軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

閑話 12

「スィーク先生」

「何でしょう?」

椅子に座り優雅に紅茶を味わう師に弟子であるラーゼは目を向ける。

師であるスィークは各所から届く報告をひと通り聞き終えたところだ。

「どうしてミネルバをあの場所に?」

間違いなど犯さない師ではあるが、今回唯一その点だけがラーゼは気になっていた。

あの場所……キルイーツはこの王都で最も名の知れた医者だ。

最近は落ち着きを見せているが、前までは狂っているのに凄腕だからと誰もが最終手段として彼の元へと訪れる。だが彼は患者をえり好みする。故に行っても診察してもらえない者も居た。

曰く『この程度で来るな。唾でもつけておけ』と騒ぎ追い返されるとか。

貴族の中では『無礼だ!』と騒ぐ者も居たが、祝福を持つ医者を頭ごなしに罰することはできない。そんなことをすれば貴族中から攻撃を受けてその身を亡ぼすからだ。

誰もが重要人物だと理解している。

その場所にまだ年若いメイドを配することが、ラーゼは不思議でしかなかった。

「では貴女は誰が適任かと?」

静かに師に問われ思考する。浮かぶ名前は2つだ。

「……ミリーかラジャかと」

同僚であり同じ男性を夫としている2人名をラーゼは告げる。

だがその返事を待っていたのか、師であるスィークは薄く笑った。

「確かにあの2人であれば適役でしょう」

「ならどうして?」

「あの2人とミネルバ……どちらが強いと思いますか?」

「それは……」

剣を武器とするミリーと弓を武器とするラジャは、近衛の精鋭の中に混ざっても遜色ない。近衛から『騎士にならないか?』と引き抜きを受けたことのある逸材だ。

大将軍からも同じ話があった。

個の質では近衛に劣る国軍は強者を求めている。群れで行動する軍においても強者は喉から手が出るほど欲しいのだ。

唯一国軍内で個で限定すれば、地方巡回を主としている剣士が強者と呼べる存在だろう。

それらに引き換えミネルバは武器を持ち要らない。自身の手足を武器とするからだ。

故に評価は低い。

「ミリーたちかと」

頭の中でシミュレーションし、ラーゼはそう答えを出した。

「そうですか」

愉快そうに笑いスィークはティーカップをソーサに戻す。

「だから貴女は戦いに関してはダメなのです」

「……」

冷たい声音で告げられラーゼは身を竦ませる。

「そもそも最強を置くのであればわたくしが向かえば良いだけのこと。それをせずミネルバを向かわせたのは何故か? 理由は簡単です。彼女が十分に強いからです」

「強いのですか?」

「ええ。そうです」

そっとスィークは視線を窓の外へ向けた。

「ただまだ力の使い方を分かっていないから枷をはめているのです」

クスリと笑いスィークは過去に意識を向けた。

油断があったとはいえ、ミリーと呼ばれる強者を投げ飛ばした少女の過去にだ。

「スィーク先生」

「何でしょう?」

静々と歩く師の後ろについて従うメイドは、内心で息を吐いた。

王都内でも下町と呼ばれる場所を王妃専属のメイド長が供を1人しか連れず歩いているのだ。

向かう先を考えれば……町の医者などでわざわざ出向くことなく屋敷に呼べば良いのにとさえ従うメイドは思う。

「このような場所を2人で歩くのは」

「大丈夫でしょう。それとも貴女の腰に下げている剣は飾りですか? ミリー」

「……違います」

そっと鞘を手で触れ、ミリーと呼ばれたメイドは否定した。

本当なら彼女はこの剣で騎士を目指すはずだった。

ただ国軍に入隊し、嫉妬深い上官にその才能を煙たがれ出世に恵まれず、くすぶっていた自分を拾い上げてくれたのが前を行くメイド長だった。

それからは恩を返そうと必死に剣の腕を磨いた。

磨いて磨いて……メイドとしての仕事が疎かですと、昨日死んでいた方が楽だと思えるほどの折檻……再教育を受けてようやくメイドになったのだ。

思い返せば良く生きているとさえ思う日々だった。

「貴女の腕前ならこの辺に居る男共など束になって襲い掛かって来ても問題ありません。違いますか?」

「いいえ。可能だと思います」

「宜しい」

答えミリーは師の背中を見つめる。

何より目の前に居るのはこの国でも片手の指に収まる強者だ。間違いが起きなければ……どんな間違いが起きれば師を倒せるのか思考し、ミリーは考えを放棄した。

自分の考えで『メイド長』が倒せるのであれば、ずっと前に彼女は強者と呼ばれなくなっているからだ。

「おな、か……」

と、横合いからボロボロの衣服をまとった子供が出て来た。

いくら師が強者であってもミリーは彼女の前に立ち警護する。それが自分の役目だと理解しているからだ。

姿を現した子供はまだ幼く、薄汚れたボロボロの衣服とボサボサの橙色の髪が目立つ。

「たべ、もの、を……」

孤児と言うより乞食かと思う。

だが主人である王妃の意向により、この手の子供たちには手を差し伸べることが決まっている。故にミリーは慣れた手つきでエプロンの裏から菓子を手にしてそれを差し出す。

「くれ、るの?」

「ええ。ただ食べ終えたら少し話を」

話の途中だったが少女らしき子供が菓子を受け取ろうと手を伸ばし……ミリーの手首を掴んだ。

「逆らわずに飛びなさい」

何が起きたのか理解できなかったが、師の言葉に従い体が反応した。拷問が可愛く思える日々の鍛錬のなせる業だ。

だからミリーは地面に背中をしたたかに打ちつけるだけで済んだ。

「おかしだけじゃたらない」

「ぐっ!」

「おかねもっ!」

ただ間違えがあったとしたら相手がそれで終わらなかったことだ。

仰向けで地面に伏すミリーに跨り少女は拳を握りそれを振り下ろそうとしてくる。

ミリーは見た。少女の目に一点の迷いもないことを。迷わず人を殺せる目をしていることを。

拳は振り下ろされなかった。

師であるスィークが少女の腕を掴み制していたのだ。

「だからこうした散歩も良いのです。思いもよらない拾い物をすることがあります」

「はなせっ!」

標的をミリーからスィークに移した少女は、相手と対峙し……自分が震えるのを感じた。

まだ幼い少女はそれが何なのか理解できない。

恐怖で身がすくむ経験など今までに味わったことが無かったからだ。

「まずは軽く躾けてみるとしましょうか?」

バキバキと指を鳴らし軽く肩を動かす師の様子に、ミリーはこのまま気絶した振りをしようかと本気で考えた。

あの少女はこのユニバンス王国で最も敵対してはならないメイドと敵対したのだ。

少女と大人などと言う歳の差など関係ない。

敵であれば徹底的に痛めつけるのが、師であるメイド長なのだから。

「死なない程度に踏ん張りなさい」

容赦ない拳が少女の顔面に炸裂した。

その日ミリーは繰り広げられる惨劇を見て心に誓った。

自分は絶対にメイド長に対し逆らわないことをだ。

「先生」

「何か?」

「えっと……」

質問を続けようとしてミリーは言葉に悩む。

『拾っていくのですか?』『治療院に向かうのですか?』『生きているのですか?』など言葉は頭の中に浮かんでくるのだが、それらの言葉を押しのけ存在する言葉を口に出来ないのだ。

『なぜそんなにも楽しげに笑っているのですか?』

散々少女を殴り飛ばし痛めつけた師は、その少女を丁重に愛し気に抱きかかえ運んでいた。

着ている服が汚れることなど気にもせずにだ。

「連れ帰るのですか?」

さんざん悩んで選び抜いたミリーの言葉はそれだった。

「ええ。連れ帰ります」

「ですがそのような……」

何処の者とも分からない凶暴な存在を連れ帰ろうとする師の行為が理解できない。

師が務めている場所はこの国で最も高貴な人物の伴侶が居る場所なのだから。

「このような凶暴な存在をどうして連れ帰るのかと思っているのでしょう?」

「はい」

素直に認めミリーは頷く。

「昔のわたくしでしたら、たぶん拾わなかったでしょうね」

それどころか『足の一本でも砕いて悪さが出来ない体にしたと思います』とまで師は語って来た。その言葉は冗談ではなく確実に実行するという確信がミリーの中にもあった。

「ならどうして?」

「そうですね……」

クスリと笑いスィークは少女を抱え直す。

「もしかしたら自分であれば違う結末を導けるのでは……そんな風に考えているのかもしれません」

「違う結末?」

「ええ」

薄く笑いスィークは前を向く。

もう会話は終わりだと言いたげな師にミリーも口を閉じた。

《目ですかね》

歩きながらスィークは心の中で呟いた。

《この子の目があの狂犬と似ているような気がしたのですよ》

それはスィークの記憶だ。

暗殺者として送り込まれ、そして最後まで自分の仕事に徹したある少女の記憶だ。

あの日々の生活の振る舞い全てが演技だったのだとしたら、恐ろしいほどの才能を持って生まれたのだと思うしかなかった。

ただ胸の内に、微かに……その思いがあった。

あれが何か嘘をついているのではないのかと?

《わたくしらしくもありませんね。齢は取りたくないものです》

感傷に浸っていると理解しスィークは軽く頭を振った。

《わたくしが一から育てていれば……あの子の結末も変わっていたのでしょうかね?》

メイド長が下町で拾った野良犬はミネルバと名乗り、それ以降徹底的に拷問に等しい教育を施されたという。

「ラーゼ」

「はい先生」

過去に思いを馳せていたスィークは思い出したかのように口を開いた。

「貴女はミネルバの足の装備がなんであるのかを知っているのかしら?」

「足ですか?」

問われラーゼは思い出す。

後輩メイドが必ず装着している足の装備を。

「武装ですか?」

「違います」

クスリと笑いスィークは空となったティーカップを義理の娘へと向けた。

「あれはただの重りです」

「重り?」

「ええ。あの狂犬が暴れすぎないためのただの重りですよ」

鍛錬の一環として1つ30キロの重りを両足に付けているだけだ。

ただそれだけ。それだけでも人の動きは十分に制限できる。

もしそれを外そうものなら?

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