軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

初めての顔出し

首脳陣への顔出し当日の朝。

外はまだ薄暗く、どうやらいつもより早く目が覚めてしまったらしい。

目を閉じて、ジッと横になるも眠れず、仕方なくベッドからもぞもぞと抜け出した。

「緊張かな……」

サイドテーブルに置かれている水差しからグラスに水を注ぎ、一息で飲み干す。

「大丈夫。やるべきことは全部やった」

あの大量に渡された覚えるべきことは全て頭に叩き込み、秘策だって準備してある。

どこからでもかかってくるといい!と小さく拳を振っていると、控えめなノックが響いた。

「リスティア様、起きていらっしゃいますか?」

「あ、はい!」

まだいつもより早い時間なのに?と首を傾げ返事をすると、扉が静かに開き、私を見たリタさんが苦笑した。

「やはり起きていらっしゃいましたね」

「どうして分かったんですか?」

「皆様同じでございますから。大事な日の朝は、どのような方であっても早く目が覚めてしまわれるものです。勿論、私も、あの子達も」

そう言ってリタさんが後ろを振り返ると、扉からジーナさんとイルダさんが顔を出した。

「少し早いですが、朝のご支度を始めましょうか」

リタさんのその言葉が合図となり、ジーナさんとイルダさんが一斉に動き出す。

湯気の立つ銀盆に香の良いオイル。洗髪用の櫛と衣装用の木製スタンド。目の前にそれらが静かに並べられていく。

「先ずは、髪を梳かせていただきますね」

ジーナさんが背後に立ち、私の髪に櫛を通す。

「リスティア様の髪はとても柔らかくて、手触りもよく、光を受けると艶が増してお美しいですよね」

柔らかい?艶が増す?それは一体誰の髪の話だろうと目を瞬かせ、寝起きのボサボサ髪を触る。

「お母さんには、よく鳥の巣みたいって笑われていましたけど」

「まあ、鳥の巣だなんて、ふふふ」

こうして丁寧にお手入れをしてもらっているから整っているだけで、ひとたび絡まれば中々ほどけない厄介な髪である。

「陛下も幼い頃、髪を乾かさずに寝られて鳥の巣のようになっていましたよ」

「そうなんですか?」

「はい。面倒だと言ってそのままベッドに入られて、翌朝大変なことに……」

そのときの光景を思い出したのか、リタさんはどこか懐かしそうに微笑む。

「光に祝福されて生まれてきたようだと称えられた、あのお美しい金の髪を鳥の巣のようにしてしまわれて。そのまま一日お過ごしになられたこともあったのですよ」

「あの、国王陛下が……」

そんな子供らしい時期もあったのかと驚いていると、衣装を抱えたイルダさんが部屋に入ってきた。

「本日のお衣装です」

木製スタンドに掛けられた衣装は、深い青に金糸の刺繍が施された礼装。

それは、イシュラ王が十二歳で次期王候補に指名されたときに着ていたもので、私の体格に合わせて仕立て直してもらった。

「これが、国王陛下が着ていた衣装……」

「お話ししたところ、すぐにご用意くださったのですよ」

国王の衣装は、王権、血統、正統性といった身分そのものを象徴する特別な品なので、例え家族であったとしても他者が着るのは身分の越権にあたる。

本来なら禁忌となるその行為を許可しただけでなく、イシュラ王が自ら仕立て直すよう命じたらしい。

「では、失礼いたします」

リタさんが肌着の皺を整え、肩の位置を軽く確かめると、イルダさんがリタさんにズボンをそっと差し出した。

「足をお上げください」

言われるがままに片足ずつ通し、真っ直ぐ立つ。布地はしっとりと重みがあり、肌に触れるとひんやりとする。腰の位置を合わせ、イルダさんが丁寧に裾を整えていく。

「では、上着を」

少しだけ重い上着に袖を通す。金糸の刺繍が左右対称になるよう、リタさんが胸元の飾り紐を細かく調整し、帯にあたる部分をきゅっと締める。

最後に肩口の留め具がカチリと音を立て、全ての準備が終わった。

「とてもよくお似合いですよ……陛下にとてもよく似ておられます」

イシュラ王の乳母であったリタさんが驚くくらいなのだから、私の企みは成功だろう。

支度が整えば、あとは広間に向かうだけ。

朝食の代わりに果物を食べ、時間通りに部屋を出ると――。

「おはようございます、リスティア様」

廊下には私の頼もしいお母さん兼騎士様であるリオルガが。

軽く頭を下げ微笑んだリオルガの目は、いつもより柔らかく感じる。

「よく眠れましたか?」

「眠れはしたけど、起きたのが早くて」

「本日は特別な日ですから。その衣装、とてもよくお似合いですよ」

「ふふふ、リタさんのお墨付きだからね!」

その場でくるりと回り、イシュラ王を真似てふてぶてしく笑って見せると、リオルガが拍手をしてくれる。

今から向かうお披露目の話ではなく、衣装や髪型のこと、今朝は何を食べたとか、そんな他愛のない話をしながら、誰も居ない通路をリオルガと二人で並んで歩く。

そうしているうちに、さっきまでの緊張がすっと解けていくのだから、やっぱりリオルガは凄い。

「緊張されていますか?」

「さっきまではね。今は、もう大丈夫だよ」

「リスティア様を目にした者達は皆、血統証明を聞く前から確信するでしょう。次期王候補はこの方だと」

「視覚からの印象って大事だからね」

さて、と軽く息を整え、広間へと繋がる扉の前に立つと、中から微かに話し声が漏れて聞こえてくる。

「皆、それぞれに思惑はあるでしょう。ですが、どうか胸を張ってお進みください。陛下は勿論、私も、リスティア様が今日この場に立たれることを心から喜んでおります」

その言葉に胸がじんわりと温かくなる。

「私には、何があっても連れて逃げてくれる騎士様がいるんだから、頑張ってくるね」

「いってらっしゃいませ」

リオルガの言葉にそっと背を押され、開かれていく扉を見つめた。

――よし、行こう。

ゆっくりと息を吐き出して心を落ち着け、姿勢を正す。顎を僅かに引き、背筋をまっすぐ伸ばすと、余計な力がすっと抜けていく。

視線は真っ直ぐ前へ。口角をほんの少し上げ、王女としての微笑みを作る。

完全に開かれた扉の先、静まり返った広間へと、王女としての最初の一歩を踏み出した。