軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

違う。私だけじゃない

ユニバンス王国・王都内下町

《これで一通り終わったかな?》

リグは手を拭きながら、窓の外に目を向ける。

診療所の外は野戦病院かと思うほど、酷さばかりが目に付いた。

途中化け物の中にドラゴンの死体が混ざったらしく、そこで一気に運ばれてくる怪我人の数が跳ね上がった。外の状況から身の危険を感じて家の中に隠れていたら、家ごとドラゴンの死体に襲われると言った事例が増えたのだ。

彼らはいったい何をしているのか聞きたくなったが、我慢して不満を飲み込んでリグは治療を続けた。

この場所にもドラゴンの死体が姿を現したが、あの狂ったメイドが『これは駄目な私に対してのポーラ様からの試練なのですね!』などと吠えて蹴り潰していた。

おかげでこの場所で新たなる怪我人は発生しなかった。

『メイドさん怖い……』と震える少年少女が増えたが、メイドは怖い物だから間違っていない。

「休めたか?」

「ボクはずっと休んでるよ。あの日から」

「羨ましい話だな」

苦笑しながら診療室に入って来た師が、疲れ切った様子で椅子に腰かけた。

「ナーファは?」

「張りつめていた緊張の糸が切れたのだろう。気絶するように眠ったよ」

「そう」

井戸から汲んだ水を飲みリグは大きく息を吐く。

経験が乏しい妹弟子は、途中から体力切れでフラフラとし出した。

危なっかしい治療に眠るよう指示を出したかったが、人手不足がそれを許さない。何より当の本人がそんな弱い自分を許せないのだ。

何度も自分の頬を叩いては治療を続けようとする。その様子だけは一人前の医者に見えた。

「どこかの負け犬が育てた割には根性だけはある。きっと良い医者になる」

「……お前は本当に口ばかり悪くなったな? あの魔女の傍に置いておいたのが間違えか」

「うん。アイルは口が悪いからね」

笑いリグは手の中のコップを弄ぶ。

「でも凄く心の優しい人だよ。ボクはあんなに優しい人を知らない」

「……そうか」

「喧嘩したままなのが嫌なんだけど」

「……そうか」

うんうんと頷いたキルイーツは何か引っかかりを覚えた。

「喧嘩したままだと? あれに会ったのか?」

「……」

自分の失言に気づきリグは急いで思考する。

「ボクは今も昔もアイルの人質だよ。アイルは優しいからボクの体を傷だらけにしたことを自分の罪だと思ってる。だからどんな無理難題を吹っ掛けられても従っている。ボクなんて見捨てれば良いのに」

「それが出来るような女じゃないからあれは魔女にまでなったのであろうよ」

「そうかもしれないね」

『上手く誤魔化した』と内心で拳を握りながら、リグは大きく背伸びをする。

このまま休憩を続けられればいいが、外で治療を預かっているハルムント家のメイドたちにも限度はある。休憩の時間を作って貰えただけでも幸運なのだ。

増援が来るまで3人はひたすらに治療をし続けた。

食事も摂れず、手洗いにも行けずにだ。

「話ではあのドラグナイトの当主が手を回してくれたらしいな」

診療所の診察室を休憩室代わりに使っていた2人は……外を見るリグの視線に、キルイーツは見知ったメイドから聞いた話を口にしていた。

「あの人のおかげでアイルは酷い目に遭わないで済んでる」

「そうなのか?」

「うん。アイルが乙女のように彼を慕っていると聞いた」

「……どんな冗談だ?」

魔女の過去を知るキルイーツとしては信じられない言葉だ。

あの魔女が乙女とは……想像しても何も浮かばない。しいて言えば相手を蹴り倒し踏みつける行為しか思いつかない。それが乙女の所業だと言うならば納得できるが。

「でも事実らしい。彼が怪我をするとボクに治療して欲しいと話が来る。簡単に出来ないけど」

「そうか」

「だからお願い」

そっとリグは師であり育ての親の顔を見つめた。

「もし彼に何かあったらちゃんと治してあげて」

「……厄介な治療を押し付ける気か?」

「ボクが出来るならする。アイルには返せないほどの恩がある」

そっと自分の胸に手を寄せ、うっすらと浮かぶ傷跡を指先でなぞる。

「こうして動けるのは腕の良い医者と優しい魔女のおかげ。本来ならボクはもっともっと前に死んでいた」

リグの全身を覆う治療の術式を元に描かれた刺青には、歪みが生じれば命の火が消えるように仕組まれた箇所があった。

だから成長すれば自分は死ぬはずだったのだ。諦めの悪い2人のおかげで生き長らえたが。

「いつまでもそんなつまらん過去を背負うでない」

しんみりと傷跡を眺めていたリグはその声に顔を上げた。

師である彼は何処かつまらなさそうに、それでいて恥ずかしそうに視線を逸らしていた。

「……つまらない?」

「ああ。つまらんよ」

改めて彼はその目を義理の娘へと向けた。

大変けしからん格好をしているのは後で文句を言うとして、今は心の中に押し込んでいるのであろうつまらない“娘”のわだかまりをどうにかすることとした。

「お前がどう考えていようが知らないが、あれも私もそんな気高い感情など持ち合わせていない。ただ出来る。そして実験できる。確認もできる。そんな思いでやっただけだ」

「……そっか」

「そうだ」

2人は口を閉じ……そしてリグは手の中のコップを机の上に置いた。

「でもボクは」

ふと窓の外にそれを見てリグの言葉が途切れた。

師の視線が自分を見るのに気づき、軽く笑って言葉を続ける。

「そんな気まぐれで救われたんだよ。不器用な2人の人間のおかげでね」

「……そうか」

「本当に不器用で困るんだけどね」

「言葉が多いぞ?」

「事実だよ」

「本当にお前は」

苦笑するキルイーツもそれに気づいた。

廊下を歩いて来たのは橙色の髪をしたメイドだ。

「お休み中失礼します」

「怪我人か?」

「はい」

「分かった」

軽く自分の膝を叩いてキルイーツは立ち上がる。けれど弟子は動く気配を見せないのだ。

「残るのか?」

「体を拭きたい」

「早くしろ」

「……この体は好きな人にしか見せたくない。さっさと行け」

「それもあったな。あとで全てを話してもらうぞ!」

「煩い煩い」

両耳を手で覆うリグに対し、今にも詰め寄りそうなキルイーツをメイド……ミネルバは半ば強引に運んでいく。

彼をこの場から引き剝がすのがミネルバの役目なのだ。

「……それでどうした?」

静まり返った診察室でリグはそっと声をかける。

静かに部屋に入って来たのは小さなメイドと白いドラゴンスレイヤーだった。

「にいさまがあたまをけがしました」

「彼は頭を打ち付ける癖でもあるの?」

毎度毎度頭ばかりを怪我するのも凄い。

半ば呆れつつもリグは自分の気持ちがソワソワするのを感じた。居ても立っても居られない……これが焦りなのだと理解する。

「ねえさまがつきとばして」

「ノイエ?」

「違う。事故」

「「……」」

不安げに触角のような頭の毛を揺らす彼女は迷わずそう返事を寄こした。

事故であれ何であれ彼が怪我をしたのなら自分の役目は決まっている。

「少し待って欲しい。手紙を書く」

「にいさまがこまるようなことは……」

「心配要らない」

告げてリグは紙を取り出すと羽ペンを走らせる。

「彼を愛しているのなら彼が困るようなことは……ノイエ?」

何故かノイエが数歩後退し、フリフリと焦った様子で髪を振っていた。

「違う。私だけじゃない」

「私だけ?」

無表情で滝のように汗を流す彼女の様子と言葉にリグは小さなメイドに目を向ける。

何故かそっちも大粒の汗を浮かべ苦悶の表情を浮かべていた。

「全く……詳しいことは後で聞くよ」

サッと言葉を紙に書いてリグはペンを戻した。

「何より彼の治療が優先だ。何においてもね」

愛しい人が怪我をして苦しんでいるなどリグとしては許せなかった。

キルイーツが治療を終え、やって来ない弟子の様子を見に診察室に戻ると……そこには誰も居なかった。ただ机の上には走り書きで綴られた文字が存在していた。

紙を手に取り目を向ける。

『お呼び出しがかかった。だから行く。

どこかの年寄りはもう齢なんだから無理はしないこと。

それとナーファに「ごめん」とだけ。どうやらまだ消えることは許されないらしい。

父さんも可愛い妹もどうか元気に。また逢う日まで。リグ』

それを見つめ……彼は微笑みながら自分の懐に紙を押し込むと、改めて紙を取り出し弟子の代わりに“代筆”を務める。

『まだまだ未熟。全然修行が足らないね。そんな腕で医者になるとか色々な何かを馬鹿にしてるの? 未熟以下の腕前だとボクが死んでからこの治療院の将来が不安でしかないから、もう少し腕を磨いてせめて半人前程度に成長出来たら君の復讐に付き合うこととするよ。まあ無理だろうけどね。リグ』

と、気絶するように眠る妹弟子に対しての苛烈極まりない言葉を勝手に捏造し書き綴ったのだ。

翌日起きてその手紙に気づいたナーファは、リグに逃げられたこと、何より自分の腕前をこれでもかと馬鹿にされたことに腹を立て……らしくないほど癇癪を起し暴れたという。

そして彼女は叫んだ。『絶対にあの姉弟子よりも立派な医者になってやる』と。

(C) 2021 甲斐八雲