作品タイトル不明
その聖女って何?
ユニバンス王国・王都内スラム廃墟
「正直に言うとあの日の記憶はだいぶ曖昧なのよ。何せ私はノイエの手によってこの胸を剣で貫かれていたから」
故にユーリカの記憶に残っているのは、胸に熱せられた鉄の棒をねじ込まれたような痛みよりも熱いと言う感覚と……自分がしたことを理解できずにその目を大きく見開いて泣く妹の姿だった。
「今にして……違うわ。私は最初から馬鹿な女だったのよ。ノイエがどれほど心を辛くさせて痛くさせていたのかも知らずにいた。何よりあの子は生き続けることを望んでいなかった。幸せな家族の中で静かに眠ることを願っていた。そう願っていたのに」
自分たちはただ少女を救いたいと願った。
それが“自分たち”の願いだとは思わず“少女”の願いだと信じて。
「恥ずかしい限りよね」
と……自分の足が下から持ち上がる感覚を覚えた。
顔を半ばから崩れさせた着飾った女性を切り倒しつつ目を向ければ、彼女の夫である人物が顔を真っ赤にしてユーリカの足を掴み持ち上げようとしていた。
「ふざけるな~!」
吠えてグググと足を持ち上げて来る。
「それだって結局はお前の勝手な思考だろうがっ! ノイエがそう言ったのか!」
「……」
違う。妹はそんなことを口走ったことすらない。
「お前のダメなところはそうやって知った風に勝手に決めつけるところだ! 見えただの感じただので勝手に知った風にノイエのことを語るなっ! 何様だっ!」
「煩い」
図星を突かれイラっとしたので……ユーリカは全力で持ち上がる足を振り落とした。
「……死ぬわっ!」
強い衝撃に一瞬気を失いかけた。と言うか何か出た。今絶対に何か出た。
具体的に言うと僕の体から出ちゃいけない何かがフワっと出て、上空から僕を踏みつけるユーリカの姿を見た。お久しぶりな感じでした。
仮に今この体から出たら僕も亡者の仲間入りなんですかね? こわっ!
「知った風なことを言うな! お前こそ何様だっ!」
「ノイエの夫様だよ! こんちくしょうが!」
激昂したユーリカが剣を振りながら僕を踏みつけて来る。
器用だな。そしてこのままだとさっきの何かが現実になるぞ?
「お前に何が分かるっ! 私がどれほど必死にあの子を救おうとっ!」
「知ってるわっ! その一点だけは心の奥底から感謝してるからなっ!」
何せユーリカが命を懸けて無茶をしなければ、この世からノイエは消えていなくなっていた。つまり僕はこの世界に呼ばれることもなく、地球で立派な幽霊として彷徨っていたことだろう。
「だけどその全部知ってますっ! て感じが許せないんだよ!」
「煩い!」
思い切り剣を振るったユーリカが、大きく足を振り上げ……そろそろ死ぬか?
「ダメ」
横Gを食らうといつも通り優しく抱きかかえられていた。
ノイエが僕を抱きかかえ少し怒った様子で姉を見る。
最愛の妹の視線にユーリカが動揺して狼狽えた。
「違うのノイエ。ちょっとあれがこれしただけなの」
「ユー。仲良く」
「……はい」
シュンとして首を垂れるユーリカは、それでも剣を振るう腕が止まらない。
もしかしてノイエって狂った人ほど名前を覚える傾向があるのか?
「違う」
「はい?」
スッとノイエが僕を見た。
「みんな……」
何かを言いかけノイエの視線が流れる。フワフワと揺れるアホ毛が力なく垂れた。
「……お腹空いた」
「諦めないでノイエ」
「頑張った」
あっさりと諦めたノイエが物欲しそうな感じで辺りを見渡す。
シュシュがずっと魔法を使っていたから、ノイエの祝福が発動して空腹状態らしい。
問題は持って来た食料がもうほぼ無い。念のためにと持っている僕の非常食しかないけど、これはあくまで非常食でノイエの空腹を満たせるかは謎だ。
常時腰にぶら下げている小石袋を外してそれを開く。
本日は小石ではなくてお菓子です。ラスクのような物を作って貰いそれを入れて置いたが、誰かのおかげで一口サイズに割れていた。
「ノイエ。あ~ん」
「ん~」
無表情で動いたノイエの口に割れたお菓子を入れる。沢山入れないのは口の中が乾くからだ。
「もっと」
「この袋の分しかありません」
「むっ」
ブンッとアホ毛を振ってノイエが黙って口を開く。
そんな可愛いことをするなよお嫁さん? 僕は君の誘いに乗るタイプだぞ?
仕方なく大きな塊を彼女の口に入れる。モグモグして……ノイエが辺りを見渡す。
「水」
「だから沢山はダメなのに」
「む~」
ちょっとノイエさん? 水を探しているんですよね? その目は僕のどこを見ていますか?
やはりホリーの教育がノイエをダメな子にしているのだと思います!
夜の寝室でなら……2人きりならありはありだけど、こんな白昼の野外でそれはダメ!
「はい。ノイエ」
「ありがとう」
スッと差し出された水入れを受け取り、片腕で僕を抱きながらノイエが水を飲む。
僕の体重って水筒と同じ程度なのでしょうか?
ノイエに水入れを手渡した彼女の姉ノーフェさんは、クスクスと妹の様子に笑顔を向けると……僕らに背を向けユーリカを見る。
シュンとしたまま亡者たちを切り伏せていた彼女がビクッと反応し……ガタガタと震えだした。
あの暴君一味のユーリカがどうした?
「ノイエ」
「はい」
「少し彼の顔を見てて。私が良いと言うまで」
「はい」
水で口の中をさっぱりさせたノイエがジッと僕を見る。
代わりに僕が一部始終を見ることとなった。
ユーリカに近づき、奇麗なボディーブローから顎を掴んで頭突き。崩れ落ちた彼女を踏んで蹴って……いやぁ~! 止めて! もう許してあげて~!
「ノイエを救ってなかったらこの程度じゃ済まさないんだから」
「……ありがとうございます」
ボコボコにされたユーリカがどうにか言葉を紡ぎ出している。
僕はたぶんまだ狂った夢を見ているに違いない。ファシーの衝撃から気絶したままなのだろう。
何をどうしたらノイエの実の姉が暴君よりも強いの? 僕の元実家は何て家に喧嘩売ってたの?
「ラングル家ね……」
カミーラの呟きにその場に居る人たちの視線が自然と向けられた。
黙って外の様子を眺めている壁と化していたはずの彼女はどうやらノイエの家を知っていたらしい。
「カミーラ?」
「私も人伝に聞いた話だ」
こんな時に迷わず質問できるレニーラはある種の勇者だ。
本人は『知ってる人に聞けば良い』的な考えであろうが、それを迷わず誰に対しても行えるのは彼女が持って生まれた人徳なのかもしれない。
「ユニバンスの南西部に位置する小さな街にその一族は居たという。一族の中から『聖女』と呼ばれる特別な存在が生まれることがあって、その子を守るために一族の男も女も体を鍛えるとか。ただ一族の掟を優先するので国からの招集を無視することもある。それでたぶん戦力が欲しかったルーセフルトに睨まれたんだろうな。味方にならないなら敵になりえると」
くだらない理由だ。カミーラは心底そう思う。
味方にならないから潰すのではなく、仮に敵としてやって来たらねじ伏せられるように鍛えておけばいいのだ。簡単なことだ。
「何かカミーラが好戦的な笑みを浮かべている」
「だぞ~」
壁と化すまで『あの魔法とやらせろ』と言われ詰め寄られていたシュシュは、レニーラの背後に隠れている。
あれはノイエの魔力があって成立する魔法なのだ。それにカミーラ相手では威力も半減以下だ。何せこの狂戦士は魔力を封じられればその鍛え上げた肉体を駆使して襲い掛かって来る。
「で、その聖女って何?」
もっともな質問をレニーラは口にしていた。
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