軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

22.視察5

昼食を終え、再び視察に行って戻ってくると、ソバ粉が届いていた。

トパート男爵家は貴族といっても、平民とそれほど変わらない。

使用人は、料理人と侍女がひとりずつ、それから御者兼庭師兼護衛その他雑用を担当する男性がいる。

最後のひとりに仕事が偏っている気もするが、御者といっても男爵様もアダム様も自分で手綱を握るそうで、ほぼ男爵夫人専属らしい。

庭仕事は趣味で男爵様もされるし、時には男爵夫人も台所に立つそうだ。

ベルナード様が男爵様、アダム様と話をされている間に私はガレットを作ることにする。

料理長に頼めば、快く台所に入れてくれた。

届いたソバ粉の袋の口を開け、料理長と一緒に中を覗き込む。

「小麦粉とあまり変わりませんね」

「ソバの実は見たことがあります。実が黒いから黒い粉だと思っていました」

料理長も粉の状態のを見たのは初めてらしい。

ソバ粉は、小麦粉に比べると薄茶のような灰色がかった色をしていた。

ちなみに、ベルナード様が翻訳した料理本の挿絵に色付けはされていない。活版印刷が広まったとはいえ、多色刷りはまだ貴重だ。

料理長は粉を人差し指にとり、親指で伸ばして粒子を確かめる。

それから、翻訳されたレシピに目を通した。

「焼いた生地にあとから目玉焼きを乗せるのかと思っていたのですが、薄く伸ばした生地に卵を落とし入れるのですか」

ふむふむと二重顎に手を当てながら、数枚のレシピを興味深そうに捲っていく。

料理長は王都の出身らしく、ソバ粉の料理は初めてだそうだ。

一通り目を通すとさっそくソバ粉を計量し、ミルクと水、卵を入れる。

その生地をダマがなくなるまで混ぜたあとは、三十分ほど冷暗所で休めるらしい。

男爵家の地下には氷室があるので、そこを使わせてもらう。

生地を休めている間に、料理長はマッシュルームとベーコンをバターで炒める。

あれ、私、必要なのだろうか。

申し訳ないので洗い物をしようとすると、あとでするからと止められてしまった。

まったく役に立たないまま三十分が経ち、生地を焼く段階になって料理長が私にフライパンを差し出す。

「ラシュレ様、焼いてみますか?」

「……いえ、先にお手本をお願いします」

初仕事、と手を伸ばしかけ、でも引っ込める。

レシピによると、生地をフライパンに注いだあと、豪快にフライパンを傾け全面に生地を伸ばすらしい。

この時点で、私はすでに自信がない。

そう言うと、「実は私も自信がありません」と料理長は笑いながらフライパンを火にかけた。

充分にフライパンが温まったところで生地を注ぎ入れ、フライパンを立てるようにして生地をまんべんなく伸ばす。

薄い生地はすぐに焼ける。焼けたところに手早く卵を割り入れ、その上にチーズをまぶす。さらに、さっき炒めたマッシュルームと玉ねぎをトッピングした。

流れるような手つきでその工程を済ませると、料理長はフライパン返しで生地の端を持ち上げ、両端を折り畳んでいく。

あっというまに四角形に仕上げると、お皿に乗せた。

「おいしそうです!」

「そうですね。彩でレタスやプチトマトも添えてもいいかもしれません」

料理長はそう言いながら、ガレットを半分に切る。

そうして片方を私にくれた。

「試食をして、塩コショウを調整しようと思います。ラシュレ様も感想を教えてください」

渡されたガレットからほわりといい香りがする。

まずは生地だけ口に入れた。小麦とは違う風味だけれど、癖がなく食べやすい。

次に具材と一緒に食べれば、マッシュルームを炒めるのに使ったバターの香りがふわんと鼻から抜けた。

生地自体の味がそれほど強くないので、これならどんな具材を乗せても合う気がする。

「おいしいです。朝食なら一枚で充分のボリュームですね」

「アダム様は沢山お召し上がりになるから、じゃがいもを入れてボリュームを出すと喜んでくれそうです」

「ベルナード様にも是非同じものを。それから栄養バランスをとりたいので、ニンジンやホウレン草はどうでしょうか?」

「バターで炒めて乗せたり、添えたりしてもいいと思います」

料理長は、他にも幾つか提案してくれた。

試食にしてはボリュームのあるガレットを食べ終えると、今度はベルナード様にお出しするガレットを作る。

「では、次はラシュレ様の番ですね」

料理長が私にフライパンを手渡す。

「クローデル侯爵様は、ラシュレ様が作ったものを食べたいと仰っていました」

「プレッシャーが半端ないです。私は自分が食べる分だけ作るつもりだったのに」

レステンクール伯爵家の腐りかけた食事のおかげで、私の胃袋は鋼のように頑丈だ。焦げや生焼けぐらいではお腹が痛くならない。

「駄目です。クローデル侯爵様から『ラシュレが初めて作ったガレットは自分に出すように』と強く言われておりますから」

「……なんてチャレンジャーな。分かりました。では、渾身の一作を初手で作ってみせます!」

どんな仕上がりでもベルナード様なら喜んでくれるはず。きっと焦げていても笑いながら食べてくれるに違いない。

その顔を想像しながら、私はフライパンを大きく傾けたのだが。

「ラシュレ様! 傾けすぎです。生地がフライパンから流れ落ち……」

「あぁ! 料理長どうしたらいいですか?」

「一度火から離して、生地を追加しましょう」

初っ端からやらかしてしまった。

それでもなんとか生地を注ぎ足し、ちょっと料理長の手も借りながら仕上げたガレットは、初めてにしてはなかなかのできだ。

おやつとして出したガレットは少し端が焦げていた。

でも、ベルナード様は嬉しそうに平らげてくれたのだった。