軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

31.縮まる距離 ベルナード

星見祭りが終わり、一週間が経った。

エリザベートと出会ったことは予想外だったし、俺と再び婚約をしてあげるという上から目線の提案には、吐き気がした。

婚約中は機嫌を損ねないようにと気遣っていたし、最後の頃は言い返す元気すらなかった俺はきっと精神的に病んでいたのだろう。

「再婚約なんてするつもりはないし、あなたを愛したことは一度もない」そう言ったときのエリザベートの顔を思い出すと、清々する俺は性格が悪いのかもしれない。

いや、ラシュレを蔑ろにするような発言までしたのだから、むしろもっと言い返してもよかったはずだ。

とはいえ、女性相手に怒鳴ったり声を荒げることはできない。

冷淡に言い返せば、俺から反論されたのが意外だったのだろう。さらにしつこく復縁を迫ってきたのにはうんざりした。そのせいでラシュレを探すのが随分と遅れてしまった。

「なかなかいい記事だろう?」

そう言って、俺にタブロイド紙を届けに来たバートンは、執務室のソファで寛ぎ紅茶を飲む。

執務机でタブロイド紙を読み終えた俺は立ち会がり、バートンの前のソファに腰かけた。そうして改めて礼を言う。

「ガレットを大きく取り上げてくれて、ありがとう」

「ガレットの作り方だけでなく、ソバ粉はどこで手に入るのかという問い合わせが編集部に届いたから、クローデル侯爵領だと答えておきました。問題なかったでしょうか」

「あぁ。今、夏ソバの収穫の真っ最中だ。すぐに市場に流通するだろう。秋ソバの種もすでに農民の手元に届いているはずだ」

小麦からソバの栽培に変更しようと考える農家も多いと聞く。

来年からはさらにソバ粉を多く流通できそうだ。

少し冷めた紅茶を一口飲み、俺は頼んでいた件がどうなったかとバートンに尋ねた。

「エリザベート様の近況ですね。なんだか揉めているようです。ボナパルト男爵の愛人の家に片っ端から乗り込み家の中を破壊したとか、馬車に細工をしたとか、毒を盛ろうとしたとか」

とか、と繰り返すあたり、どこまでが噂でどこから真実かバートンも判断しかねているようだ。「どう思います?」と聞かれたので「全部ありえる」と返答するとなぜか大笑いされた。

「ははは、すごい女性と婚約していたんですね。これが全部本当だったら、タブロイド紙はバカ売れだ。ちょっと本格的に調べてみたくなりました」

「おい、俺の依頼に対して、裏取りなく答えたのか?」

「だって手紙が届いたのは四日前ですよ。いくらなんでもそこまでは無理です。噂をかき集めるのに精いっぱいでした。ただ、ベルナード様に再婚約を打診するぐらいだから、八方塞がりなのが窺えます」

星見祭りでエリザベートが俺に再婚約を命じてきたことは、バーデル侯爵に伝えた。

もう娘との縁は切ると言っていたので、実家に帰るのはもちろん支援も期待できないだろう。

「一人で生きていくことができない者は惨めだな」

「この国の令嬢はほとんどそうじゃないでしょうか。でも、ラシュレ様は逞しく生きていきそうですね」

「あぁ。薬草を育てながら平民の暮らしを楽しむ姿が、容易に想像できる」

だからこそ焦ってしまう。

数週間離れて、その存在の大きさに改めて気がついた。

思い返せば、ケビンと仲良くしているのが気に入らなかった時点で、俺はラシュレに惹かれていたのだろう。

それが恋心だと気づいたのは、領地の最南端にある砂浜を歩いているときだった。

この綺麗な景色をラシュレに見せたい、喜ぶだろうなと思った瞬間、彼女の笑顔がぶわっと脳裏に浮かんできた。

同時に胸に熱いものがこみ上げ、会いたくてどうしようもなくなった。

今までその感情に気づけなかった自分の鈍さに、呆れてしまう。

波の音に急き立てられるように、どんどんラシュレへの想いが高まる。

触れたい、自分だけのものにしたいとまで思ってしまった。

村人の話では、光る石を渡しながら求婚するのが昔からの習わしらしい。

初めての恋に浮かれていたのだろう。

その話を聞いた俺は砂浜を一晩中歩き、綺麗で形のよい石をひとつポケットに入れた。

花火を見ながら渡したら、ラシュレはなんと言うだろうか。

驚くかそれとも戸惑うだろうか。喜んでくれたらいいな。

そんな気持ちで久しぶりに会ったラシュレは、どこか元気がなかった。

今思えば、俺がエリザベートに送った手紙を見たからだろう。

エリザベートとの再婚約をラシュレに勧められたのは、ショックだった。

今まで俺たちが築いてきた時間はなんだったのかと、怒りたくもなった。

どうして今さら、ラシュレを捨ててエリザベートを選ばなくてはいけないのか。そう思われるような態度を取った覚えはない。

何か勘違いがあるのかもと話をすれば、ラシュレは俺がエリザベートを愛しているとずっと思い込んでいたのが分かった。

邸を出ようと思うほどエリザベートに傷つけられたのだと知って、怒りと申し訳なさがこみ上げてきた。そして、これは俺の我儘だが、そんな風に誤解されていたのが悲しくもある。

「なぁ、俺は被虐趣味があるような男に見えるか」

「あるのですか?」

「引くな。そしてない」

のけ反るバートンを睨む。

ラシュレが、ずっと俺がエリザベートを愛していると勘違いしていたこと、さらには再婚約を勧められたと話をすれば、同情たっぷりの目で見られた。

「先は長そうですね。ですが、結婚するのですから口説く時間はいくらでもあります。十年、二十年後には初恋が成就するかもしれません。応援しています」

「そんなに待てるはずがないだろう」

「まぁそこは夫なので、なんとでもなるでしょう。あとから気持ちが付いて来ることもあると聞きます」

「俺はラシュレの気持ちを大事にしたい」

そう言えば、今度は珍獣を見るような目をされた。

「その年でまさか……」と言うバートンにクッションを投げつければ、肩を揺らして笑いだす。

「用が終わったのであれば、帰ったらどうだ」

「ククッ、そうですね。あっ、ひとつ言い忘れたことがありました。ボナパルト男爵が妙な商品を扱っているという噂があります。彼とは取引しないほうがいいでしょう」

「もともと関わるつもりはなかったが、何があったんだ」

「そちらも裏取りの最中ですが、なんでも通常より栽培期間の短い小麦の種を売っているようです。それを使えば小麦の二期作が可能で収入が倍になる、というのが売り文句のようですね」

小麦はソバよりも、種を植えてから収穫までの期間が長い。だから二期作は不可能だ。

さらに詳しく聞けば、レステンクール伯爵家がボナパルト商会と最近親しいらしい。

ラシュレに伝えようかとも思ったが、教えないほうがいいと判断した。

レステンクール伯爵がラシュレの忠告に耳を貸すとは思えない。だったら、厄介事に巻き込まれないよう、距離を置くべきだ。

「忠告、礼を言う」

「どういたしまして。では、ラシュレ様の攻略を頑張ってください」

バートンは最後に余計な一言を言うと、部屋を出ていった。

ボナパルト商会の動きは気になるが、今は静観すべきだろう。

「さて、そろそろラシュレがおやつを持って来る時間だな」

彼女の笑顔を思い出しながら、俺は散らばった書類を片付け始めた。