軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

11.新しい生活2

馬車に揺られて辿り着いたのは、王都でも有数の服飾店だった。

降りた途端、私はガバッとベルナード様を見上げる。

「ベルナード様、この店では普段着るワンピースは買えません!」

「そうなのか? では、もう少し行ったところにある緑色の壁の店……」

「そこも高級店です。もしかして、いつもそれらのお店でエリザベート様にドレスを購入されていたのですか?」

頷くベルナード様に頭を抱えてしまう。

私の知る限り、クローデル侯爵家の財政状態は厳しいはずだ。

それなのに、婚約者に高級店のドレスを贈るなんてどれだけ愛していたのだろう、と考え、あっと気づく。

「もしかして、服飾店を指名したのはエリザベート様ですか?」

「そうだ。幾つか名前を出し、そこで購入した物以外は受け取らないと言われた」

他のお店の名前も聞けば、高価な品を扱うので有名な店舗だった。

侯爵令嬢という身分を考えれば分からないではないが、それにしても夜会のドレスを用意するだけでもかなりの出費だっただろう。

愛は盲目と言うけれど、ベルナード様もそうだったのかもしれない。

ただ、私はそんな高価なドレスを必要としないし、今欲しいのは普段着のデイワンピースだ。

「ベルナード様、あちらに私が普段購入するお店があります。そこに行ってもいいですか?」

「もちろん。ではどうぞ」

そう言うと、肘を付き出してくる。

これはエスコートするという意味だろうか。

ちょっとびっくりして動きを止めてしまった私に、ベルナード様はバツの悪そうな顔をした。

「もしかして、また失敗してしまったのだろうか?」

「いえ、街中でこれは普通だと思います。ただ、フィリップ様はいつも先を歩かれて追い付くのが大変だったので、私にとって新鮮で驚いてしまいました」

「あいつは、ラシュレを置きざりにしていたのか? あり得ない」

そう。あり得ない、と私も思う。

だけれど、いつからかそんな扱いを当たり前だと思うようになっていた。

「こうやってエスコートされながら歩くのが夢だった、なんて言ったら笑いますか?」

「まさか。むしろ光栄だ」

ベルナード様がほら、と言うので肘に手を置く。ただそれだけなのに、自分が大切にされているように感じた。

私が行きたいと言ったお店は、平民も来店する。気取ったデザインはなく、動きやすくてそれでいて可愛い。お値段もお手ごろだ。

ちなみに叔父は私にお小遣いなんてくれなかったので、必要なものは、とある内職をして稼いだお金で買っていた。

高級店では服に値札は付いていないけれど、ここでは袖口の釦ホールに紐を通し、値札がぶら下がっている。

ベルナード様はまず服に値札があることに驚き、それからその価格を二度見し目を丸くする。

「女性の服は値が張るものばかりだと思っていたが、これらはかなり手頃なんだな」

「そうですね。でも縫製はしっかりしていますし、洗っても型崩れしにくいです」

今日はとりあえず春服だけを買うつもりだ。

レステンクール伯爵家を出るとき、別邸に立ち寄りなんとかお金だけは持ってきた。

他にもいろいろ持ち出したかったけれど、叔父に命じられた家令が駆け付け、レステンクール伯爵家のお金で買ったものは置いていくように言われてしまった。

そのお金、稼いだのは私なんですけれど? と言いたかったが、これ以上揉め事を起こしたくはなかったので諦めることにした。

幸いお金だけは持ち出せたので、デイワンピースは自分で買うつもりだったのだけれど。

「では、そこからそこまで買おう」

「はい?」

ベルナード様が服のかかったラックの端から端を指差す。

私がきょとん、とすると、ベルナード様が目をパチパチさせた。

「えっ? 令嬢の買い物とはそういうものなのだろう?」

心底不思議そうな顔に、私は頭を抱えたくなる。

誰、彼にそんな買い方が一般的だと教えたのは。ってエリザベート様か。

私は小さく頭を振ると、「ここから」と指差すベルナード様の腕を下げる。

「ベルナード様、それは一般的ではありません」

「そうなのか?」

「それに、お金はあるので自分のものは自分で買います」

「俺が一緒なのに? 女性がお金を出すのか?」

そう確認され、考える。

この場合……。

「えっ、どちらが一般的なのでしょう?」

友人の話では、デート代は婚約者が出してくれるらしい。

だけれどフィリップ様は、俺が婿入りするのだからラシュレがお金を払って当然だと言っていた。

何が正解か分からずじっと見つめ合う私たちに、店員さんが助け舟を出してくれる。

「貴族の方でしたら、男性がプレゼントされる場合が多いです。ですが、何を『一般的』にするかは、おふたりで決めたらいいのではないでしょうか?」

「……そうですね。なんだか私、世間の常識を気にしすぎていたように思います」

「いや、それは俺も同じだ」

そもそも私たちは始まりが一般的でないのだから、自分たちのルールを決めればいいのだ。

「では、こうしよう。ここは俺が支払う。今後は侯爵家の収入からラシュレに決まった額を渡すので、それで購入して欲しい」

「分かりました。ではお渡しいただける金額は、あとで相談させてください」

クローデル家の財政状況を把握してから決めなくては、ベルナード様のことだからすごい額のお小遣いをくれそうで不安だ。

それに私にも収入源はあるし、夜会のドレスを年に数着用意できるだけの金額を貰えれば充分。

店員さんに、数着のデイワンピースの試着をしたいと言い、ベルナード様にはちょっと待ってもらう。

高級店なら同伴者にお茶が出るだろうが、ここはそんなお店ではない。

そう謝ると、ベルナード様は「そんなこと気にしなくていい」と鷹揚に笑い、近くの椅子に腰かけた。

店員さんがタブロイド紙を手渡す。そこにはデカデカと『ダブル婚約破棄』『不貞を許していいのか』『真実の愛とはいかに?』の文字が躍っていた。

ベルナード様が私にそれを指差し、苦笑いをする。

あとで詳しい内容を教えてもらおうと思いながら、私は試着室へと入っていった。

そうして四枚のワンピースに決めたところ、またベルナード様が驚いてしまう。

「たったそれだけでいいのか?」

「はい。汗を搔く時期ではありませんし、充分です」

力仕事をするわけではない。洗濯だって毎日してくれるはずだから、問題ないと思うのだけれど……。

でも、学園時代を思いだすと、友人は沢山の服を持っていたように思う。

「男の俺でも、もう少し枚数を持っているぞ。もう一般論を出すつもりはないが……そうだ、ではあと一着、俺に服を選ばせてくれないか?」

「ベルナード様が選んでくださるのですか? 私、男性に服を選んでもらうのは初めてです!」

つい声が大きくなってしまった。

だけれど、フィリップ様は私の服装に無関心だったし、婚約者に服を選んでもらうのは私の夢でもある。

「まさかまた夢が叶うなんて……神ですか?」

「そんなわけないだろう! というか、ラシュレの元婚約者は今まで何をしてきたんだ」

「おそらく、何もしてこなかったのだと思います」

「あぁー、やっぱり殴ればよかった」

珍しく舌打ちしたあと、でも、とベルナード様が続けた。

「ラシュレに初めて服を贈る名誉をもらえたのだから、そこは感謝すべきか」

そう言うと前髪を掻きあげ、真剣な目で服を手にしていく。

ひとつひとつ丁寧に服を吟味する後ろ姿は、やけに私の胸を弾ませた。

そして三十分後、私はベルナード様が選んでくれた服に着替えた。

海の底のような青いデイワンピースは、分かりやすいほどベルナード様の瞳の色と一緒だ。

ちょっと気恥ずかしく試着室から出た私に、ベルナード様は目を細める。

「よく似合っている」

「ありがとうございます。ベルナード様の色、ですね」

「ラシュレにはもっと明るい色が似合うのだろうが、婚約者に初めて贈るなら、俺の瞳の色にしたかった」

この人は! どうしてそんな甘い言葉をしれっと言えるのだろう。

朝の距離の近さもそうだけれど、きっとエリザベート様に仕込まれたに違いない。

そう分かっていても、褒められ慣れていない私の頬は、ますます赤くなってしまう。

「で、では、今日はこれを着て帰ってもいいでしょうか?」

真っ赤な顔で聞けば、ベルナード様は一瞬瞠目したあと、嬉しそうに破顔した。そして手で口元を隠す。

「どうしたのですか」

「嬉しすぎでにやけてしまうから、こっちを見ないでくれないか?」

何、その可愛い反応!

思わず店員さんを見れば、彼女もまたぐっと親指を出して頷いた。

ですよね。私の婚約者、可愛すぎる。

だからつい調子に乗ってしまい、ベルナード様の前に回ると私は両腕を広げた。

「これで私はベルナード様のものですよ?」

「ラシュレ!」

焦ったように真っ赤になるベルナード様に、今度私の色をプレゼントしようと決める。

フィリップ様はオリーブグリーン色は地味で嫌いだと言っていたけれど、ベルナード様はきっと喜んでくれる。

カフスにしようか、ポケットチーフにしようか。

真っ赤な顔で慌てるベルナード様を見ながら、私は胸に初めてこみ上げる幸福を噛みしめていたのだった。