作品タイトル不明
だから今夜は私が好きにしていいかしら?
「あらノイエ? もう良いの?」
「はい」
「なら……今夜はゆっくり寝てちょうだい。出来るわよね?」
「はい」
そんな会話が聞こえてきて僕の隣でノイエが横になる。
仰向けで目を閉じて……驚くほどに寝つきが良い。たぶんもう寝てる。
それは良い。それは良いんだけど。
「あら? 旦那様ももうお休みになるのかしら?」
必死に体を持ち上げれば、瞼を閉じた彼女がこちらに顔を向けてきていた。
服は着たままだ。今夜は終始ノイエを褒め続け、彼女を大変やる気にさせていた。
おかげで僕の何かが枯渇してしまいそうだったよ。
「何を企んでるの?」
「企むだなんて……私がそんな酷い女に見えるの?」
「グローディアより酷い女を僕は知らないけど?」
「あらあら」
グローディアは本当に酷いヤツだ。次点はカミューだけど。
クスクスと口元に手を当ててセシリーンが笑う。
「王女様はとても不器用なだけよ。それと貴方を嫌ってるくらいかしら?」
「その嫌いっぷりが半端ないんだけどね」
ベッドから降りてガウンを羽織る。
簡易冷蔵庫の中には作り置きの紅茶が入っていて、それをカップに注ぐ。
ゴクゴクと一気に飲んでようやく一息ついた。枯れてしまうかと思ったよ。本当に。
「セシリーンもどう?」
「ありがとうございます。でも……」
「ん?」
「冷たい物は喉に悪いので」
そっと顔を背けて彼女がそう告げる。
なら注いで置いておけば室温で常温くらいになるはずだ。
彼女の分のカップを準備して、僕は紅茶を注いでベッドの横に据え付けられている台の上に置いた。
「たまに触って温度を確認してね」
「ありがとうございます」
今一度柔らかく笑い……何故か彼女はポンポンと自分の太ももを軽く叩いた。その様子から膝枕をしてあげるというサインと受け取る。
またベッドに上がり彼女の太ももに頭を預ける。
「ねえ旦那様」
「はい?」
サワサワと彼女のほっそりとして指が僕の頭を撫でる。
傷口を避けるように包帯を外されている頭をだ。
「貴方の中にもう1人の貴方が居るのは知ってるわよね?」
「らしいね」
「どう思う?」
「ん~」
問われて考える。
「うん。僕に被害がないなら別に良いかな」
「……はい?」
「だって元々この体はアルグスタさんの物だしね。僕の方が間借りしているんだから」
事実である。
死んで幽霊になっていた僕からすれば、この間借りのおかげで生きていられるのだ。
「突然返せって言われたら困るけど……普段こうして使わせてもらってるわけだから、たまに意識を奪われて使われるのは仕方ないかな。うん」
「……旦那様って本当に大物ね」
呆れた感じで褒めないで? 喜んでいいのか悩むから。
「誉めてるの?」
「呆れも混ざっているけれど」
「何でよ?」
「……たぶん一般的には気持ち悪いはずだから」
「そうかな?」
「そのはずよ」
頭を撫でてくれている手を止めて、セシリーンはそっと自分の両腕を抱き寄せた。
「私たちはノイエの魔眼の中に居る。これだって本来ならあり得ない……夢物語のような話だけれど、でもノイエは私たちを受け入れてくれた。迷わずに」
「だね。まあノイエだしね」
家族大好きっ娘なノイエからすれば、みんなと居ることは幸せでしかないんだ。
「だからと言うわけではないけれど、私たちはみんなノイエに感謝している。最初の頃は色々と意見の違いもあったけれど……でも全員が願ったのはノイエの幸せだった」
また手が伸びてきてサワサワと僕の頭を優しく撫でてくれる。
「月日は流れてノイエは……私たちの自慢の妹は幸せになった。もう私たちが心配しなくてもこの子は幸せに生きていけると思えるほどに」
「そうかな?」
「ええ。こんなに優しくて一途な夫が居るのだもの」
クスクスと笑いセシリーンはゆっくりと瞼を開いた。
ランプの明かり越しに見る彼女の瞳は……白く濁って見える。
眼球としての機能は難しいであろう様子が一目で分かるほどだ。
「最近ノイエの魔眼の中で半数以上を占める感情と言うか思いがあるの」
「なに?」
「……もうここから消えたいという思いよ」
僕の頬に両手を添えてセシリーンはそっと顔を近づけてくる。
「ノイエの幸せを理解して消えたい人たちが居るのよ」
「そっか」
見えない目で僕を見つめるセシリーンは口を閉じた。
ノイエの家族たちは……まあ普段色々とやらかしている人たちが異常なんだろうな。
普通なら死んだら成仏して来世があるならそっちを選ぶはずだ。そう考えると僕も異常な人間だったのかな?
「ねえ旦那様」
「はい?」
「もしノイエの中から消えたいと願う人が出てきたら……貴方はどうするの?」
「決まってます」
そう決まってる。
「問題はノイエが泣きそうだけどね」
「……」
どうしてこんなに厄介な話ばかり僕の元に来るのでしょう?
何故かセシリーンの手が僕の頬を撫で回す。
「泣かないの?」
「何故に?」
「だって……」
若干戸惑っている彼女に向かい今度は僕が手を伸ばす。
「今泣くようなことじゃないでしょう? まずノイエの中から消えたいと思っている人たちの願いを叶えられるかどうかすら分からないんだし」
「そうだけど」
「それに泣くのはたぶん僕じゃないよ」
軽くその目から涙を落としているセシリーンの頬を軽く拭く。
「ねえセシリーン」
「はい?」
「貴女も消えたいの?」
「……」
その問いに彼女は静かに頭を左右に振る。
「今はそんな気は無いわ」
「どうして?」
「あら? 貴方が私に言ったのでしょう? 子供たちに子守唄を聞かせたいって」
「うん」
「だからまだ消えない。私もノイエの子供に聞かせてあげたいから」
「そっか」
クスリと笑いセシリーンは自分の手で涙を拭う。
「それに私が居なくなったら、誰が貴方の悲鳴を聞いて手助けするの?」
「おおう。それは一大事だ」
「そうでしょう?」
と、彼女は僕の手を両手で掴んだ。
「だから私はまだ残るわ。もっとこの世界の色々な音を聞いていたいから……何よりノイエの笑い声を聞きたいから」
「それはなかなか難しい夢だね」
「ええ。けれど……」
そっと上半身を倒して彼女が僕にキスして来た。
「ノイエが死ぬまでに達成できれば良いから」
「それなら機会はありそうだ」
「ええ。私もそう願っているわ」
柔らかく笑いセシリーンが僕に手を伸ばしてくる。
「ねえ旦那様」
「はい?」
「正直に言うと、目の見えない私は貴方に愛されることが少し怖いの。次が分からないから」
クスリと笑いセシリーンが自分の服に手をかけた。
「だから今夜は私が好きにしていいかしら?」
「えっとそれはつまり……」
何も変わらない。普段通りと人は言う。
セシリーンが僕に跨り好き勝手をすると言うことだ。
翌朝僕は自分がカサカサになるほど絞り尽くされ、良く生き残ったと神様以外の何かに感謝した。
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