作品タイトル不明
いい砂糖の味です
ユニバンス王国・王城内アルグスタ執務室
「アルグスタ様?」
「うむ。ご苦労」
「……」
出迎えてくれたクレアの視線がとても冷たいのです。
久しぶりに執務室に来た傷だらけの上司に対してそんな絶対零度の視線を向けるなんて僕は悲しいよ。遂にこの子も反抗期か……ならば仕方ない。現実という恐怖を与えよう。
「貴女が耐えられるのはこの右腕かな? それとも左腕かな?」
「……何ですか? それは?」
猫持ちしている右手の荷物は、
「この国の王妃様です」
「です~」
左腕に抱き着いているのは、
「あの有名なファシーです」
「にゃん」
両手に花なのだが、何かその花の意味が違う気もする。
「さあどっち?」
グイっと迫ればメンタルがお豆腐なクレアが一気に蒼くなる。
王妃よりファシーに反応するとは肝の小さい。
「王妃ごときで震え上がるとはつまらん奴だな」
「です~」
「ちがっ……ひぃ~」
泣きながら自分の机に戻ってその下に隠れた。
チビ姫を否定すればファシーを怖がったことになる。
どっちが怖いのかは……人それぞれだろう。
社会的に抹殺されるのと、物理的に抹殺されるのと……僕は社会的の方が嫌かもしれない。物理的に殺されるのならどんなに偉い人でも関係ない。最終的には棺桶の中だ。
「……にゃん」
「はいはい拗ねないの」
拗ねた猫はソファーに置く。
チョンと置いたら丸まって辺りを警戒しだす。これが借りてきた猫か?
「ポーラにケーキを頼んだから少し待っててね」
「なぁん」
嬉しそうに喉を鳴らしてファシーが大人しくソファーで待機だ。
で、右手の問題児は……このままどこかに捨てて来るか?
「私もケーキが食べたいです~」
「勝手に食え」
「物凄い差別を感じるです~」
「言ってなかったか? 僕は猫派だ」
「なぁん」
「犬も可愛いのです~」
ジタバタと暴れる馬鹿をポイと捨てたら床を転がり奇麗なVの字が。
今日は白か。君ぐらいの年齢は……何故に素材がレースでスケスケなのかは聞かないでおこう。この王妃は色々と背伸びのし過ぎだ。
「酷いのです~」
「猫を虐げる者は許さん」
「猫に何かしたらどうなるのです~?」
「ファシーが現れて猫をいじめた人が凄い目に遭うのです」
「にゃん」
「です~」
理解しているのかいないのか立ち上がったチビ姫がソファーを見る。
丸まっているファシーはどこか嬉しそうにしている。尻尾を動かせるなら動かしそうだ。動かないんだよな……あの耳と尻尾。
「魔法の力で耳とか尻尾とか動かせないかな?」
「おにーちゃん。それは魔力の無駄遣いだと思うです~」
「無駄でも求めるのが男のロマンなのだよ」
「ダメな大人です~。その手は? ふな~です~」
ロマンを理解できないお子様にはデコピンがお似合いだ。
問答無用で放ったデコピンにより額を押さえてチビ姫が蹲る。
メイドさんたちがこっちを見て見ぬ振りをしているのは、流石メイドランドの出身者だ。非常識が常識の場所で暮らせばスルー技術が上達するのだろう。
「さて馬鹿姫」
「チビ姫です~」
自分で認めるな。馬鹿は認めないがチビは認めるのか……どうなんだろう?
「何故か僕の仕事が増えた。責任を取って土下座だな」
「私は王妃です~。王妃たる者は臣下に頭を下げたりしないのです~」
「もうここでケーキが食えると思うなよ?」
「申し訳ございませんでしたです~」
大変奇麗な形で土下座してみせた。
何気にこのチビ姫を鍛えた方が、お笑い界で生きていけそうな気がする。
「軽い頭だな?」
「ケーキの前では女は無力なのです~」
「もう少し頑張れよ?」
「無理です~」
床に額を擦り付けている王妃様に向ける言葉が見つからない。
何気にこの王妃……あの虐げられる立場を楽しんでいないか? ドMなのか?
「ここにも変態が」
「待つです~。頭を下げたら変態扱いは酷いです~」
「変態だろう? 虐げられて喜んでいる」
「喜んでいないです~」
ならば良いが。
「楽しんではいるです~」
「変態ってことで」
「酷いです~」
間違っていないはずだぞ?
このまま会話をしていても平行線なので、机に向かう……ことは止めた。
何か書類の山があるんだもん。今の僕にはあの山を登る元気はありません。
ソファーに向かいファシーの横に腰かけた。
可愛い猫がすり寄って来て甘える。
「犬も可愛いのです~」
「キャンキャン吠えるな。僕は猫派だ」
「む~です~」
憤慨してチビ姫は僕の向かい側に座る。
「コホン。……それでアルグスタ様。その人が本当にあのファシーなのですか?」
「何度もそう言っているでしょう?」
「ですね。私は他国の出身なので、彼女の行いを人伝に聞いたり学んだりしたぐらいなのですが……自分の知識が根底から不安になるのですが?」
「なら訂正しておいて。ファシーは基本良い子だよ。誰かが誰かに虐げられていたりする姿をみなければ絶対に凶刃と化さない。普段はこんなにも愛らしいしね」
「そうなのですね」
馬鹿姫と呼んだのがショックだったのか、チビ姫が王妃様らしい振る舞いを見せる。
頑張るな。君は基本馬鹿な子だ。
「それで貴方は……過去処刑されている罪人たちを匿っていると言うことで良いのですか?」
「訂正したい部分はあるけどその認識で良いよ。隠している場所や方法は言わないよ。どうしても知りたいならシュニット国王陛下に聞いてください」
「分かりました」
やんわりと笑ってチビ姫はメイドさんに飲み物を求める。
スルッと姿を現した長身のメイドさんが……飲み物と一緒に書類の束を。
こっそりと陛下の私室に置いて来た物を持って来ないでよ!
「なら今回私たちが鎮魂祭を計画していると言うことは知ってますね」
「さっき陛下から聞かされて手伝うように言われたね」
「はい。ですからご協力を願います」
「事務仕事はそっちの隠れている馬鹿娘たちと進めてね」
「分かっています。私が求める協力は」
「出せるのはたぶん舞姫レニーラ。歌姫は僕の受け持ちじゃないんだよね」
「……グローディア様ですね?」
「そう言うこと」
頑張れ従姉。君も仲良く不幸になろう。何なら全ての罪を押し付けてやる。
嫌がらなくても良いんだぜ? ノーフェ義姉さんを見習って命を賭して引き受けろ。
少し考えこんだチビ姫は、ティーカップに手を伸ばして……小さく舌を出した。
「格好つけずに砂糖を入れたら?」
「……お言葉に甘えて」
スプーンで砂糖を何杯入れる気だ? その割合はほぼ砂糖だろう?
ガリガリと音を立ててかき混ぜると、それにチビ姫は軽く口をつける。
「いい味です」
「ほぼ砂糖だよね?」
「いい砂糖の味です」
訂正して砂糖味と認めたよ。
だったら最初から砂糖を掬って舐めろと言いたい。それはもう紅茶に対する何かしらの冒涜だ。
「舞姫は踊れるのですか?」
「僕が見た限りあれほど奇麗に踊る人を見たことはないよ」
日々の言動や行動はあれだけどレニーラの踊りだけは本当に凄い。
舞姫と呼ばれて人々の視線を一身に集めた理由が良く分かる。
「それほどですか?」
「悔しいけどね」
「そうですか」
納得したのかチビ姫がソファーに座り直してまた咳をする。
あんなほぼ砂糖な飲み物を口にするから咳が出るんだよ。
「ケーキが遅いです~」
「……それでケーキを食べるの?」
「楽しみです~」
こわっ! 何この主食が甘い物の生き物は?
「ところでおにーちゃん。あれは何をしているのです~?」
「あれ?」
僕の背後を指さすチビ姫に釣られて頭を動かす。
本当に何をしているのですかね?
僕の視線に気づいたらしい彼女……ノイエが窓に張り付いてこっちを睨みつけている。何故かお怒りのご様子で、ビシビシとアホ毛が窓ガラスを叩いていた。
新手のホラーなのですが、どうしてウチのお嫁さんはあんな姿であんな場所に?
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