作品タイトル不明
28.星見祭りとガレット4
「予想以上の売れ行きでしたね」
「ああ。ただ、もう在庫が少ない。あと二時間もすれば夕食として買いにくる人が増えるだろう」
もっと準備すべきだったと後悔したところで「坊ちゃまぁ」と大きな声がした。すぐ傍でしゃがんでハチカワの皿を数えていたビオラが立ち上がる。
「お母さん、持って来てくれた?」
うん、と頷くのは宿で会ったローナだ。小柄なローナの後ろには二メートル近い体躯の男性がいる。
ふたりは揃って持っていた大きな木箱を地面に降ろすと、「ふぅ」と息を吐いた。
「ローナ、お久しぶりです」
「ラシュレ様、今日は大変でしたね。あとは私たちがやりますから、おふたりは星見祭りを楽しんでください」
そう言いながら、ローナは木箱から鍋やボウルをいくつも出していく。
ボウルの中身はガレットの生地、鍋には下準備された具材が入っていた。
それ以外にも千切ったレタスや卵が、木箱から出てくる。
「おふたりは忙しくされていたので気づかれませんでしたが、お昼過ぎに私たちも来たんですよ」
「そうでしたか。全然気づきませんでした」
「邪魔をしてはいけないと、行列に並ばなかったので当然です」
ふたりは露店の裏に回り、料理長と話をしていたらしい。
そこで料理長から用意していた食材が予想より早くなくなりそうだと聞き、急遽作って届けてくれたのだ。
「夫が料理長からレシピを聞いて、クローデル侯爵邸の台所を借りて作りました。許可はセバスチャンから取りましたし、使用人に味見もしてもらったので大丈夫です」
ローナが話をしている間にご主人は料理長の元へ行き、フライパンの使い方を教えてもらっている。
「遠慮せず楽しんできてください」とローナに送り出され、私は微妙な心地のまま頷いた。
気持ちの整理をしたつもりだったのに、昨日ベルナード様の「ただいま」の声を聞き笑顔を見た途端、胸が高鳴り押さえていた気持ちがぶわっと全身を駆け巡った。
それと同時に脳裏には『愛するエリザベート』の文字が浮かぶ。
「おかえりなさい」と平然と言えた自分を、誉めてあげたいぐらいだ。
当然そんな私の気持ちを知らないベルナード様はいつものように「はい」と手を差し出してくれる。
「人が多いのではぐれないように手を繋ごう」
「そ、そうですね」
いつもよりテンションが高い気がするのは気のせいかな。私が手を出すとぎゅっと握り返してくれた。
ベルナード様は何度もこのお祭りに来たことがあるらしく、先に立って歩き始めた。
ついついエリザベート様とも一緒に来たのかな、と余計なことを考えてしまう。
並ぶ露店は食べ物以外に、器や刺繍などの特産品もあれば、射的や輪投げといった子供が喜びそうな出し物もあった。
冷やかしに店先を覗いたり、ちょっと気になった刺繍を手にしたりしていると、人の熱気も相まって気分がようやく浮上してくる。
やがてベルナード様がお薦めだと言う露店が見えてきた。
串焼きにした鶏肉や野菜、それからスティック状の素揚げしたサツマイモが売られている。
「異国から取り寄せたスパイスを使った串焼きなんだ。辛いのは大丈夫だよな?」
「はい」
「で、そのあと食べるサツマイモが美味しい。上に塩を混ぜたバターを乗せてくれるんだ」
「うわっ。香辛料からの甘じょっぱい。無限に食べられそうですね」
「ラシュレならそう言うと思った」
ベルナード様はくしゃっと笑うと、串焼きとサツマイモを二つずつ頼んでくれる。
それを持って暫く歩くと、運よく空いたベンチを見つけた。
私をそこに座らせ「持っていて」と食べ物を預けると、ベルナード様はすぐ横にある露店でエールを二杯注文し戻ってきた。
はい、と冷えたエールが手渡される。
「すごい! 冷たいです」
「あそこの露店は街で食堂をしていて、地下に氷室を持っている。木箱に藁を引き詰めその中に氷を入れて持ってきているんだ。少し値が張るが、冷えたエールのほうがうまい」
こんなところで冷え冷えのエールにありつけるなんて。
夜とはいえ人の活気で暑いし、ずっと接客をしていたので喉も渇いている。
「では、露店の成功に乾杯!」
ベルナード様の声に、木製のカップを目の高さにあげる。ちなみに飲んだカップは回収となるらしい。
「うわっ、冷えていて美味しいです!」
「あぁ、生き返る。ガレットも人気だったし、これがラシュレが言う『達成感』か」
「癖になるでしょう?」
「そうだな。実に気分がいい。串焼きも美味しいから食べてみてくれ。きっと気に入る」
早くと目で促され、私は串焼きにかぶりつく。
口の中に少し辛いスパイスの香りが広がり、それを追うように鶏肉からうまみが滲み出る。鶏肉の次に串に刺さっていたトマトには、ブラックペッパーがふんだんに使われていた。
「これ、エールがすすむヤツです」
「だろう。昔は友人と一緒によく食べたんだ」
「……そうなんですね」
友人と言葉をぼかしているけれど、エリザベート様かなと考えてしまう。
一度考えだすと再び思考が落ち込むので、それを振り払うように急いでサツマイモに手を伸ばす。
サツマイモは素揚げされていて表面はカリッとしているのに、中はふわふわ。バターの風味と微妙な塩加減は、食べ終えたあとから次が欲しくなる味だ。
「こっちも美味しいです」
「それはよかった。そういえば昨晩少ししか話せなかったが、何か変わったことや困ったことはなかったか?」
変わったこと、困ったことと言われ、真っ先に思い出したのが引き出しの中に仕舞われた手紙だ。
当然見たなんて言えないので、私は首を振って「何もありません」と答える。
「使用人がすごく協力してくれましたので、大丈夫でした」
「今まですべての仕事を自分でしなくてはいけないと思っていた。信頼できる人が傍にいるのが、こんなにも心強いのだと、ラシュレと会って初めて知った」
「……ありがとうございます。最高の褒め言葉です」
普段通り明るく言ったが、やっぱり私は「信頼できる人」なんだな。
もちろんそう思ってもらえるのは嬉しいし、光栄だ。
でもいつしか私は、「信頼できる人」からさらにもう一歩踏み込んだ関係を期待するようになってしまった。
「どうしたんだ、ラシュレ。今日はなんだか元気がないように思うが、準備のために随分と無理をさせたのだろうか」
「いいえ。そうではありません。ですが、あれだけのお客さんの相手は、少々疲れました」
誤魔化すように、やれやれと眉を下げれば、ベルナード様は疑うことなく「そうだな」と笑う。
と、そのとき、ベルナード様の名を呼ぶ声がした。
「アダム、持ってきてくれたのか」
ベルナード様が数メートル先で木箱を抱えているアダム様に駆け寄る。
「ええ。人が多いので荷馬車は離れた場所に置きました」
「そうか、それはすまない。ひと箱持とう」
三つある木箱の一番上をベルナード様が持つ。中身はきっとハチカワの器だ。
私も行こうとカップや串を片付けていると、ベルナード様が「ラシュレはそのままでいい」と声を張り上げた。
「すぐに戻って来るから、ゆっくり食べていてくれ」
「でも、大丈夫ですか?」
「中身は木の皮から作った皿だ。それほど重くない」
「はい。ラシュレ様のお力を借りるほどではありません」
ふたりはそう言って、私に背を向けた。
何を話しているか分からないけれど、ベルナード様は嬉しそうだ。
残された私は、ひとりでエールを飲む。
エリザベート様に対するモヤモヤのせいか、祝杯というよりやけ酒のように感じてしまう。
気分を切り替えるべくまだ食べ掛けだった串に手を伸ばしたそのとき。ざっ、と草を踏む音がした。
忘れ物をしたベルナード様が戻って来たのかと顔を上げると、そこにいたのは
「……エリザベート様?」
赤い髪をハーフアップに結い上げ、私を見下ろすエリザベート様と目が合ったのだ。