軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

でも……失敗したのよ

それは誰も語りたがらない辛い過去である。

みんなを愛しみんなに愛された少女が壊れてしまった……そんな絶望がその場を支配した。

ある者は希望を失いふさぎ込み、ある者はやり場のない感情を他の者へ向ける。またある者はどうにか元に戻そうと……結果として誰もが心のバランスを崩してしまっていた。

明るい変化が生じていた場所には殺伐とした空気が流れ、誰もが下を向く中を1人の女性が歩いていた。

彼女の名はカミューという。

真っすぐ歩きカミューは掘っ立て小屋のような場所へと入る。

光も差し込まないその場所にはもちろん照明の類もない。日中にもかかわらずその場には暗闇が支配していた。

「なあユーリカ?」

「……」

「お前はもう生きていたくないのだろうし、周りの者たちはお前のことを殺したくて仕方ない。だからそれが現実になる前にもう一度問いたい」

「……なに」

暴行を受けて蹲っていると言われれば、そのようにしか見えない女性……ユーリカが顔を上げた。桃色の髪はボサボサで上げた顔は酷い痣が見える。固まった血のような物も見えたから、誰かが彼女に対して行き場のない怒りのはけ口にしたのであろうことは理解できた。

だからこそ……カミューは近寄り跪くと、持参した濡れた布で相手の顔を拭ってやる。

「私と違って美人の顔が台無しだな」

「必要ないわ……」

「そうだな」

死を覚悟している相手に、カミューはただ暗殺者然とした冷ややかな目を向けた。

「お前は言っていたな? ノイエが壊れることを望んでいたと」

「……ええ。そうよ」

周りの闇を吸収し続け、心の中を黒く染めあげた少女は限界を迎えていた。

だからこそ望んでいた。苦しみからの解放を……誰にも告げずに胸の内で我慢しながら。

「ノイエのあれは治せない。彼女の心はもう死んでいるの」

「そうか」

そこまでは思っていた通りだ。

だからこそカミューは考えた。別の方法をだ。

「なあユーリカ?」

「なによ」

「ここにはお前を筆頭にこの国でも指折りの才能が集結している。私は暗殺者で扱える力は微々たるものだけれど」

「……だから?」

「ああ。ノイエの心が壊れているというのなら、別に心を作り出すことは出来ないのか?」

ユーリカはその言葉に反応した。

相手の胸ぐらを掴み自分の顔を近づける。正面から相手を睨み口を開いた。

「何よそれ! 壊れたからって別の物を作り出そうと言うの!」

「壊れる手伝いをしたお前が凄むなよ」

図星を刺されユーリカは何も言い返せなくなる。

わなわなと震える相手の顔を手で掴み、カミューはその顔を遠ざけた。

「このままだとノイエはただの人殺しになるだろう。心が死んでいる分厄介だ」

「どうして?」

「暗殺者は基本心を殺す。でもそれは自分の意志でだ。けれどノイエは違う。あれは完全に心を殺している」

「何が違うの?」

「分からないか? ノイエには心の枷が無い。つまり命じられたことを実行するまで止まらない。絶対に引かない。つまり死ぬまで殺しを続ける。それを望む雇い主からすれば最高の道具だろう」

「……」

現実を知らされユーリカは顔を俯かせる。けれどそれをカミューは許さない。

また手を伸ばし相手の額を掴んで俯く顔を強引に持ち上げた。

「お前が手助けしたんだ。目を背けるな」

「……でも」

「分かっている。お前があれを助けたかったと言うことはな。だから私はお前を殴らない」

ギリギリと相手の手が額を握る様子に、カミューの中で渦巻く殺意をユーリカは感じた。

「死ぬ覚悟を決めているんだろう? ならば最後までやり尽くして確りと死ね」

「本当に……どうして貴女のような人にノイエは懐いたのかしらね?」

「知るか」

投げ捨てるかのような手つきで乱暴にカミューは相手の額から手を離した。

「あれに聞けることがあったら聞くと良い」

「ノイエ~」

「なに」

「一緒に踊ろ~」

「嫌」

「楽しいよ~」

「……」

木の下に座る少女に見目麗しい女性が声をかけ続ける。

しなやかな腕と足を動かし少女を踊りに誘うのは、舞姫と呼ばれた女性だ。

けれど少女はその誘いに何ら反応しない。何かを待っている様子でジッと一点を見つめ座り続けている。

『あはは~』と笑いながら少女を誘っていた舞姫は、相手の反応の無さに諦めたのか……その場を離れると物陰に身を隠す。両足を抱くようにして自分の顔を膝に預け、声を殺した肩を震わせる。

誰もが一度は見せることだ。今までの少女とは別物と化したことを実感し涙するのだ。

「あのレニーラですら心が折れるのね」

「そうね」

その様子を2人の女性が見ていた。

1人はこの国の王女だった者。もう1人はこの国で魔女の称号を得た者。

互いに心を壊れた少女を溺愛していた者たちだ。

「もうおしまいなのかしら?」

「おしまいでしょうね」

王女の問いに魔女は静かに答える。

あの少女から笑顔が奪われた時、この場に存在していた何かが完全に崩壊した。

きっと簡単に戻ることは無い。戻せるであろう少女が死んでしまっているのだから。

「なら魔女はどうするの?」

「私は……ここの終わりを見てから逝くわ」

「あら? ここはもうダメなの?」

「ダメよ。運営をしている者たちが馬鹿ばかりだからもう長くない」

「どこも無能が勝手をすると最悪の結末を迎えるのね」

「貴女がそれを言うの?」

「私だから言えるのよ」

寂しく笑い王女は立ち上がろうとした。だが出来なかった。

自分の肩に手を置かれ立ち上がることを封じられたのだ。

「誰よ……カミューか」

「ああ」

「それで何かしら?」

立ち上がる機会を失い王女はまた切り株の椅子に座り直す。魔女は動く気が無かったのか魔法書を手に取るとそれに目を向けていた。

音もたてずにやって来た元暗殺者は、共に連れて来た現在最も殺意を向けられている存在を地面に投げ捨てた。

抵抗なく地面に座り込んだユーリカは、どこか疲れ果てた様子にすら見える。

「少し協力して欲しい」

「何を?」

「ああ」

2人の前に立ったカミューはこれ見よがしに自分の背後を肩越しに見る。

その場に座っているのは壊れ果てた少女だ。真っ白だった心を真っ黒にした存在だ。

「壊れたノイエを“直す”」

「無理よ」

その声を発したのは術式の魔女だった。

「壊れた心を“治す”ことはほぼ不可能。過去に何人もそれに挑み廃人を大量生産した。ここでも同じことが起きたでしょう?」

「ああ知っている」

それは隣で蹲っているユーリカが行い作り出したのだ。

ただ誰もが『ノイエの為なら』と笑って壊されたらしい。

「だからもう一度言う。直すんだ。癒すのではなくノイエに心を作り与える」

「それは……」

本に向けていた視線を上げて魔女は冷たい表情を浮かべる暗殺者を見た。

「一応大雑把な方法は考えた。エウリンカが作ったノイエの魔剣にあの子の今の心を封じる。そして別に作り出した仮初の心をあれの中に植え付ける。それでどうにかなれば良いなと思っている」

「大雑把というよりずさんね」

「否定はしないよ王女様。なら代わりとなる代案を頼む」

「無いわよそんな物」

肩を竦めて王女は認めた。

と、術式の魔女は口元に手をやり地面の一点を見つめ何やら思案している。

「……確率は限りなく低いわね」

「ならあのままノイエが命じられるまま人を殺すのを見続けるか?」

「……だから私たちの手伝いを願ったのでしょう? 確率を上げるために?」

「そう言うことだ」

苦笑じみた表情を浮かべ、カミューはガリガリと自分の頭を掻いた。

「本当なら見捨てればいいんだけどな……」

今一度カミューは肩越しに背後を見る。

フワフワとした黄色い存在が少女に話しかけていた。

「あれに姉と呼ばれる限り私はノイエの姉だ。だから最後まで足掻くさ」

スッと顔を動かし2人を見る。

「どんなに無様でも」

ユニバンス王国・王都内スラム廃墟

どこか遠くを見つめてユーリカは口を開いた。

「そして私たちはノイエの本来の心を封印して新しい心を与えることにした。でも……失敗したのよ」

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