っ組み合いの喧嘩になっただけだ。
良い感じで右の拳があの馬鹿の頬を捕らえたというのに、筋肉馬鹿のハーフレンが咄嗟に腕を掴んで威力を殺してしまった。本当に余計なことをする筋肉だ。
《まあ良いわ。これでしばらく私が外に出る必要はない》
召喚の魔女が残した資料は山のようにある。それに魔道具もだ。
《これ以上学んでも何の得があるのか分からないけれど……》
それでも学びたくなる。自分の知識が何処まで増えて、魔法を使えるのか試したくなる。
《楽しみよね》
好奇心に突き動かされているグローディアは気づいていない。自分がアイルローゼやエウリンカ同様に知的好奇心を押さえられない人間だと言うことにだ。
しばらくプカプカと湯船に浮いたグローディアは、のぼせる前に外に出て……混沌と化している居間を見て逃げ出すことを選んだ。
ドラグナイト邸・食堂
「ノイエさん?」
ノイエの存在を求めて食堂に来たら、食堂のメイドさんたちがフル稼働していた。
中を覗けば納得だ。止まらない。ノイエの両手が止まらない。
モグモグパクパクと凄い勢いで食事を消費していた。
どうしてそんなに飢えてるの?
義母さんに捕まっていたことが心的疲労となって祝福が発動し続けていたのかな?
ノイエの隣に座り、彼女が手を出さないサラダに手を伸ばす。
新鮮野菜のシャキシャキサラダだ。とても美味しい。酸味のするドレッシングも悪くない。
ただノイエさんは野菜を食べたがらない。
食べられないわけではなくて、食べようとしないのだ。
「ノイエ?」
「野菜は敵」
「ノイエさん?」
ジトっとした目を向けたら、ノイエが野菜に手を伸ばしスティック状のニンジンを口に咥えた。
「んっ」
「ノイエ?」
「ん!」
咥えたニンジンを僕に向かい突き出してくる。行儀は悪いがここに居るのは僕ら夫婦だけだ。
迎えるようにニンジンを咥えると……ノイエさんがグイグイと押してきた。
騙された。キスする感じで僕に野菜を押し付ける気か?
一本食べてからノイエを見る。
「おかわり?」
「ノイエも食べなさい」
「……野菜は食べたくない」
とうとう本音を語ったか。
「ダメです。適度に食べなさい」
「むぅ」
拗ねながらノイエがポリポリとニンジンを食べる。それで良いのです。
「ところでノイエ?」
「はい」
「どうしてフレア……金髪さんを?」
名前で言ってもノイエは首を傾げるだけだ。なら彼女が分かるように質問した方が良い。
ニンジンを食べきって飲み込んだノイエが僕に目を向ける。
「母乳」
「はい?」
「ファが……なに?」
ノイエ名物、質問を難問で返し来たよ!
「ん~。まっいいか」
エクレアが居れば大惨事は起きないはずだ。とりあえず僕も朝食だな。
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