作品タイトル不明
誰よりも人の死を見るのが医者の宿命ぞ
ユニバンス王国・王都内スラム廃墟
にゃお~んっと鳴くのはもう猫じゃないと思うんだよ。
百獣の王か? 何がどうしたらファシーは猫から王になるんだ?
そもそも猫のように鳴いている意味が分からない。
北門はどんなカオスな現場なのだ? 行かなくて良かった。
問題は後々の追求だが……知るか! 僕は今日を過ごしたらまたお休みに突入する。それが良い。ただズル休みは近衛の騎士がやって来て無理矢理連行しようとするからダメだ。つまり適度に怪我をすればいいんだな。リグも居るしどうにかなる。
「シュシュ」
「ん~?」
「大怪我に見えるっぽく僕に怪我を負わせて」
「確りしろだぞ~旦那ちゃ~ん」
「無理っ!」
もう色々と限界だ。
何よりファシーが、ライオンのキングと化しているファシーが……あっライオンってオスは狩りとかしないんだったな。メスが狩りをしてオスに食べさせるとか。つまり今のファシーは暴れていないということか!
は~い。ファシーは可愛い女の子でした! つまり大絶賛で狩りをしているということです。その証拠に彼女の鳴き声の背後に流れるBGMが生々しい効果音ですから。
「い~や~だ~」
「落ち着くんだぞ~」
「落ち着けるか~!」
ずっと伏せていた地面から顔と体を起こして辺りを見渡す。
シュシュが作る金色のジャングルジム……に見える牢獄内に居る。
絶対の安全が保障された牢獄です。きっとアルカトラズ的な場所です。あそこって脱獄が出来ない監獄だったっけ? こっちは入ることのできない要塞だけど。
ノイエの姿でフワフワと揺れるシュシュが繰り出す封印魔法で作っている無敵要塞だ。
「そもそもファシーを解き放ったのは旦那様だぞ~?」
「そんな事実を言って僕を苦しめる悪い子にはお仕置きです!」
フワっている彼女を抱きしめて鎧の隙間から、こんな風に手とか入れてやる!
「ちょっと旦那さん! 今はダメだぞ~!」
「ここか? シュシュはここが弱いから」
「んっ……もうっ!」
クルっと封印魔法が僕の上半身に纏わりついてバランスを崩して地面に伏した。
「そういうことは帰ってからだぞ!」
「……はい。ごめんなさい」
ちゃんと叱られたので素直に謝っておく。
「また構築が遅れたぞ~」
プンスカ怒っていたシュシュは不満を口にするとまたフワっと揺れ出した。
ぶっちゃけ暇なのです。今は意識を別の方へ向けていたいのです。そうしないとファシーの笑い声が、
『本日の放送は以上となります』
不意にその声が頭の中に響いて消えた。ファシーの笑い声も消えた。
魔法だと思われる何かしらの何かが終わったらしい。
「僕、復活!」
精神的ダメージから解放された僕は無敵だ!
「こうなればすることは1つ! さっさと片付けてファシーの言い訳を考える! これしかない!」
標的である爺を探すと、彼は亡者たちを自分の元に集めていた。
シュシュの作るこの金色の監獄に触れると亡者たちが消え失せると言うことをようやく理解したらしい。
もう攻め手があるまい? ふふふ……つまりこれはあれだな。フラグを自ら立ててやろう!
「どうした爺! ウチのお嫁さんが強すぎて手も足も出なくなったか? 本当に情けない」
「ふむ。確かに厄介ではあるよ」
間髪を入れずに爺が言い返してきた。ならば奥の手を使うが良い。
その奥の手すら我がお嫁さんの姉たちの手にかかれば問題なく対処できることだろう。
「すごすごと引き返すのなら見逃してやるぞ?」
その気は無いけどね。
「悪くない提案であるな」
おっと爺が乗り気になってしまった。
「所詮雇われの傭兵だもんな。失敗しても痛くないってね」
「ふむ。そう言われると少し胸が痛むな」
そんな気はなさそうに爺がニヤリと笑う。
「して1つ聞いても良いかね?」
「何をでしょ~か?」
「簡単な問いだとも。死者は死したら何処へ行く?」
死んだら? 天国や地獄じゃないの?
「分からんかね?」
「質問が漠然としてて答えにくいのですが~」
「そうかそうか」
ニタニタと笑い爺は自分の足元を指さした。
「簡単に考えればよい。等しく埋められて処理されるものだろう?」
「あ~。つまり土に還ると?」
「正解だとも。では褒美だ」
グラグラと足元が揺れ、僕が立つ地面にヒビが走る。
と、ヒビの間から腐った腕が飛び出してきた。
《もう! 旦那君はっ!》
プリプリと内心で怒りながらシュシュは自分が作り出している金色の牢獄に魔法を補充する。
事前に準備し立て掛けてある矢を消費された分だけ補充する感覚だ。そうすることでこの牢獄はまだ維持することが出来る。
《人の目もあるのに……こんな場所で出来る訳ないんだぞ》
フワッフワッと腰を振るって機嫌よく魔法の構築を続行する。
《だから今夜は帰ってからご褒美だぞ~》
ノイエを筆頭に今夜は彼を求めて殺到しそうだ。
ただ回数よりも一回を大切にするシュシュとしてはその騒ぎに加わる気はない。
《一晩に何回とか無理だぞ~》
基本1回。多くて2回。それがシュシュだ。
その1回を全力でしてもらえれば十分だ。
わき目も振らずに自分だけを見つめてくれればいい。その時だけを楽しめればあとはまたそんな気分になったらしてもらえばいい。
付かず離れずがシュシュの性格だ。
「あっ」
彼が相手を煽っていた。
それは良いのだが、相手の言葉にシュシュは気づいた。
自分が作り出した牢獄の弱点にだ。
地面にヒビが走り、亡者の腕が飛び出して来るのを確認し……シュシュは自分の中で構築していた魔法式をすべて廃棄した。
最強の封印魔法である『石棺』はその効果から準備にやたらと時間がかかる。
前回はカミーラに自分の運搬を任せて練り上げることが出来たが今回はその手が使えない。
「旦那さま~」
「のっはぁ~!」
地面から生えて来る腕に翻弄されている最愛の人にシュシュは口を開いた。
「この攻撃は対処のしようがないぞ~」
「頑張ろうよシュシュ!」
「無理だぞ~」
あっさりと否定し、シュシュは体を本来の持ち主へと返した。
ユニバンス王国・王都内下町
良く見る。縫う場所は分かっている。方法も理解している。
でもそれはいつも見守ってくれる人が横に居たからできる行為だ。
ナーファは何度目か分からない唾液を飲み込み震えた。唾液というよりも涙と鼻水だ。
もうずっと震えている。泣いている。でも逃げられない。
目の前の患者は自分が手当てをしないと生き残れないからだ。
今一度視線を巡らせると、あの女はより酷い患者の手当てをしていた。
腹を斬られたのか内臓が飛び出している者の治療だ。
それに引き換え自分は何とも情けない。
ただの肉と皮膚を縫合すれば良いだけなのに……それが出来ない。怖いのだ。
「せんせい……助けて……」
自分の足を掴む患者の声が弱々しくなる。
このままでは危険だと分かっている。分かっているのだ。
「先生。先生っ!」
「はひっ」
呼ばれナーファは全身を震わせた。
自分に声をかけて来たのは患者と顔見知りらしい人物だった。
「どうか救ってやってくれよ! コイツにはまだ幼い子供が居るんだよ!」
「……子供?」
「ああ。去年生まれたんだ。可愛いんだぜ」
「……」
知ったが故に震えが増した。
預かった命が倍に増えた気がして……増々怖くなる。
最悪なことばかりを考える。考えしまう。
「出来ないなら見捨てろ」
「っ!」
内臓を押し込み縫合を終えた彼女が手を拭きながら歩いていた。
ナーファの元には来ない。ナーファの患者よりも酷い怪我を負った者がまだまだ居るからだ。
でも、遠回りになると分かっていてもリグは妹弟子の傍に来た。
「その患者も幻影でしかない子供も全て見捨てろ」
「……」
冷たく放たれた言葉がナーファの胸に突き刺さる。
ただただ怒りだけが湧き上がってくる。
言われたくない。目の前の人物にだけはそれを言われたくない。
「私の両親を殺した貴女がそんなことを言うの!」
思わず叫んでいた。泣き叫んでいた。
だがリグは何も言わず、次の患者の元へ向かう。
「何でよ……どうしてよ……」
全身を震わせナーファは泣いた。
自分は間違っていないのに、ただ怖いだけなのに……どうしてこんなにも惨めなのかが分からない。
「どうすればいいのよ!」
もう一度叫んでいた。声の限り叫んでいた。
その声に反応したリグは視線を動かしたが、口を開かず患者の傷口に目を戻す。
「どうして……」
「それはお前が選んだ道だからだ」
背後から聞こえた声に、ナーファは慌てて振り返る。
木の棒を杖代わりに彼はそこに居た。
着ている衣服は自身の血で汚しているが、それでも彼は立ってそこに居た。
「出来ないならば医者を辞めよ」
自分の姪に、弟子に対し彼は冷たくそう言い放つ。
「誰よりも人の死を見るのが医者の宿命ぞ」
名医と呼ばれし彼は、弟子に対し最も厳しい課題を課すこととした。
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