軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

病んでるから。心を

「うっ……」

何かが崩れ落ちたような音に私は耳を傾ける。

術式の魔女アイルローゼが床に両手両膝を着いていた。

負けと言うか……そう。負けを認めたのであろう。

自分の妹のように可愛がっていたあのリグが、自分よりも先に彼のお嫁さんとなって、そして女へと羽ばたいたのだから。

「アイルローゼ?」

ただあまりの敗北感に苛まれている魔女の様子がおかしい。

ここまで落ち込むのは初めて見た気がする。

ジッと耳をすませば『嘘よ。間違いよ。夢よ。そうこれは夢よ。夢なのよ。あのリグが、異性なんて気にもしていなかったリグが私よりも先になんて有り得ない。あったらいけない。だから夢なの。そのはずなのよ……』と、早口で呟いている。現実を認めたくない様子だ。

ただ今回に関して言えばアイルローゼが悪い。

リグは何処かずっと遠慮していた。何を遠慮しているのかと思えば、それは自分の気持ちに封をして姉として慕っていたアイルローゼと彼との進展を待っていたのだ。

それがリグの優しさだった。ずっと我慢して、姉のことを見守っていた。

けれど魔女は礼を逸した。妹に甘えすぎたのだ。

リグなら怒らないと心のどこが慢心していたのだろう。前の魔女ならそんな慢心などせず、きっとリグの治療を終えてからずっと傍に居たはずだ。リグが『お腹が痛い』と言えば優しく摩っていたはずだ。だが今回はそれをしなかった。彼のことを優先し妹の扱いを後回しにした。

それが全てだ。

姉の優しさを得られなかったリグは拗ねた。

我慢していた感情は臨界点を超して怒りへと変化した。怒りは彼女を突き動かした。

姉への配慮などかなぐり捨ててリグは自分の気持ちに忠実に行動した。

その結果が……彼への告白だ。彼への求婚だ。彼との性交だ。

ズンと重すぎる空気を背負い身動き一つしない魔女を遠巻きで見ている者たちが居る。

レニーラとシュシュだ。

『何か見てて痛々しいんだけど?』『だぞ~』『でもリグって意外と大胆だよね? 告白して次からは求婚するとか?』『だぞ~』

それ以上は言わないであげて欲しくなった。

聞こえてくる術式の魔女の感情は、完全に砕け散っている。敗北を認めてだ。

だけど仕方ない。ずっと安全な距離を保ち彼と付き合っていた魔女も悪い。

恐怖に負けず一歩踏み出せれば、あの魔女だって彼と付き合えることだろう。何より彼の『先生』でもあるアイルローゼは頭一つ自分たちよりも抜け出た存在だ。素直に羨ましいほどに。

でもアイルローゼは崩れ落ちたままで身動き一つできずにいる。

ずっと彼女の様子を確認していたが、当初は普段通り魔道具の設計を頭の中で描いている様子だった。定期的に外の様子を確認する魔女はそこでリグが外に出ていることを知り驚いて居た。そして彼女の発言と言うか行動に……居ても立っても居られなくなって魔眼の中枢に飛んできた。飛んできて現実を直視して崩れ落ちたのだ。

もう痛々しい感じしかしない。

しばらくは復活できそうにないほどのダメージだろう。

と、中枢に気配が増えた。

宝玉を使い外に出ていたリグが戻って来たのだ。

「……ただいま」

「おかえりなさい」

グルっと周りの様子を確認し、彼女は真っすぐと私の所へやって来た。

いつも通り床に横になって足に頭を預けてきた。

歌姫の足を枕にしたリグの様子に全員が口を閉じる。

魔女に背を向けて眠るのも凄いが、彼女の衣装もまた凄いのだ。

戻る前に着替えた新しい服は、見た感じでは下着にしか見えない。

若草色の布を基本に作られた衣装は彼女の胸と下腹部を覆うような形になっている。

似合っていると言えば似合っているが、前よりも遥かに露出が増えている。しかし肌を晒すことを避けていたリグがそれを気にする様子は無い。むしろ見たければ見れば良いとばかりに全身の刺青を晒しているのだ。

だからこそ似合っている。刺青ですら模様に見えるほどに。

「どうだった彼は?」

「ん~。優しかったよ」

この状況で質問する歌姫に中枢を覗いていた者たちは戦慄した。

『お前正気か?』と視線を向けるが、何より問われたリグもあっけらかんと返事をする。

「やっぱり聞くと見ると体験するのだと違うんだね」

「そうね」

優しくリグを撫でながら歌姫は彼女の言葉に肯定する。

「まだ違和感はあるけど……何ていうか傷つけられて初めて幸せな気分になったかな?」

「あら? 痛がりのリグがそんなことを言うの?」

「うん。でも最初だけだと聞くしね。セシリーンはどう?」

「そうね。少し慣れたかしら?」

「えっ……まだしばらく続くの?」

「ん~。良く分からないけどやっぱり治ってしまうのかしら?」

「どうだろうね」

2人の会話に我慢できなくなった様子で、舞姫であるレニーラが突撃して来る。

そうなるとフワフワとシュシュもやって来て……4人でやんややんやと色々と話し出した。

ただフラ~っと立ち上がったアイルローゼは、よろめきながら壁沿いに手をつき歩いていく。

この場所に居たくないとばかりにフラフラと遠ざかって行った。

「ねえリグ?」

「なに?」

歌姫の問いにリグは魔女が居た場所に向けていた視線を動かした。

「少しは気が晴れた?」

「ん~」

その質問は想像していなかった。

リグは軽く首を傾げると、しばらく沈黙して口を開いた。

「少しかな? でもそれ以外でスッキリしたかな」

「それ以外?」

「うん」

大きく頷いてリグは体を起こす。

「好きな人に好きって言えたから」

「それは確かにスッキリできそうね」

クスクスと笑いセシリーンは何となく顔を動かす。

案の定来た。来てしまった。

「リ~グ~?」

「……」

その声にセシリーンを除いた3人が同時に顔を動かした。

フラ~っと姿を現したのは、幽鬼のように髪を振り乱したホリーだ。

その恐怖しか感じさせない姿にレニーラとシュシュは黙ってリグから離れる。

「ちょっとお姉さんとお話ししようか?」

「嫌だ」

「そうかそうか」

うんうんと頷き……ホリーの長い青髪が生き物のように蠢きだした。

「それで終わるわけないでしょう? もうね……お姉ちゃん。本当にアルグちゃんの節操の無さにイライラするんだけど、それ以上に彼を誘惑する存在が許せないの。ええ。許せないの」

「ホリーの許しなんて要らないはずだ。ボクはただ彼のことが好きになっただけなんだし」

「それが許せないのよ」

蠢いていた髪が幾重もの刃と化して身構える。

「もうバラバラに砕いてしまいたくなるの」

「……ホリー」

「何かしら?」

カクンと首を傾げる相手にリグは口を動かした。

「病んでるから。心を」

「そうね。うふふ……そうかもね」

笑い続け……そしてホリーはグルンと目を回した。

「でも許せないのよ!」

襲い掛かって来た存在にセシリーンを除く3人が逃げ出した。

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