作品タイトル不明
閑話 寝込むガイン
「この場をお借りしてもよろしいでしょうか?」
突然ハートが立ち上がると、執務机の前までマリーの手を引いていった。
マリーは戸惑いながら俺達を見回し、そして長い髪をさらりと揺らしてハートに顔を向ける。
俺は何が起きるのか全く予想もつかず、ぽかんと口を開けたまま成り行きを見ていた。
ハートが片膝を突き、マリーの細くて白い手に口を付ける。
「マリー。俺と結婚してくれないか?」
「「「はい?」」」
俺とフェルネットが立ち上がり、マリーと一緒に声をあげた。
「返事はよく考えてからして欲しい」
ハートはマリーをまっすぐ見つめ、手を取ったまま立ち上がる。
「はひ」
マリーが 素頓狂(すっとんきょう) な声を出して、その場のみんなを笑わせていた。
俺の娘が結婚……。
ハートと?
目の前が徐々に暗くなる。
「ガインさん!」
俺は脳貧血を起こしてふらつくと、フェルネットに腕を取られた。
マリーも心配して駆け寄ってくる。
教皇様が神官達に何かを指示しているのが見えたのを最後に、俺の意識は遠のいた。
「気が付いたか?」
嫌な夢を見た。
目を開けると教会の医務室の大部屋に寝かされている。
「シドさん……」
ここは軽症者用のベッドだ。見渡すと奥に数人寝ているだけだった。
おそらく仮眠しに来た聖騎士だろう。
「さっきまでフェルネットがいたんだが帰らせた」
シドさんが呆れた顔で笑っている。
「マリーは?」
「ははは。嬢ちゃんもそれどころじゃなかったからな。お前さんの事はこっちで見るからって無理矢理帰らせた」
シドさんが水差しを手に取ると、コップに水を入れて渡してくれた。
俺は体を起こしてそれを受け取り一気に飲み干す。
「面倒かけてすまない。情けない」
袖口(そでぐち) で口を 拭(ぬぐ) ってがっくりと肩を落とすとシドさんはクスクスと笑いだす。
「笑うなって」
俺は空になったコップを 弄(もてあそ) びながら力無く 呟(つぶや) いた。
「いやいや、お前さんもすっかり親になったんだなと思ったらな。あははは」
他人事(ひとごと) だと思って。
そりゃあシドさんはマリーの師匠ではあるけどハートの親だしな。俺とは立ち位置が違う。
「そんな素振りは一度もなかったのに」
俺が愚痴るとシドさんは「おや?」と口元をにやつかせる。
「ハートはお前にはだいぶ前に伝えたと言っていたのだが……。ま、どうせお前さんの事だ。気が付かなかったんだろ」
「あいつが俺に?」
そんな重要な事なのに、思い返しても一切思い出せない。
俺は鈍感なんだからもっと分かりやすく言ってくれよ。
「ハートが嬢ちゃんを傷つけることはあり得ない。本人達に任せてやれ」
「それは分かっている。分かっているけど、なんだか、こう……」
寂しいんだよな。俺の 我が儘(わがまま) なのは分かってる。
ただ、マリーが特定の誰かの物になる事が単純に嫌なんだ。
みんなのマリーでいて欲しいっていうか……。
「今までと何も変わらんよ。お前はずっと嬢ちゃんの父親だ」
頭では理解していても、心にポッカリと穴が開いたようだった。
「ちょっとー。いつまで 拗(すね) ねてんの? ご飯持ってきたよ」
ふて寝している俺の部屋にノックもなしにフェルネットが入ってくる。
「ほら、早く。ガインさんの好きな香草のスープが冷めちゃうよ」
「放っておいてくれ」
俺が寝返りを打って背を向けるとフェルネットにケットを 剥(は) がされた。
「いいから起きろ! くそ親父!」
無理やり腕を引かれて起こされると、そのまま椅子に座らせられる。
窓を開けながらフェルネットが「早く食べろ」と振り返った。
「誰に似たのか、お前は本当におせっかいだよな」
「ガインさんよりましだけどね」
机に頬杖をついて朝食のサンドイッチを眺めていると、フェルネットがそれを俺の口に突っ込んだ。
「それ食べたら出かける準備して。これから買い物に行くから」
お前は俺の嫁か!
嫁と言えば……。
また、マリーの事を思い出して、サンドイッチを口に入れながら気分が落ちていく。
それを見たフェルネットが「背中が丸い!」と俺の背中を強く叩いた。
はぁ。こいつに叱られる日が来るとは思わなかったわ。情けない。
「ほら! 食べ終わったら準備して!」
グズグズしてたらフェルネットに無理やり風呂場に放り込まれた。
全く以て(まったくもって) 情けない。
風呂に入って出てくると制服が出してある。
ん? 買い物って言ってたが、教会に行く用事もあったのか?
「フェルネットー。買い物だけじゃないのかー? 制服が置いてあるぞー」
俺は洗面所のドアから顔を出してそう叫ぶと、廊下を通りかかったハートと目が合った。
「買い物は事情聴取の帰りに行くらしい」
「お、おう」
事情聴取という事は、マリーも一緒か!
そしてハートが制服を着ていないという事は……。
ふふふん。俺だけだな。
途端に気分が良くなって鼻歌交じりに制服を着た。