軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

おやすみなさい

「リオルガは、婚約者はいないんですよね?」

「いませんので、どこへでもついていけますよ」

決してリオルガを遠ざけようとして訊いたわけではないので、目をカッと見開いて即座に返答しないでください。

「でもきっとご令嬢方が列を作って待機してそうなのに」

「リスティア様、そのようなことは作り話の中だけですよ」

そうなのかと頷くと、私達の話しを聞いていたリタさんが悪戯っ子のような顔で「作り話ではありませんよ」と口にした。

「クラウディスタ家の子息達は有名なんですよ」

「有名?」

「リタ様……そのようなことは」

「本人にはあまり自覚がないようですが、クラウディスタ家の男性は皆、女神や妖精に例えられるような方達ばかりです。当代の伯爵も妖精のようだと言われていましたよ」

「多分、神秘的な美しさということですよね?」

「そうでしょうね」

リオルガを見てリタさんと頷き合うと、当の本人は「妖精?」と訝しげな顔をしている。

「そのようなこと言われたことはありませんが」

「本人には誰も言わないと思うけど」

「実際、色々な方面から縁談の話が舞い込んできていると、侍女達の間で噂になっているようですが」

「……」

絶句したリオルガは両手で顔を覆い項垂れ、「それでか……」と呟いた。

「もしかして疲れている理由って、縁談ですか?」

「……」

伯爵家を継ぐのであれば、そろそろ婚約者がいなくてはいけない。

用事とはそれについての話だったのだろうか?とリタさんが淹れてくれた紅茶を飲んで待つ。

「縁談のことで疲れているというわけではなく、その話をしている最中に弟が入って来てしまって」

「弟さんが?」

「機嫌を損ねたらしく、宥めるのに苦労したんです」

あれ?仙人だった子が急にお兄ちゃん子になった。

「宥める……?私より年上って言っていたような」

「はい。昔から可愛くて仕方がなく、つい甘やかしてしまいます」

困ってしまいますと微笑むリオルガはまさにお母さんで、これはきっととてもお兄ちゃん大好きっ子だぞと、残りの丸パンを口に放り込む。

「エドなんて甘やかしてくれたことはありませんよ?」

「どちらかと言うと、リスティア様は甘やかす方ですよね」

「そんな良い笑顔で言われても、私も子供ですけど?」

「リスティア様はとても聡明で落ち着いていますから」

「でも子供ですよ?」

何故か誇らしげに私を語るリオルガに同意するかのように、リタさんも深く頷いているのはどういうことか……。

「陛下の幼い頃とそっくりでとても驚きました。陛下もとても聡明で、王としての素質を持って生まれたような方だったのですが、リスティア様はそれ以上かもしれません。やはり親子ですね」

「私も初めてリスティア様にお会いしたとき、鮮烈に惹きつけられ目が離せませんでした」

「そうですよね、実は今日も」

目の前で称賛されることほど恥ずかしいものはないと、手で耳を覆い、本人を前に盛り上がる二人から顔を逸らす。

私はかなり可愛げのない子供だと自覚している。

でもそれは私が三度も人生をやり直しているからで、そんな私と似ているイシュラ王が特殊な変人ということ。

トントンと肩を叩かれ耳から手を離すと、苦笑したリオルガが「それで」と微笑む。

「その弟のことですが」

「んっ?」

「明日の午後、父と共に王宮を訪れる予定なので、一緒にお茶でもいかがでしょうか?」

「お茶……」

「私も同じ席につきますので、三人で是非」

明日は花畑のガゼボでお茶会をする予定でいたし、リオルガを招待しようと思っていたから丁度良かったと喜ぶのも束の間、「あ……」と言葉を詰まらせた。

「お嫌ですか?」

「私はいいんですけど」

「頭のよい子なので、話は合うと思いますが?」

「そうではなくて、リオルガの家は貴族だから私と同じ席は」

リオルガや伯爵家から来てくれた侍女さん達は、私が平民だと知っていても大人な対応をしてくれるが、相手が子供となるとそうはいかない。

王族や貴族であろうと、これくらいの年齢の子は思っていることは直ぐ顔に出るし、平民というだけで差別するソレイルのような子がほとんどだろう。

だから無駄な諍いを増やさないようリオルガの弟とは会わない方がいい。

それにお兄ちゃん大好きっ子なら、二人でお茶をした方が喜ぶだろうし。

「リスティア様」

「……っ、はい!」

リオルガの纏う空気が変わり、これはお説教コースだと気付いたときには遅かった。

笑みを浮かべるリオルガから目が逸らせず、瞬きすら出来ずに肩を震わせる。

「昨夜のことを気にされているようですが、あれはお忘れください。血筋がどうと騒ぐような低能で愚かな者のことなど記憶しておく必要はありません」

「は、はい」

「それと我が家は貴族ですが、王の矛と称される家の者です。王家に忠誠を誓っておりますので、王族の犬だと思っていただければよろしいかと。犬は決して主には吠えもせず、噛みつくこともありませんのでご安心ください」

「もう何かさらっととんでもないことを言ってくる……!」

「それに弟がリスティア様にお会いしたいと言っているのです」

「……弟さんが?」

「はい。私が一生ついていくと決めた、リスティア様にひと目お会いしたいと」

とんでもなく重い告白をされた気が……。

一生とは何だろう?元いた村に帰してくれたらそれでいいよ?

「断っても構いませんよ」

「そんなことを言われて断れません」

「では明日、こちらに連れてきますね」

一枚上手だなあ……と苦笑しながら、いまだ来る気配のない自称父親を思い浮かべ小さく溜息を吐いた。

時刻は真夜中。

九歳の子はとっくのとうに就寝している時間だろう。

だから私も今朝と同じくふかふかのベッドに横になり、仰向けで天井を睨み続けている。

「……」

あのあとこれから一月滞在する部屋をどこにするか、改めてリタさんから訊かれた。

選択肢は二つ。

イシュラ王の私室か母が使っていた部屋。

王宮に初めて来たときに通されたあの可愛らしい部屋は、外客棟という場所にあり誰もが出入り出来るので、防犯面から考えると長期滞在するには相応しくないという理由で省かれている。

だから二択。

結果、滞在する部屋に選んだのは母の部屋だった。

決めては、あの部屋には母の痕跡と絵姿があるから。

ずっと部屋の中にいればいいと思えるほど、あの部屋の空気が好き。

それに、統括宮に王妃様は許可なく入れないと聞いたので、それを信じて母の部屋を使うことにした。

「……」

だというのに、準備があるから今日は無理だと言われ、またこうしてこの部屋で寝ることに。

カーテンは閉められ、サイドテーブルに置かれた花の形をしたルームランプが小さな明かりを灯している。

「そんなに忙しいのかな」

イシュラ王は余程のことがないかぎり執務室から出ないという。

昨日は珍しく執務室から出ただけではなく、家族での晩餐など何年ぶりかと周囲が驚くほどだったとか。

「別に、会いたいわけではないから」

父親なんて今迄いなかったのだからこれからもそう。

たった半日一緒に過ごしただけで、そんな簡単に絆されると思ってもらっては困る。

だから会えなくても問題はないのだと、目を瞑って呟いていると。

「何だ、まだ寝ていないのか?」

「……ふわっ!?」

頭上から降ってきた言葉に驚き目を開けると、私を上から覗き込むイシュラ王と目が合い声を上げた。

「いつから……?だって扉が開いた音がなかったのに!」

「寝ていると思ったからな、静かに入ってきた」

何その気遣いと呆気に取られていれば、何を思ったのかイシュラ王は毛布を掴み、そのまま勢いよく私に被せてきた。

「寝ろ」

「……」

昨夜と同じく顔まで毛布をかけられ、これは何だろう?と呆れながらも大人しく横になる。

「寝たか?」

「……」

「まだ寝ていないのか?」

「……」

「どっちだ」

「……」

独り言が大きすぎると、顔から毛布を退かし、いまだ私を上から覗き込んでいるイシュラ王をキッと睨んだ。

「遅くないですか?」

「……」

「別に寂しいわけではありませんけど」

「……ん?」

「本当に寂しいとかではないですが、放置するのはどうかと思います」

「……放置?」

「一月も此処にいるのだから、一緒に食事をするとか、お茶を飲むとか、あとは……」

「……」

「えっと、ほら、此処にいたいと思えなければ、一月なんて長過ぎて逃げるかもしれませんよね?」

「逃げるのか?」

「逃げませんけど……」

「ああ、寂しいのか」

「っ、寂しくはありません!」

再び毛布を被って顔を隠せば、上からククッと笑いを噛み殺す声が聞こえてきた。

リタさんが口に出した方がいいと言うからそうしたのに、笑うことはないのではと憤る。

ギュッと拳を握り、ぼふぼふと毛布をパンチしていると。

「分かったから、寝ろ」

と優しく宥められ、ふんと鼻息荒く目を閉じる。

「明日は一緒に食事をしよう」

仕方がないから食事くらいはしてあげようと頷き、この時間まで起きて待っていてあげたことに感謝してほしいと思いながら、頭を撫でる手を甘んじて許すことにした。