軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

33.レステンクール伯爵家2

タチアナは、レステンクール伯爵家の次男であるハイドと男爵令嬢である母との間に生まれた。

両親が貴族なのだから自分も貴族だと疑いもしなかったタチアナに、お前は貴族ではないと現実を突きつけたのが祖父だった。

王都の一軒家に暮らし、父は騎士団で働いている。

メイドがひとりいるし、周りの人より暮らしぶりがいいのは幼いながらに分かっていた。

だから平民だと言われても、冗談だと笑っていたが、祖父の顔はいつまで経っても真剣なものだった。

祖父は父親を呼ぶと、どんな教育をしているんだと叱り付けた。

そこでやっと、タチアナは自分が貴族籍を持っていないと知った。

次男である父親にはかつて子爵家令嬢との縁談があり、婿入り予定だったらしい。

それなのに、初めての顔合わせに父親は男爵令嬢と一緒に現れると、すでに彼女のお腹に子供がいると言ったのだ。

当然、相手の子爵令嬢とその両親は怒り、婚約は破談となった。

そして祖父はその場で父親を邸から追い出したのだ。

父親は母親の実家の男爵家に婿入りするつもりだったが、結局男爵家は妹が継いだ。

そうして平民となった父親は、騎士爵位を得るべく騎士団に入団した。

爵位を目指し真面目に頑張る父親を、やがて祖父は認めるようになる。

認めたと言うよりほだされたに近いかもしれないが、時間が親子の間にあるわだかまりを解かしたのは事実だ。

そしてタチアナが生まれて五年後、両親は祖父の家を訪れることを許された。

その雪解けの場で、うっかりタチアナが「自分も貴族だ」と言ったことが、祖父の逆鱗に触れたのだ。

なんとか子供の言うことだからとその場を収めた父親は、帰宅してから祖父を口汚く罵った。

「真面目なふりをすれば、支援をしてくるから便利な親父だと思っていたのに」「おいぼれが偉そうに」「俺もタチアナも貴族だ」延々と続く罵声に、タチアナは自分はやっぱり貴族なんだと思った。

それからも、半年に一度は祖父の家を訪れた。ただ、二度と自分は貴族だと言わないよう、父親からは念押しをされた。

祖父の家に行くと、ラシュレが笑顔で迎えてくれる。

自分と同じ年で同じ貴族の血を引く彼女は、いつも綺麗なドレスを着ていた。

榛色の艶々とした髪には可憐なリボンが巻かれ、くるくると動くオリーブグリーンの瞳は愛らしく、お人形のように整った顔をしていた。

容姿だけならタチアナも負けていない。むしろピンクブロンドの髪は珍しく、自分のほうがよっぽど貴族らしいと思った。

だけれど、話し方も立ち居振る舞いも、ラシュレのほうがずっと洗練されていた。

タチアナがケーキを食べられるのは特別な日だけだ。でも、レステンクール伯爵家に行けばそのケーキの何倍も大きなものが出てくる。料理だってとても豪華だ。

ラシュレはそれを当たり前のように食べていた。

帰宅してから両親に、私も大きなケーキを食べたいと訴えると、我儘を言うなと怒られた。

不満を募らせながらも、レステンクール伯爵家への訪問は続いた。

父親の目的は祖父から金を借りることだが、子供のタチアナはそんなことは知らない。

成長すればするほど、自分とラシュレの違いに腹が立った。

そしてその怒りがさらに大きく膨らんだのは、ラシュレに婚約者のフィリップを紹介されたときだ。

ブロンドの髪にライトブルーの瞳のフィリップは、物語に登場する王子様のようだった。

その王子様が、子供ながらにラシュレをエスコートする姿を見たタチアナは、帰宅するなり自分にもフィリップのような婚約者が欲しいと両親にねだったのだ。

だけれど両親は悔しそうな顔をして「無理だ」と言うだけで、タチアナの婚約者を探してくれない。

どうしてかと食い下がると、平民だからだと言われてしまった。

貴族の血が入っているのに。タチアナの中にどんどん不満が溜まっていく。

ある日、父親は喜色満面で帰ってくると、「兄が亡くなった」と笑いながら言った。

従順な振りをして祖父を騙した甲斐があったと喜びながら、意気揚々とレステンクール伯爵家に向かった父親は、祖父から跡を継がないかと言われた。

その条件がラシュレを養子にすることなのが気に喰わないが、「もとよりそうするつもりだった」と笑って受け入れた。

祖父が死ぬと父親はラシュレを別邸に住まわせ、タチアナをレステンクール伯爵家の跡取りとして育て始める。

ラシュレの持ち物は全て奪われ、タチアナの物となった。

豪華な部屋に、大きなベッド、ドレスや宝石と今まで望んでも手に入れられなかったものを得たタチアナは、フィリップの婚約者として相応しいのは自分だと思うようになる。

愛嬌を振りまけばフィリップも満更でもないようで、ふたりの仲は急速に深まっていった。

そうしてラシュレを追い出し、名実ともにタチアナが次期当主の座に収まったのだ。

王妃陛下主催のお茶会当日、タチアナは母親の部屋を訪れた。

「お母様、具合はどう?」

「ダメだわ、起き上がるだけでも吐き気がするの」

昨晩フィリップと観劇に行き食事を終え帰宅すると、両親が嘔吐し腹痛を訴えてきた。

医師を呼んで診せたが原因は不明。深夜には高熱が出てうなされ、ベッドに横たわる母親の顔は土気色だ。

「じゃ、お茶会は私が行ってくるわ」

「あなたが? でも招待状は……」

「大丈夫。私は次期当主なんだもの。そうだ、フィリップ様にも同行してもらいましょう。お父様の代理を頼んでみるわ」

「ま、待ちな……」

タチアナは「ゆっくり休んでね」と言い置き、軽やかな足取りで部屋を出ていった。

幸いにも使用人に体調を崩した者はいない。

タチアナは侍女を呼ぶとこの前仕立てたばかりのドレスを用意するよう命じた。そうして熱で朦朧とする母親をゆっくり眠らせるように伝える。

だからそれ以降、誰も母親の部屋を訪ねていない。

ドレスについて使用人が何か言ってきたが、煩いと怒り耳を貸さなかった。

そうして、母が何を伝えたかったのか知らないまま、タチアナはフィリップと一緒に登城したのだった。