作品タイトル不明
プロポーズの返事
「マリー。そろそろ夕食だけど、遅いからここでいいよな」
不意にハートさんが私の横に立ち、研究机に手をついた。
「ああ、もうそんな時間。いつの間にか部屋に明かりまで……」
既に部屋には明かりが 灯(とも) り、窓の外は真っ暗だ。
しばらく待てば、黒神官が御用聞きに来てくれる。
ここで食べて帰るなら、慌てることもないし。
「黒神官はさっき来たんで頼んでおいた。マリーの好きな肉料理にしたから」
「あはは。それもですか? ありがとうございます。全く気が付きませんでした」
あれから私はガインさんの身を守る何かをと、ヘンテコな防具を試作しては粗大ごみを量産していた。
これは私の自己満足。気が済むまで何かしないとおかしくなりそうだったから。
「ああ、気にするな」
ハートさんはそんな私に何も言わずに付き合ってくれる。
「薬草を使った服とか出来たら、HPやMPが回復し続ける防具とか出来そうなのに。ふふ。流石にそれは無理でした」
「ははは。マリーの発想は面白いな」
ハートさんは楽しそうに明るく笑いながら、いつも読んでいる本をバッグにしまった。
なにげなくその本が目に留まる。
「ハートさんはいつもどんな本を読んでいるのですか?」
「戦術本だよ。戦況パターンを考えていると、あっという間に時間が過ぎる」
「へぇ……。とても面白そうですね」
それからハートさんは、難しい戦術の話や戦い方を色々と話してくれた。
だから瞬時の判断が早いんだ。
ガインさんも最近は、ハートさんには敵わなくなったと言ってたし。
普段無口なハートさんがこんなに楽しそうに話すなんて。
そういえば、稽古の時も楽しそうだったな。きっとこういう話が好きなんだ。
もっとハートさんの事を知りたいな。
「ハートさん」
「んん? どうした?」
ハートさんが優しい目で私を見る。
「私、ハートさんの事をもっと知りたいです」
「マリー……」
ハートさんが少し 間(ま) を 空(あ) けて「ありがとう」と 微笑(ほほえ) んだ。
先日のデートで気持ちを自覚してから考えないように過ごしていたのに、急にまたハートさんを意識してしまう。
「あ、あの……」
トン、トン、トン。
「失礼します。お食事をお持ちしました」
タイミングよく食事を届けに黒神官がノックした。
助かったのか、助かっていないのかよく分からない。
「ありがとうございます」
ドアを開けると黒神官が、ワゴンごと部屋に運び入れてテーブルに食事を並べてくれる。
私がキッチンからお菓子を持って戻ってくると、すでに黒神官が帰った後だった。
「あー。お菓子を渡しそびれました」
私が残念な顔をすると、ハートさんが目尻を下げる。
「次は俺が用意しておくよ」
そして私たちは夕食を取りながら、戦略の話や私のヘンテコ防具の失敗談で笑って過ごした。
「もう少しやっていくか?」
「いえ。片付けたら帰ります」
ハートさんがワゴンに食器を乗せて廊下に出して、私は棚に薬品類をしまって鍵をかける。
「えっと。薬品棚よし、キッチンよし、机、テーブル、窓の鍵よし!」
私は声に出して指さし確認をした。
「ふふふ。マリーのそれは、何度見ても面白いな」
指さし確認は珍しいのか、ハートさんはいつもこうして私を笑う。
「いいのです。これが一番なのですよ。確認漏れは、ハートさんが気が付きますし」
「確かにな。俺を頼ってくれて嬉しいよ」
そう言いながらもクスクス笑ってるし。
「少し歩いて帰りませんか?」
いつもは馬車で帰るのだけど、なんとなく歩いて帰りたくなった。
まだ、ふたりでいたいような、なんていうか。
ハートさんが目だけで 頷(うなず) いて、正門前で馬車を断ってくれる。
私はそれを見ながら考えた。
フェルネットさんはいたずら好きのお兄さん。
ガインさんは豪快でおおらかなお父さん。
ちょっぴりおちゃめな師匠は親戚のおじさんって感じかな。
ハートさんは?
愚痴を聞いてもらったり、弱音を吐いたり、泣いたり笑ったり。
ハートさんは私のすべてを受け入れてくれて……。
「おまたせ」
ゆっくり戻って来たハートさんがふわりと微笑んだ。
「私でいいのですか?」
ハートさんの目が揺れる。
「すみません、急に。そうじゃなくて……、私もハートさんのことが……」
「いや、いいんだ。それは先日の返事と思っていいか?」
動揺する私の前で、ハートさんの顔は真剣だった。
「はい。よく考えまし……」
ハートさんが私の腕を引き、人目もはばからずに抱きしめる。
正門前の門衛が口と目を見開いていた。
「本当に、本当に……。家族になってくれてありがとう。絶対に大切にするから……」
耳元で小さくささやくハートさんが、痛いくらいに強く抱く。
家族……。ハートさんにとっての家族は特別なのに。
「妹は犯罪者ですよ?」
確認の為にそう言うと、ハートさんは私を抱きしめたままフッと笑う。
「俺は孤児だ、心配するな。もう離さない」
恐る恐るハートさんの背中に手を回すと、 砕(くだ) けるかと思うくらいに抱きしめられてタップした。