作品タイトル不明
にいさまがどうにかします
「旦那~さま~」
「頑張れシュシュ! 褒美は望むままだ!」
「任せてちょうだい!」
疲れたのか、やる気を無くしていたシュシュがあっさりと復活した。
やれば出来る子なのに……まあいい。問題は目の前の存在だ。
ポロポロと泣いている様子はとても悲しそうに見えるのだが、その意味を知っていると引く。
現在ファシーは笑いながら自分の性癖と言うか本性と言うか何と言うか……何て言えばいいの?
教えてその道のプロの人!
どうやらファシーは人が傷つく様子を見るのが好きってことらしい。苦しむところも好きらしい。死ぬ様子も有りだとか。
つまりドSってことですか? あっていますか? モミジさんの親戚でしたか?
僕の周りには変な人が多いな。何かの呪いでしょうか?
「えっと……ファシー?」
「は、い」
泣きながらファシーが僕を見る。
その様子は愛らしい。とても愛らしい。
ポーラとは毛色の違う小柄で可愛らしい女の子だ。年上だけど。
ただ色々と不幸な体験を味わい……それで精神を病んでしまったのか? 色んな意味で病んでいるけれど。
落ち着いて考えるとファシーって凄い存在だよな。うん。
言うべき言葉を見つけられない僕にファシーが涙で濡れる瞳を向けて来る。
「いや、だよ、ね?」
「はい?」
「わたし……ふつう、じゃ、ないから……」
そう呟くファシーの姿が何故かノイエと重なった。
ノイエだって一般的に見れば普通じゃない。ファシーも普通じゃないだろう。と言うかノイエの姉たちは個性が強いと言うか普通じゃない人が基本だ。
何かに秀でている人は何かを失うと聞いたことがある。
あの姉たちは色々と失いすぎている気がするけれど、だ。
「……良し分かった!」
「は、い?」
声に出して僕は気持ちを落ち着けた。
うだうだ悩んでも仕方ない。何より目の前で僕のことを好きだと言って慕ってくれているファシーが泣いているんだ。何を悩む?
小首を傾げるファシーを改めて正面から見つめた。
涙で頬を濡らしている彼女は本当に可愛らしい顔立ちをしている。
「触って良い?」
「……は、い」
フルフルと震えているファシーの頬に手を当てる。
掌が涙で濡れた。けれどその涙越しにファシーの体温を感じた。
「うん。大丈夫」
「は、い?」
僕の突然の行動に戸惑うファシーが不安げな目をする。
「ファシーの頬は柔らかくて暖かいね」
「……にゃん」
照れたのか猫になって彼女は鳴いた。
「でも暖かいよ」
人形じゃない。人としてたぶんファシーは生きている。
宝玉で外に出てこれる事がどんな仕掛けなのか謎だけど、それでもファシーの頬は暖かいんだ。
「体温があるってことはファシーは人だっていうことだ」
「ひ、と?」
「そう人だよ」
だから仕方ない。
人であれば誰だって色々なことに悩み、色々な感情を持ち、色々な性癖や趣味やあれやこれやを抱える。それが普通なんだ。それが人間なんだと思う。
「ファシーは人なんだから色々と抱えるモノもあるよね」
「……は、い」
ドSな部分もそうだが、普段のファシーはきっと色々と抱えている。
辛いこととか悲しいこととか、何よりも重くて痛い過去とかをだ。
「ならもう一層のこと抱えるのは止めちゃおう!」
抱えるのが辛いなら解放しちゃえば良い。重い荷物は投げ捨てれば良い。
「やめ、る?」
「そうです。ファシーは抱えすぎなのです」
「……」
戸惑った様子で彼女の視線が彷徨う。けれどそんなファシーの頬に両手を添えて、そっと地面に膝を着いてその愛らしく可愛らしい唇にキスをする。
驚いた様子でファシーが目を瞠った。
「僕のことが大好きなファシーが苦しむくらいなら好きにすれば良い」
「いい、の?」
「構わない。何故ならファシーは頭の良い子だからね!」
ファシーは頭が良くそして優しい。だから色々と考え抱え込んでしまうのだ。
そんな生き方は苦しいだけだ。息苦しく楽しくない。
「ファシーは考えて行動できる子でしょ? ちゃんと出来ると僕は信じます」
「……信じて、くれるの? こんな、私を?」
「信じます」
驚き震えるファシーの唇にもう一度顔を寄せる。すると彼女の方から迫って来た。
僕の首に腕を回してグイグイと密着して来る。
ホリーさんばりに貪られて……ようやく解放された。
ファシーは顔を俯かせると両肩を小さく振るわせ始める。
「……してみたかったの」
「はい?」
急ぎ呼吸を整える僕にその声が届く。
「ずっとしたかったの」
何処か楽しげにその声が耳に届く。
「ならすれば良いよ。でもファシーならどこまでが大丈夫か判断できるよね?」
「は、い」
小さな笑みを浮かべ……憑き物が取れた様子のファシーが“笑う”。
涙はもう零れていない。本当に楽しそうにファシーが“笑って”いる。
「なら、しても、良いの?」
「加減が出来るなら存分に」
「本当に?」
重ねて問うファシーに対し、僕の返事など決まっている。
「今日は存分にすると良いよ! 全ての責任は僕が取る!」
力強く宣言した。すると……僕の目の前で変化が生じた。
「そう。なら……」
それを合図にファシーが動き出す。
僕に背を向け、声を高らかに笑う。笑い続ける。
「あ~っははっ! みんな消えちゃえ! 無残な姿を晒して消えちゃえっ!」
笑い声が魔法になるのか……僕らの周りでシュシュが制していた亡者たちが、二回に分けた攻撃を食らって塵になって消えていく。
余りの惨劇にコソコソとシュシュがこっちに逃げて来た。
「旦那ちゃん。旦那ちゃん」
「何かな? シュシュさんや」
「……何か絶対に解き放っちゃいけない何かを解き放ったんじゃないの?」
言い得て妙とはこのことか?
確かに僕は解き放っちゃいけない存在を解き放ったのかもしれない。
「でもファシーは楽しそうだよ?」
狂ったように笑いながら腕を振るうファシーは本当に楽しそうだ。
ただその腕が振るわれる度に亡者たちがモザイクが必要な状態になり、追い打ちを食らって塵になる。
最初から塵にしないのはファシーの趣味だろうか? 聞いたらダメだ。聞いたらダメだ。
「……あの姿を見てそう言えちゃう旦那様も大概だよね」
僕の腕に抱き着いて震えるシュシュはフワフワを忘れている。
落ち着いてそう指摘されると僕も何かを間違っている気がしてくるけど仕方ない。吐いた言葉は戻せないのだから。
ひと通り亡者を消したファシーが肩越しに僕らを見る。
クリッとした可愛らしい眼差しで。
「……もう居ない」
とても悲しい声でおかわりを請求するのです。何て欲張りな?
「ファシーさん」
「は、い」
「北門の外にいっぱい居るらしいよ」
そういう話だ。今回の最大のハードルがたぶんそれのはずだ。
「いっぱい? いいの?」
うっすらと愛らしい笑みを向けて来ないで! 心の中の何かが狂いそうだから!
問題はファシーが北門に向かえば……もうどうにでもなれ!
「男子に二言は無い! 責任は全て僕が取る! 今日だけは思う存分楽しんで来いっ!」
「……ありがとう」
ニコリと笑い、ファシーが軽い足取りで北門へと向かい歩き出す。
時折彼女を襲おうと亡者が湧いて出るが、触れることなく二段階攻撃で塵となって消えた。
「旦那君旦那君」
「みなまで言うなシュシュさんよ」
言われなくても分かる。
「……実はファシーはグローディアの所に居たってことで誤魔化すのはどうかな?」
悪魔が僕にそう囁きかけるのです。
「後で王女様が旦那様を全力で殺そうとすると思うよ?」
「だよね? 知ってたよ」
最終奥義、責任転嫁が使えないのであれば仕方ない。
今回ばかりは僕も腹を括って……今から全力で言い訳を考えよう。
「でもさシュシュ」
「ん~?」
僕の腕に抱き着いている彼女の額にそっとキスをする。
「あんなに楽しそうなファシーの姿を見て否定はできないでしょう?」
何故かシュシュが呆れた表情を作り出す。
「本当に旦那ちゃんは頭と言うか人としての何かがおかしいのかもね」
「馬鹿にしてる?」
「違うぞ~」
僕の肩に手を置いて背伸びをしたシュシュがキスして来る。
「これ以上は無いほどの誉め言葉だぞ?」
「それは嬉しいね」
ユニバンス王国・王都内上空
『どうですか? ししょう』
「……」
弟子の声に師である刻印の魔女は、自分の眉間に指をあてて軽く揉んだ。
何処の世にサディズムに免罪符を与える人間が居るのか? 凄いことに眼下に居た。
そしてその免罪符を受け取った存在は、笑いながら亡者を消して北へと向かっている。
「あれって新しい不評が生まれるんじゃないの?」
『へいきです』
「その心は?」
『にいさまがどうにかします』
「……そうですか」
カクンと頭を下げて魔女はため息を吐きだす。
この弟子やあの姉たちは、彼を妄信的に信じている節がある。
恐ろしいぐらいにだ。
「まっ約束は約束よね」
『そうです』
こんな方法を使うとは思わなかったが、確かに彼はあの狂った存在をどうにかしたのだ。
「ご褒美は……やっぱりこれかな。楽しそうだし」
刻印の魔女は、宙に文字を綴りそれを魔法として解き放った。
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