軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

普段遊んでばかりのあの天才が、だ

ユニバンス王国・王城内アルグスタ執務室

「ん~」

羽根ペンの羽根先を咥えて上下に揺さぶる。

ペン先にインクは付いていないから周りが汚れることは無い。ポーラの『にいさま?』と抉るような視線が胸に突き刺さるがスルーだ。だって暇なんだもん。

「書類仕事しかない。何故だ!」

ドンと机を叩いて僕は立ち上がった。

「実質文官だからよ」

一瞬悪魔になったポーラがそう言うと、机の上に転がった羽根ペンを回収する。

こらこら妹よ。お兄ちゃんの仕事道具を返しなさい。どうしてエプロンの裏に入れるの? どうして新しい羽根ペンが出てくるの? 消えた羽根ペンは何処に消えたの?

真新しい羽根ペンがペン差しに戻された。

兄の視線に妹は全てスルーだ。いいけどさ。

「僕は鎮魂祭の責任者の1人だよね? だよね?」

なのにしている仕事は書類仕事ばかりだ。準備は物凄い速さで進んで行くのにノータッチだ。

「陣頭指揮は王妃様が執ってますしね。今回のアルグスタ様は後方支援的な感じで良いと思います」

面白みのないことを言ってくるクレアには、紙飛行機68号をお見舞いしておく。

予定通り彼女が握りペンにヒットした。

「何をするんですか!」

「邪魔をしたんです」

「開き直るな~!」

そこそこ重要な書類だったのかクレアのマジ切れが半端ない。

スッと近づいたポーラが書類の修正を試みて……顔を左右に振った。

どうやら致命傷だったらしい。南無~。

「いや~! この書類をもう一度書くなんて嫌~!」

頭を抱えて泣きじゃくるクレアに、ポーラがこっちをジッと見てくる。

やってしまった物は仕方ない。ウチのお詫びはケーキと決まっている。それと、

「ならポーラ。お詫びにやっといて」

「はい。にいさま」

恭しく僕の言葉を受け取ると、ポーラが空いている席に座って仕事を始めた。

嬉しそうに仕事をするポーラは手伝えることが楽しくて仕方ないって感じだ。何よりその難しそうな書類をスラスラと書けるほどウチの妹さんの学習が進んだのね。

実は自慢ですか? 自分ここまで出来ますよアピールですか?

楽しそうにペンを走らせるポーラを見ているとこのまま仕事を押し付けても良い気がして来た。

だったら使っていない机をポーラ専用にしようかな?

ついつい存在が忘れられているが、この執務室には現場の副隊長2人の机が存在している。ルッテとイーリナの机だ。

ノイエの机は僕の物を共有するので問題ない。椅子は僕の上に足に座れば良い。

その2つの机は、僕の居る時間を避けていると思われるルッテがたまに使うぐらいで、イーリナの机は使われた形跡が一度もない。代わりにポーラが使用する方が遥かに多い気がする。

一層のこと、このままポーラの机にしてしまおうか? イーリナは代わりに床の上にクッションの1つでも置いておけば十分だろう。

忘れてた。イーリナから催促が来てたな。

問題はアイルローゼ先生は悲しい出来事によりまだ復帰していない。

僕としては眼福だったから何度でも見たいぐらいだが、先生の一人遊びの件はどうやら地雷のようだ。つまり先生が復帰するまでに忘れられないぐらいに、一人遊びの全てを脳内に焼き付けるしかない。今夜も馬鹿賢者に土下座して記録装置を借りよう。

ノリノリで書類を書き出したポーラと、『奢れや!』と物語る視線を向けて来るクレアがメイドさんにケーキを注文し始めた。

これこれクレア君。自分の分だけ頼むのはダメでしょう? 頼むなら全員分を適当に頼まなきゃね。

追加で僕とポーラの分を頼んだら、ドカッと壁の一部が開いてチビ姫が顔を出した。

「私の分もお願いするです~」

「……まあ良いか」

今回はちゃんと仕事をしているから甘やかしてもいいだろう。

クレアがイネル君の分まで注文して……僕は仕事に戻ることとした。

ユニバンス王国・王城内国王政務室

「化け物だな」

届けられた書類に目を通し、シュニットは深く深く息を吐く。

弟の家に住まうメイドの格好をした義理の妹が持って来る書類に目を通し……その言葉しか出なかったのだ。

『異常なまでに人を物のようにバラバラにした殺人者』

彼女を言い表す言葉は常にそれだった。

王都で殺人を繰り返し……あの日、狂ったことでその存在が明るみになった。

『死の指し手』と名付けられたのは、彼女が盤上遊戯と呼ばれる遊びで無類の強さを誇っていたことに由来する。戦えば敵無し。故に彼女との対戦することは負けること、死を意味するからだとか。

《他者の報告を鵜呑みにしたのが誤りだとも言えるな》

胸の内で苦笑し、シュニットは束ねられている書類を机の上に戻した。

「イールアム。感想は?」

「……陛下と同じです。これを書いた者は化け物でしょうね」

ソファーに腰かけている従兄弟が額に浮かぶ汗を拭った。

「その化け物をアルグスタは私的に飼い慣らしているそうだ」

「……逆に言えば彼にしか飼い慣らせないのでしょうね」

言い得て妙だ。

あの弟の恐ろしい所は、誰であってもスルッと懐に飛び込んでくる。飛び込んできて騒ぎを起こす。

耐えられる者は良いが、耐えられない者も居る。そういった者たちは弟を嫌い拒絶する。

だが耐えて味方にすればあれほど厄介だが頼りになる者は居ない。本当に厄介ではあるが。

「これほどの施策を書き殴って寄こすなど……この者の頭の中はどうなっているのでしょうね?」

「アルグスタが言うにはすべて盤上の駒だとか」

「駒ですか」

イールアムには理解できない。

数字の羅列ならあるいはとも思うが、手元の書類は全て数字で埋まっているわけではない。

今読み終えた物などは、今後のこの国に起こりえる災害から人災に至るまでの予想が並び、最低限の被害で対処できるようにと指示も書かれている。

別の書類はある意味で『駒』の話が納得できる。大半が税関係であり数字だ。

「自分がこの計算を任されたとしたら……数か月は欲しい所です」

「私も同じだよ。そんな計算を頭の中でできる者などは」

『2人ぐらいか』とシュニットは胸の中で言葉を続けた。

シュニットが知る限り、そんな馬鹿気たことが出来るのは2人だ。

弟の知恵袋であるホリーと現王妃キャミリーだけだ。

「この者が私の部下でないことが本当に悔やまれる」

「アルグスタ殿を説得すれば?」

「本人に断られた。『大恩あるアルグスタ様の手伝いだから渋々するのであって、本来なら手助けなどする気はありません』とな」

「でしたらこうして向こうから書類を届けられるのを待つしかありませんね」

問題は一方的に送り付けられた書類の束が、どれも癖が強くて今すぐ実行できる物では無いのだ。

時間をかけて下準備をして……そしてゆっくりと国を良くしていく方法ばかりだ。

「事を急くなと言われている気がするな」

「それともまだ波乱があるからゆっくりしていれば良いと……そんな感じでしょうか?」

「かもしれん。彼女はあのアルグスタの一味だ」

皮肉を込めてシュニットは『一味』と称した。

ドラゴンスレイヤー。術式の魔女。治癒魔法の使い手。封印魔法の最高峰。それに誰もが舌を巻く知恵者に舞姫だ。

弟がその気になればこの国などあっさりと手中に収めることが出来るだろう。

《だからこそグローディアはあれを警戒しているのか?》

以前共に登城した時は終始喧嘩腰で、最後は取っ組み合いの喧嘩をしていた。

聞けば協力関係だとは言っていたが……どうもその言葉は嘘くさい。

《召喚魔法に串刺し。あと歌姫か……戦力的にはグローディアの方が不利に思えるが》

ただあの従姉も決して自分の手の内を全て晒す人物ではない。

もう何人か隠している可能性もありそうだ。

「どちらにしても鎮魂祭は恐ろしい規模で行われそうだな」

ホリーと言う化け物に匹敵する存在が、やる気になっている。

普段遊んでばかりのあの天才が、だ。

「なあイールアムよ」

「何でしょう陛下」

言いようの無い気配に気づき、イールアムは立ち上がり頭を下げた。

「私は良くも悪くも歴史に名を遺す王となりそうだ。そんな気がするよ」

「……心中、お察しいたします」

臣下としてイールアムにはそう言うことしかできなかった。

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