軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

夢幻泡沫

王宮の大広間で盛大に開かれた舞踏会。

夕方過ぎに開場し、開会のセレモニーが始まるのは数時間後。

王宮が主催する舞踏会は朝方まで行われることが常で、早めに帰る者や最後まで残る者と様々だ。

この日開かれた舞踏会の趣旨は、成人を迎えた貴族の子息、子女のデビュタント。

それだけではなく、成人する者達の家族も招待されている為、まだ婚約者のいない者達の結婚活動の場ともなっている。

大広間の扉が開きデビュタントの若者達が入場する。そのまま中央に立ち、主催者である国王からの挨拶を待つ。

「よい夜を」

それが開会の挨拶となり、オーケストラの演奏が行われる。

中央は若者達が、それらを囲むように他の者達が一斉にダンスを始めた。

「テラスに出る」

挨拶が終わればあとは椅子に座ったまま時間を潰すだけ。

普段は舞踏会の中盤くらいで執事に任せ、国王であるイシュラは退出していた。

けれどこの日は珍しく体調を崩していて、少し風にあたろうとテラスヘ向かった。

誰か入って来ないよう護衛騎士を大広間とテラスの間に立たせ、イシュラは窮屈な首元を緩めふっと息を吐き出し、テラスの手摺に寄り掛かり……目を見開いた。

「おい、そこで何をしている」

「えっ、人!?あ、これはっ、ちょっと、手を離してっ!」

大広間の二階にある小さなテラスの手摺に腰掛けたドレス姿の令嬢。

その令嬢は誰かと揉めているのか、掴まれていた腕を振り払い。

「おい、待てっ……!」

テラスから飛び降りた。

あまり高さはないとはいえ、普通の令嬢なら着地出来ず地面に叩きつけられる。打撲か骨折のどちらかは確実。

いくら他人に無関心だとはいえ見過ごすことは出来ず、小さく舌打ちをしたイシュラは落ちて来る令嬢に向かって腕を伸ばし抱き止めた。

「……っく」

身体を鍛えているからといって衝撃に耐えられるわけもなく、床に膝をつき、駆け付けてきた護衛騎士を片手で制す。

「はっ……」

「……あ、ありがとうございます」

心臓が激しく音を立て、どっと疲労が押し寄せる。

呆然としながら令嬢が感謝の言葉を口にするが、いまだ心臓が嫌な音を立てたままのイシュラは、「馬鹿か!」と怒鳴り声を上げた。

「ば、馬鹿って何ですか……それはあの男に、あ、逃げたわね!」

「怪我は?」

「大丈夫です。どこも痛むところはありません」

「っはあ……それならさっさと退け」

「退けって……あ、すみません!」

イシュラの腰元に乗るような形で座っていた令嬢、ジュリアマリアは、慌ててイシュラの上から飛び退いた。

「いいか、此処であったことはなかったことにしてやるから、今直ぐ帰れ」

「それは助かります。あの、本当にありがとうございました」

「二度と飛び降りるな」

イシュラの鋭い声に肩を跳ねさせたジュリアマリアはこくこくと頷けば、その場で待機を命じられていた騎士達がイシュラを囲む。

それを目を瞬かせて見ていたジュリアマリアだったが、騎士達が口にした「陛下」という言葉に驚き、悲鳴を上げそうになり咄嗟に両手で口を押えた。

これがイシュラ・シランドリアとジュリアマリア・スカルキの出会いだった。

ジュリアマリアは伯爵家の娘とはいえ名ばかりで、狭い領地に特出した産業もなく、貴族でありながら裕福とはいえなかった。だからか結婚適齢期を過ぎても婚約者は見つからず、父親が亡くなり早くに家を継いだ兄に急かされ、王宮の舞踏会に参加することにした。

お金はないが伯爵家。年齢は微妙だが容姿端麗で、性格は豪胆だが庇護欲をそそるほど儚げな風貌。

相槌だけ打ち、静かに微笑んでいるよう兄に命令されていたジュリアマリアに魅かれる男性は多々いたが、家名と年齢を口にすると苦笑され離れていき、側に残ったのは一夜限りの相手を探すクズばかりだった。

穏やかな好青年だと思っていた男性は急に豹変し、人気のない二階のテラスに腕を引っ張られ連れ込まれたジュリアマリアは、逃げる為に一階のテラスへ飛び降りることに。

「男を見る目がないな」

「それならイシュラも悪い男ということですね」

「……」

「睨まれても怖くありませんよ?」

自身も家族もジュリアマリアは豪胆だと言う。あれほど恐ろしい思いを舞踏会でしたあとも、一番人が集まる王宮の舞踏会に出没し、その度に何かしら問題が起こりイシュラに助けられてきた。

それが一年も続けば、舞踏会で互いを探すようになり、こうしてテラスで話をする仲までになった。

「側室になるか?」

その辺を散歩しようという気軽さでとんでもないことを口にしたイシュラに、ジュリアマリアは半眼しながら「側室?」と聞き返す。

「放蕩兄に家を出るよう言われているのだろう?」

「それはそうですけど、側室はちょっと……」

「嫌なのか?」

「嫌とかではなく、その、私達ってお友達ですよね?」

「……」

「え、何その見たことのない顔」

驚くほど端正な顔がぐにゃっと歪むのを見たジュリアマリアは、無言で自分を見つめるイシュラに向かって両腕を伸ばした。

「拗ねないでください」

「こうして抱き締め口付けまでするのに、まさか友達だったとはな」

「冗談ですよ」

「……」

「だってその辺の貴族の後妻ならまだしも、国王陛下の側室ですよ?」

「後妻だと?」

「そろそろそっちも考えていたので」

「年老いた男に酷使されるくらいなら、若く美しい国王の側でよい暮らしをするべきでは?」

「そうですよね」

同じ年頃の男性は既に結婚している人がほとんどで、まだ残っているのは遊び足りない人達だけ。ここ一年ほど真剣に舞踏会、夜会、社交場に出席したが、僅かな出会いすらなかった。

「側室になってあげてもいいですよ」

「それは感謝するべきだな」

抱き締め合い、額をつけ笑い合う。

互いにただ側にいられればいいと思っていた。恐らく初めての恋にのぼせ周りが見えていなかったのだろう。

「嫌がらせをされているらしいな」

ジュリアマリアが後宮に入って直ぐ、後宮にいる侍女達から嫌がらせが始まった。

水やお湯が部屋に届かないといった些細なことから始まり、お茶や食事に石や砂が混じるようになり、そこで初めてそれらが過失ではなく故意だと気付いた。

ジュリアマリアと側室付きの侍女達は完全に後宮内で孤立し、とても国王の側室とは思えない扱いを受けることになったが、元々裕福な暮らしをしていなかったジュリアマリアは自身で自炊も出来るし必要なら水だって汲む。実家にいたときの兄からの嫌味や嫌がらせに比べれば可愛いものだと呑気に暮らしていた。

だから夫であるイシュラには何の報告もしていなかったが、どこからか情報を得たイシュラが後宮に乗り込んで来た。

「どうしてそれを?」

「何故言わなかった」

「言うほどのものではないと、気にしていませんし」

「……部屋が荒らされたと聞いたぞ?」

「取られた物はありませんでしたから」

「物は壊され、ドレスは破かれたと聞いたが?」

「イシュラから頂いた物は無事でしたよ?」

「そういうことではないだろうが……」

今迄が無事だったからこれからもという保証はない。

段々酷くなっている嫌がらせを止めることは出来るが、元凶はきっと証拠一つ残していないだろう。

翌週。

ジュリアマリアの部屋は、後宮内から王宮内にある統括宮へと部屋を移された。

王妃に対しての報復と牽制。

ルイーダがどのような人物か知っていたにも関わらず、イシュラは手段を間違えてしまった。

これが切っ掛けで悲劇が始まった。

国王に側室がいるのは至極当然のこと。側室がいない方が珍しく、国によっては側室を持つよう苦言を呈されることがあるほど。

国王と王妃の婚姻は国と家の為のもの。だからこそ王妃は愛を望まず、地位を望む。

側室を優先し王妃の矜持を傷付ければどうなるか、身を以て知ることになった。

「イシュラ……家が、兄が……っ」

ジュリアマリアの兄が船の運送業に手を出し、数日も経たず海に船ごと沈んだ。

船の積み荷が沈んだことで伯爵家は賠償責任を問われ、支払うことが出来ず没落することになってしまった。

「兄は事業になど興味はなく、ましてや自身で船に乗るなんて絶対にしません……!」

「落ち着け」

「放蕩者でしたが家に損害を与えるようなことはなかったのに……っ」

「ジュリア……」

ジュリアマリアの兄は好きに生きていたが、決して強欲な人間ではない。妹が側室になると聞いたときも「やっと出て行くのか」と晴れ晴れしながら手を振り、その後自ら関わろうとはしなかった。

「船を買う資金なんて持っていないのに、どこから……?母が兄は伝手があると言っていたって……」

イシュラは泣き崩れるジュリアマリアをただ抱き締めることしか出来なかった。

何が起きたのか直ぐに調べさせ、上がってきた報告内容にイシュラは唖然とするしかなかった。

ジュリアマリアの兄が持っていた資金の出どころは、今迄全く接触したことのない男爵家。その家は男爵家でありながらも資産は潤沢で、王妃の実家である侯爵家と事業などを行うこともあるという。更に賠償責任が問われた船の積み荷は、侯爵家の物だったのだ。

「ここまであからさまに仕掛けてくるか……」

船は沈み全て海の中に。これは侯爵家が仕出かしたことだと喚いたところで、どうにもならない。

――そして。

貴族会議の場で、没落した元貴族を側室のままにしておくのはいかがなものかと、侯爵が提起した。周囲には予め手を回していたのか、半数以上の上級貴族が同意を示した。

話はこの場だけでは終わらず、侯爵家は民衆を煽り、ジュリアマリアを悪女に仕立て上げた。

侯爵家を潰すことは簡単だが、それによって痛手を負うのは国。

王妃と侯爵家の力を削ぎ落し、その穴埋めをする為に動き出したイシュラは、ジュリアマリアを自身の手で守るつもりでいたが、それは叶わなかった。

「子供を身籠りました」

「子供が、それなら安静に」

「いいえ。此処では安静になど出来ません」

「ジュリア?」

喜ばしいことなのにそのような気配はなく、淡々と話すジュリアマリア。

どうしたのかと伸ばした手を避けられ、イシュラは愕然とした。

「イシュラが私を守ってくれようとしているのは知っているわ。でも王妃様は侯爵家の力と自身の地位を使って何度も攻撃してくる。それが私にだけなら耐えられるけれど、お腹の子に何かあったらと考えただけで恐ろしいの」

「……」

「もしこの子が無事に生まれてきても、小さな子をどうにかすることなんて簡単なことよ。私や貴方だけでは守れないわ……」

「統括宮には王妃の手の者が入れないようにする」

「無理よ。この王宮内に居る人達は誰も信じられないから、だから」

自分だけならどうなってもいい、耐えられる。

けれどお腹の子を危険にさらすことは出来ないと、決断したジュリアマリア。

「離縁してください」

僅かな躊躇いも見せず、はっきりとそう口にしたジュリアマリア。

イシュラの至らなさが招いた結果なのだから、縋ることなど出来なかった。

「ごめんなさい」

「……」

「本当に、ごめんなさい」

「分かった」

絶対君主制だからといって、それに従う者だけではない。

利があるうちは大人しいが、利がなくなれば牙を剥く。

跡継ぎである王子が二人いるのであれば、国王がいつ他界しても国は安泰だろうと、イシュラ本人ですら思っていたこと。

だからこそ愛する人達を無理矢理此処に留めておくことは出来なかった。

「もし私に何かあってこの子が一人になるようなことがあったら、そのときは貴方がこの子を守ってあげて」

「分かった」

イシュラはただそれしか言えず、暫くしてジュリアマリアは王宮から姿を消した。

「これが、俺達の子か……」

ベッドに入り直ぐに寝てしまった自分に似た娘。

性格は母親と同じく豪胆。そのうえ頭もよく、利己的。

「陛下。一先ず侍女の選別を行いましたが」

「筆頭侍女にはリタを」

「よろしいのですか?」

「構わない。あれも喜ぶだろう」

寝息を立てる娘の頭をもう一度撫で、ローガットを連れ寝室を出る。

「リオルガを呼べ」

「騎士棟からまだ戻っておりませんが」

「戻って来たら部屋に通せ。話しておくことがある」

側室が子供を身籠ったことを知った王妃と侯爵はある晩、手配した侍女にジュリアマリアを襲わせた。

当然未遂に終わったが、それを使いジュリアマリアを王宮から逃がすことにした。

お腹の子と共に平民として隠れて暮らすことを望んだジュリアマリアは、自身の母が住む田舎の村へと向かった。

王都から遠く離れたその村に住居を手配したのはイシュラだと知らずに。

伯爵家が没落して直ぐ、イシュラはジュリアマリアの母を保護し王都から遠く離れた村に隠したのだ。

そこはただの田舎の村ではなく、国王直属常備軍を引退した者達が住む村。

「それと」

だから子が生まれたことも、その子が女の子だということも知っていた。

けれど喜ぶことは出来ず、愛する人が亡くなったときは駆けつけることも、泣くことも出来ずにいた。王位継承権を持つ子が外で無防備に暮らしていると、王妃と侯爵に知られるわけにはいかなかったからだ。

「エドガルドに連絡を」

ジュリアマリアとのことは全て夢だったのではないかと、頭がおかしくなりそうになるのに耐え、約束を守る日がくるかもしれないと急いだ。

だからこそ準備は整っている。

「どうお伝えいたしましょうか?」

「荒れるから準備をしておけと伝えろ」

大分面倒な人生になったが、面白味のない人生よりはいい。

そう思えば、何と楽しい日々だろう。