軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

くせものだらけの王宮

「っ、いた……!」

「もしもの話だ。ただではやられないのだろう」

「そうですけど」

「俺に似ているのであれば優秀だろうからな」

「外見はともかく、中身は母に似ているのでとても優秀ですよ」

胸を張ってそう答えれば、イシュラ王は「そうだな」と口元に笑みを浮かべた。

無表情だった人が、ここ数日でよく笑うようになったなぁ……と思いながら、持ってきたバスケットを開く。

「それは、何だ……」

「リオルガが持たせてくれた軽食です。パンは硬いですけど、ハムとチーズは美味しいですよ」

バスケットの中から小さく切られたサンドイッチを取り出し、あぐっと噛り付く。

リーフレタスに似た硬くて苦い野菜と、燻製されたハムと穴の空いたエメンタールチーズをパンで挟んだだけのものなのにとても美味しい。

「昼食を食べたはずだが……?」

「成長期なのでお腹が空くんです」

「……」

私の子供特有のぽっこりお腹をジッと見られ、「成長期です」とさっと手で隠す。

「食べながら聞いていろ。王宮に戻り次第、マルス・オルダーニを使って侯爵を揺さぶる。大したものは望めないだろうが、削ぎ落とせるだけ削ぎ落とすつもりだ」

そう言って冷笑するイシュラ王はまるで悪役のようで……。

オルダーニ侯爵と王妃様は大変だろうと同情しつつ、もう一つサンドイッチを手に取る。

「お前が戻ってすることは、王宮に出入りする上層を集めた場での顔出しだ。それらには前以て通達をしているので、王女が存在することだけは知っている。それ以外の貴族だが、恐らく王妃が周囲に箝口令を敷き、正式に社交デビューするまでは王女の存在を曖昧にするだろう」

「社交デビュー……」

貴族令嬢であれば、親戚か知人の婦人に先生を頼み、裁縫や刺繍、乗馬、音楽や礼儀作法といったことを学ぶ。けれど上級貴族や王族に生まれた女性は、それらに加えもっと高度な教育レベルが求められる。

侯爵令嬢を一度経験しているとはいえ、王族とは違う。求められる水準も内容も異なっているだろうし、その国によって作法は大分異なるもの。

「もう教師は見つけてある。とても厳しい人だが、公平な人だ」

「よく引き受けてくれましたね」

「王妃であっても手を出せない人だからな」

「……誰ですか」

「会えば分かる。王宮に戻れば、クリスとソレイルと同等の教育を受けさせる。これについては俺の補佐をしているローガットから詳しく説明を受けるだろう。居住も……統括宮ではなく、王子宮に部屋を移す。だが、王子宮に関しての権限は王妃から取り上げ、中は一掃する」

「はい」

「それと、矛と盾についてだが」

以前説明を受けた王の矛と盾。次期王候補となるには、この矛と盾から忠誠を誓われる必要がある。

「お前が何よりも優先することは、盾であるゴルジ家の嫡男から忠誠を得ることだ」

「その人も、リオルガのように何か役職に就いているんですか?」

「後宮にいる」

「……後宮?」

嫡男と言うからには男性のはずで……でも、後宮は男性が入れる場所ではなくて。

妙な返答に首を傾げ「どこですか?」と訊き返すと、再び「後宮だ」と返ってきた。

「後宮って、王妃様や側室様が居るところですよね?」

「ああ」

「その盾の人は、男性ですよね?」

「そうだな」

「どんな役職なんだ」

後宮を守る騎士か何か、それとも相談役や国王との繋ぎ役とかだろうかと考えていると、予想外な答えが返ってきた。

「側室として後宮にいる」

「……何故に?」

騎士でも相談役でもなく、まさかの側室様……。

「ゴルジ家から側室を出すといった話をしたときに、毒蛇が猛威を振るう後宮になど妹をやれないと、嫡男であるジル・ゴルジが猛抗議した。その結果、抗議した本人が女装して後宮に入った」

「どこをどうすればそんな結果に」

「楽な仕事だと、本人は楽しんでいるのだから問題はない」

問題だらけではないのだろうか?

「その、ゴルジ家の令嬢ではなく嫡男が側室として入ったことを、王妃様は知っているんですか?」

「知っている」

「わあ……」

「妹がどうのと言ってはいるが、諜報として後宮に入っただけだ」

「それなら、その人に会うには後宮に行く必要があるのでは?」

「後宮には滅多にいないぞ」

「側室様なのに?」

「俺の政務を手伝わせているからな。今も、俺の代わりに執務室に軟禁されているはずだ」

「優秀な人なんですね」

「全てに秀でて、人当たりがよく柔軟な思考を持つ男だが、好き嫌いが激しく性格がとてつもなく悪い。リオルガは直感でお前を主と認めたが、あれはそうはいかないだろう。自分より秀でている者にしか頭を下げない」

全てに秀でているとイシュラ王が褒めるくらいなのだから、とても優秀な人なのだろう。それでいて性格が悪いと、とてつもなく悪いと、イシュラ王が言うのだからそちらも相当なものに違いなく。

「手強そうですね」

「手懐けられるか……?」

その面倒そうな人を懐柔出来なくては逃亡生活が待っているのだから、出来るかどうかではなく。

「やります」

これしかない。

「毒蛇に丸のみにされるわけにはいかないんです。そのゴルジさんより優秀な人間になれば問題ありません。そもそも私を誰の子だと思っているんですか?」

「……俺の」

「毒蛇を見事に欺いた、あの母の子ですよ!」

拳を握って力強く空に向かって突き上げると、何か言いかけていたイシュラ王はスンと表情を消し、バスケットに手を突っ込んだ。

「あ、あっ!ハムだけ食べないでください!」

「……」

「ちょっと、チーズも駄目です!」

サンドイッチを食べる私を呆れたように見ていたくせに、急に無表情でハムとチーズだけを食べだしたイシュラ王。硬いパンと葉っぱだけ残し、次々と貪っていく。

「私の……!」

「……」

それから家に戻った私は、暫くイシュラ王と口を利かなかった。