軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

2.モブ令嬢はミツケタ

私は視線で、トレイを持って控えている給仕を呼んだ。

会場に紛れ込ませていた、当家の侍従である。

素早く寄って来た彼は、捧げ持つようにして私に一枚の紙片を手渡してまた下がった。

「正式な婚約解消の書類です。学園卒業と同時に、私たちは成人として認められるため、本日から互いの署名があれば提出できます」

既に日付と私の署名が入っているソレから、ロドニー様は目を逸らし、私の肩を抱くように近づいて来た。

距離が近い――が、この薄っぺらな 二枚目(イケメン) の顔も今日で見納めだと思えば、苦ではない。

この先を思えば、愉快でさえあった。

「あまり愚かな事を言うものじゃないよ、エレイン……?」

耳に囁かれる婚約者の声があまりに甘くて、吹き出しそうになるのを 堪(こら) えられたのは、 今(・) 世(・) の令嬢教育の成果だろう。

(なるほど、聖女と話す時はこんな感じなのね、この男)

エレインの実家、デュフィ侯爵家は裕福だし、エレイン自身もシルヴェーヌ嬢のように絶世の美女とまではいえなくても、高位貴族令嬢として申し分ない容貌だ。

公爵令息様は、己が聖女に夢中になっても、 エレイン(こちら) を手放す等考えた事もなかっただろう。

(全く図々しい)

ワガママな婚約者へ、困ったように優しく笑い掛ける寛大な貴公子という 絵(イラスト) のようなロドニー様に、私は尋ねる。

「 正(・) 当(・) な(・) 理(・) 由(・) のある婚約解消の申し出は、愚かな事でしょうか?」

そこにいる王太子殿下もやろうとしてますよね?――それに気づいたのか、ロドニー様の声は上ずった。

「い、いや、それが問題じゃなくて……!」

「では何が問題なのでしょう? それに、婚約『解消』である内に了承した方がよろしいと思われますが……」

後の方を私は、声を潜めて伝えた。

「なにを言って……」

「恋文ですわ」

顔を寄せられていたので、形の良い耳に直接囁くことができた。

「貴方が、どなたか宛に書いたお手紙の、書き損じた物を、私持っていますのよ?」

「な……なにを、ばかな……」

書き損じた紙片なんて、もちろんすぐ捨てているだろう。

そして、公爵家の子弟として己がゴミ籠に入れたものを、使用人がどうするか等考えたこともない彼には、自分の手で燃やしでもしていない限り、私の言葉を嘘と断じることは難しいだろう。

(本物ですがね)

下働きの振りをして公爵邸に潜入した、私自らの戦利品だ。

エレノアの前世――私は昭和生まれの女だった。

四大を卒業したものの就職氷河期に当たってしまい、職を転々として家政婦に落ち着いた。

何のために大学を出してやったんだ!と親や親戚には非難されたが、信用第一で無遅刻無欠勤、真面目に勤めれば食いっぱぐれはなかった。

名前だけ一流のブラック企業(非正規だったが親は喜んでいたので辞めづらかった)で、円形脱毛症になるほどストレス溜めるより何倍もマシな生活だった。

お金を貯めて、ようやくバストイレ別のマンションに引っ越したところで、多分突然死したのだろう。

目が覚めたら、ようやく手に入れたささやかな『私のお城』が、ゴージャスな本物のお城のお姫様の部屋になっていた。

幼い頃から夢のように思えていた前世だが、婚約者から放っておかれ、貴族令嬢のアイデンティティが根本から崩れた事によって、どんどんリアルに染み出していった。

そのおかげで、私は婚約者の家に潜入するなんて 荒業(あらわざ) を思いついた。

この先、婚家を切り盛りするために、働く者の生活の場所を見たいと、侯爵家のメイド長に願うと、感動の眼差しと共に、邸内を色々案内してくれた。

貴族の邸宅は規模は違えど、造りは概ね同じだ。

有り難い事に、メイドの服もケリー公爵邸とウチとではあまり変化はなかった。

大体の使用人の動線を把握して、洗濯室からメイドの服を借りた。

後は、何度かロドニー様がいない時……

(王太子達による『聖女様を囲むお茶会』情報は、学園で容易く知れた)

を見計らって……公爵邸を訪ね、応接室で待たされている間にメイド服に着替え、あちこち探りまわった。

さすがに、常に行動を共にしている侍女には秘密にできず、計画を話すと『お嬢様、お止め下さい!』と泣きつかれた。

婚約者の日頃を話したら『お嬢様、なんとおいたわしい』とまた泣かれ、不貞の証拠を手に入れたいのと言うと『では私が潜入します!』というのを、宥めすかし……見逃してもらい、時には私の振りをして部屋にこもってもらった。

(侍女とはいえ子爵家出身の令嬢に、庶民メイドなんてできるわけないものねー)

世界は変わっても、こちらはベテラン。

若い お(・) ぼ(・) っ(・) ち(・) ゃ(・) ま(・) がやましいものを隠している場所なんか、古今東西同じ匂いがするもんである。

本棚に並べられた本の中から、ちょうどいい 物(ラブレター) が見つかったが、無くなったら怪しまれる。

几帳面な婚約者なら、何度も推敲を重ねただろうと、ゴミを漁ったらドンピシャだった。

「『貴女のバラ色の頬に触れ愛を囁きたい』でしたか……お相手の名前も入ってましたわね」

あからさまに顔色が青く変わったロドニー様を、王太子殿下や聖女様方が、表向き心配そうに見ている。

「無論、そのような物を公爵夫妻にお見せしても、婚約が解消されるかどうかは分かりません」

この婚約には互いの家の思惑があるが、元々デュフィ侯爵家の交易資産目当てのケリー公爵家からの申し出である。

息子の浮気くらいでは手を引かないだろうし、格下の侯爵家からは抗議しづらい。

「……ですが、貴方様はどうでしょう? そうですねぇ、あのように情熱的な恋文ですもの。もしや、広く世間に知らしめてもよろしいとお考えでしょうか?」

お前の赤裸々なラブレターをそこいらにばらまくぞ、との脅しに、ロドニー様のお顔は青から白になった。

(実のところ、この脅しが効かなかった場合は、新聞社でなく王太子殿下に渡すつもりなんだけどね……)

「でしたら遠慮なさらずにおっしゃって下さい。さすがにその際は、お相手の名前 く(・) ら(・) い(・) は伏せてもよろしくてよ……?」

お前の名前は出すけどね!――トドメを刺されたロドニー様は、私が微笑みながら差し出したペンを素直に受け取った。

私は給仕姿の従者を再び近くに呼び、その手にあったトレイの上に書類を載せた。

「さ、どうぞ」

いたれりつくせりだな私!と胸を張ると、ロドニー様はのろのろ己の名を書いた。

私はその書類を手に取り確認すると、そのまま従者に渡した。

卒業パーティは昼からだったので、お役所もまだ閉まってはいまい。

「これを貴族院法務局へ届けてくださいね。まだ窓口は開いている筈ですわ」

「はい!」

足早に立ち去る従者を、多少正気に戻ったロドニー様が、「あっ……」と、止めようとされましたが伸ばした手はむなしく空を切りました。

ざまぁ!

さぁ、第二幕です。