軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

大した魔法じゃないしな

ユニバンス王国・王都内スラム廃墟

ファシーの良い話に思わず涙した。

彼女がそこまで考えていただなんて微塵も思わなかった。確かに僕は彼女に対して色々とお願いばかりで……今回の件はある意味で一括返済だとも言える。

ファシーには優しさでこの気持ちを返したい。

今すぐに駆けて行ってファシーをギュって抱きしめてあげたい。

そうすればきっと本性を晒しているファシーだって出会った頃のような……あれはあれで壊れていたから、そこからだいぶこっち寄りの中間ぐらいの猫を被っていた頃の……猫だったら今も被っていたな。

そんな現実はひとまずこっちに置いておいて、もしかしたら臆病で引っ込み思案で恥ずかしがっていた頃のファシーに戻るかもしれない。

大丈夫。何だかんだでファシーは優しくていい子だから、今だって道具だと自称する相手を、

『アルグスタ様の悪口を言う存在は絶対に許さない!』

はっきりと響いて来たファシーの声は明確な怒りだ。

そして後を追うように物凄い破壊音が響き渡る。響いているんです。ついでに感極まって笑うファシーの声まで混じっているね。うん。

「旦那君! 起きろ~!」

あはは……そんなの無理に決まっているだろう? 何を言ってるんだい? このシュシュは?

これは全て悪い夢で、きっと起きたら悪夢が終わっているんだ。そう信じているんだ。

ほ~ら。こうして目を開ければ、見慣れた寝室の天井が……澄み渡る青空でした!

「何で夢じゃないんだよぉ~!」

思わず全力で叫んでいた。

ユニバンス王国・王都北門上

「「……」」

余りの出来事にそれを見つめる騎士や兵たちは凍り付いていた。

凍るしかない。だってあまりにも恐ろしいからだ。

『馬鹿なの? 屑なの? どうしたらあんなにも優しくて優しくて優しすぎるアルグスタ様のことを変人とか呼べるの? ねえ? 頭の中が腐っているの? 崩れているの? 融けてるの? これだから道具になるような人はダメなのよ! 決めた。これから自分のことを“道具”とか言う人には容赦しない! 全員纏めて切り刻む! 《ピー》を《ピー》して《ピー》になるまで刻むから!』

耳に届く声はたぶん眼下で惨劇を生み出している存在の言葉なのだろう。

もう粉々を通り過ぎて完全に目には見えない大きさまで刻んだ存在に対し、猫の追い打ちが止まらない。地面が刻まれすぎて陥没しているほどだ。

「うむ。そうか」

石壁の上に戻って来た大将軍は、そんな様子にポンと手を打つ。

「これからはアルグスタ様の悪口を言わない生活を送ることとしよう。それかさっさと大将軍の地位を返上して田舎に越して畑でも作って生活するのも悪くないな。うん」

そう言って現実逃避するのであった。

ユニバンス王国・王都内上空

『そうですおねえさま。にいさまのわるくちをゆるしてはだめです』

「……」

眼下に広がる惨劇と言葉の内容について弟子に質問する前に返事が返って来た。

その内容を吟味すると、やはりあの姉やこの弟子は頭の中の配線が根元から違う場所に突き刺さっているかもしれない。

『あっちにまだこいしほどのかけらがのこってます……さすがです。かんぺきです』

「あの~弟子?」

『なんでしょうか? ししょう』

白熱していた割にはひと声かけると頭の中を切り替える。

頭の良い人間ほど狂うと始末に負えないのかもしれないと魔女は理解した。

「貴女のお姉様が頑張るのは良いんだけどね……あのゾンビパウダーは砕いて使うみたいなのよ」

その証拠に相手は微塵も抵抗をしなかった。

自分の体が塵とされるのを微笑みながら見つめていた。唯一ツッコミを入れていいのなら頭だけとなった存在の頭部を踏みつけ体を塵にしていた存在が居たぐらいだ。

《不評って何だろう? 悪評って何だろう?》

一瞬頭の中をよぎった言葉を軽く振るって追い払う。

あれの後始末は旦那である彼の仕事だ。自分の預かる範囲ではない。

『ししょう?』

「ああごめんなさいね。思考が脱線してたわ」

脱線だってする。人間だもの……と思いつつ刻印の魔女は現実逃避を止めた。

「細かくされてあの攻撃でしょう? 良い感じに辺りに撒かれて……亡者が急激に実体を得て増えているみたいね。最初に半分まで減らしたのに」

上空から見ている限り、1千から5百まで減った亡者たちはその数を4倍にまで増やしている。当初の2倍だ。あの数を1人で相手するなど流石に無理だろうと刻印の魔女は思ったのだ。

『へいきです』

だが弟子の返答に迷いが無い。微塵もない。

「その心は?」

『だっておねえさまはまだほんきじゃありません』

「……あれで?」

ようやく腹の虫が治まったのか、自分が作り出した地面の陥没からはい出した狂人は……目の前に群れと居る亡者どもを見てとても楽しそう笑いだした。

やはり何かが狂っている。狂人なだけに狂いすぎている。

『はい』

自信を持って内なるポーラは頷いた。

『だってまだねこになってません』

「……ごめん。その発想からして私は理解できないわ」

『ねこのおねえさまはつよいんです』

どうやら弟子の中で猫は最強らしい。

まあ刻印の魔女としても犬より猫派である。気持ちは理解できる。

「あそこからまだ強くなれるのかしら? もしそうならあの子には魔女の称号を与えるべきよ」

過去に魔女の称号を得た者の中で毛色の違う評価がある。

単に強く、戦場で決して負けないことから与えられたのだ。

クスリと笑い刻印の魔女は箒を叩いて魔力を流す。

人の形をした猫がゆっくりと動き出した。

「ねえレニーラ」

「ほ~い」

外の様子を伺っていた舞姫は、自分を呼ぶ歌姫の声に反応した。

エウリンカやティナーなど魔法を使う者たちは食い入るようにノイエの目を介し外を見ている。厳密に言えばシュシュの魔法を見ている。

繰り広げられている魔法が余りにも美しくて見入っているのだ。

ただ盲目の歌姫はそのことが分からない。

魔法に興味のないレニーラはしばらく『きれ~』と言っていたがもう見飽きていた。

「ファシーがアイルからどんな魔法を教わったか知っているかしら?」

「あっははっ! 知るわけないね!」

「自慢げに言わないでよ」

「大丈夫! 胸まで張ってるから! ああっ! 紐がっ!」

何か起きたのか舞姫がゴソゴソと物音を発する。

聞いていた歌姫は……言いようの無い怒りを覚えたが飲み込んだ。

「それでファシーがどうしたの?」

「……2千は居そうな亡者たちに立ち向かおうとしているのよ」

その呆れた声に舞姫……レニーラは苦笑した。

「暴走しちゃってるの?」

「ある意味でずっと暴走しているわよ」

ただ最悪の事態にならないのはファシーが超えてはいけない一線を踏み越えないからだ。

溢れ続けて来る欲望にその感情が飲み込まれていても、彼女の芯は決して砕けない。だからこそ暴走しても立ち止まれるのだ。

「でも2千を相手に戦うことなんて」

言葉を止めてセシリーンは見えない目を動かす。

入り口から入って来たのは……眠そうに体を掻くカミーラだった。

「何だいこれは?」

「シュシュが本気を出してるんだよ!」

「……へ~」

外の様子を見つめ薄く笑うカミーラに、その姿を見たレニーラは心の中でシュシュに対して手を合わせた。

厄介な相手に見つかってしまった。きっと『あれを私に食らわせてみな!』と言って追いかけ回されることとなるだろう。同情はする。でも手助けは出来ない。カミーラは怖いし。

「ねえカミーラ?」

「ん?」

楽し気に外の様子を見ていたカミーラは自分を呼ぶ声に視線を動かす。

歌姫が何処か疲れた様子で苦笑していた。

「ファシーがアイルからどんな魔法を習ったか知ってる?」

「ああ。一応あれの先生だからな」

答えてカミーラは軽く辺りを見渡す。

最近見かけない弟子がこの場にも居ないことを知る。

「教えてもらっても良いかしら?」

「……まあ良いだろう。大した魔法じゃないしな」

人の手の内を晒すことにカミーラは抵抗があったが、ただあの少女が覚えた魔法はどれも特殊だが難しい魔法ではない。

「獣魔と主従などの操作系だな」

「それだけ?」

「ああ。それともう1つ」

告げられた言葉にセシリーンは首を傾げた。

今でも十分にそれなのに……どうして彼女がそれを望んだのか? それが分からなかったのだ。

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