軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第38話:孤高の選択

あれから、約一ヶ月と一週間が経過した。

カイトの生活は、傍目には恐ろしいほどに単調で、かつ狂気的なまでにストイックなものだった。平日は学校の授業をこなしつつ、放課後は即座に二十一層『静寂の森』へ向かい、深夜まで魔物を乱獲する。そして土日は、都内某所の隠された単独ダンジョン『鍛錬道場』に籠もり、朝から晩までシルバースライムを「消滅」させ続ける作業に没頭した。

その努力――いや、ゲーマーとしての徹底した「効率化」は、凄まじい結果となって結実する。

七月初めの土曜日。

『鍛錬道場』の広場で最後の一体を仕留めた瞬間、カイトの全身をかつてない濃密な魔力が包み込んだ。

『経験値を獲得しました。ブースト効果適用。結城カイト:Lv.69 → Lv.70』

「……ようやく、ここまで来たか」

カイトは翡翠の杖を杖術の構えで一振りし、自身の限界まで膨れ上がった魔力回路を馴染ませる。

レベル70。中級職としては一つの到達点だ。

だが、カイトの週末はまだ終わらない。翌日の日曜日、彼は再び道場の広場に立っていた。目的はレベル上げではない。一万体討伐という「作業」の完遂だ。

一分間に三体。淡々と、だが確実に敵を倒し続け、ついにその時が訪れた。

『特殊条件達成:シルバースライム一万体討伐完了』

『クリア報酬【中級レベルアップポーション】×70を獲得しました』

宝物庫に吸い込まれていく七十本の小瓶。

このポーション一本につき、中級職のレベルが一上がる。つまり、中級職のカンスト(カウンターストップ)まで、カイトはいつでも「スキップ」できる権利を手に入れたのだ。

【宝物庫】の中には一万体を討伐したことでドロップしてきた初級レベルアップポーションも50個ある。

「これで、準備の第一段階は終了だ」

その日は、心地よい疲労感と共に深い眠りについた。

翌、月曜日。

カイトが教室の扉を開けた瞬間、騒がしかった室内が水を打ったように静まり返った。

異変は明白だった。

本人がどれほど隠そうとしても、Lv.70に到達した『大魔法使い』が放つ保有魔力量は、同年代の中級職とは比較にならないほど重く、濃い。

「な、なんだよ……あの結城のプレッシャー……」

「一ヶ月前とは別人の魔力量だぞ。一体、裏で何を……」

生徒たちが遠巻きにヒソヒソと囁き合う中、その人混みを割って一人の少女がカイトの前に立った。

九条院紗夜。クラスのリーダー格であり、常に高みを目指す彼女の瞳は、今や驚愕と疑惑に揺れていた。

「……結城君。一つ、単刀直入に聞いてもいいかしら」

「何かな、九条院さん」

カイトは努めて自然に答えるが、彼女の鋭い視線はカイトの魔力回路の深部を見透かそうとしている。

「あなた、今レベルはいくつなの? その魔力の安定感、とてもじゃないけど一か月前に中級職となったばかりの成り立てには見えないわ」

教室内が固唾を呑んで見守る。

カイトは隠す必要も感じず、淡々と言った。

「一昨日、70になったよ」

一瞬の静寂。

次の瞬間、教室は爆発したようなざわめきに包まれた。

「な、70……!? 一ヶ月でLv.1から中級職のカンストまで行ったっていうのか!?」

「嘘だろ!? 天才の九条院さんだって、まだ40後半だぞ!」

佐藤が椅子をひっくり返さんばかりの勢いで駆け寄ってくる。

「カイト! お前、マジかよ! 70って……もう進級レベルじゃねえか! おめでとう、すげえよ!」

親友の祝福にカイトが微笑みを返そうとした時、九条院が遮るように一歩踏み出した。彼女の表情は、祝福とは程遠い「焦燥」に満ちていた。

「……70? 本当に? だったら、なぜ上級職に上げていないの……?」

九条院の問いに、カイトは静かに首を振った。

「大魔法使いを選択したから、直結ルートには上級職がないんだよ。今の俺には、上げる先がないんだ」

その言葉を聞いた瞬間、九条院の表情が絶句に染まった。

近くで聞いていた生徒たちの反応も、賞賛から一転、信じられないものを見るような「蔑み」と「嘲笑」へと変わっていく。

「……大魔法使い? まさか、あの『はずれ職』を選んだの?」

「嘘だろ……。せっかくの異常な成長速度なのに、行き止まりの職にするなんて、才能の無駄遣いにも程があるぞ」

「やっぱりあいつ、どこかおかしいよ。レベル上げばっかり得意で、将来のこと何も考えてないんだな」

この世界において、『大魔法使い』は広範囲を攻撃でき、複数の属性を扱えるものの、その先に続く「上級職」が存在しない「詰み職」として知られている。プロを目指す冒険者にとって、それは最も避けるべき選択肢の一つだった。

九条院紗夜の瞳から、期待の色が消えていく。代わりに宿ったのは、深い落胆と、どこか悲しげな色だった。

「……信じられない。あなたには、何か特別な考えがあるのだと思っていた。でも、結局はただの無計画な暴走だったというわけね」

「九条院さん」

「いいわ。あなたに期待した私が馬鹿だった。ごめんなさい、結城君。……あなたはそのまま、行き止まりの場所で満足していればいい」

九条院は悔しそうに唇を噛み、背を向けてその場を去った。

佐藤が気まずそうに、だが励ますようにカイトの肩を叩く。

「……カイト。周りの声なんて気にすんなよ。70まで上げたお前の努力は、本物なんだからさ。それにお前ならまだきっと、こっちが驚くようなとんでもないことやるんじゃないかって俺は思ってるからよ!」

「ああ。ありがとう、佐藤」

カイトは友人の言葉に頷き、自分の席に座った。

朝のホームルームが始まり、教官が教卓に立つ。周囲からの冷ややかな視線、クスクスという笑い声、そして憐れみの混じった囁き。

だが、カイトの心は 凪(なぎ) のように静かだった。

(はずれ職、か……。まあ、この世界の常識ではそうだろうな)

カイトは窓の外、広がる空を見つめる。

彼らが知る「直結ルート」の上級職など、カイトにとってはそれこそただの行き止まりに過ぎない。

この世界では忘れ去られた、あるいは存在すら知られていないルール。

――『大魔法使い』を含む、特定の中級職を複数極めることでしか解放されない「複合上級職」。

――そして、その果てに待つ、神話の領域。

(九条院さん、君の言う「行き止まり」の先に、本当の入り口があるんだ)

カイトは宝物庫に眠るレベルアップポーションを思う。

最上級職、そして魔王への道。

カイトは周囲の嘲笑をBGMに、静かに次の「作業」の計画を立て始めた。

『現在のジョブ:大魔法使い』

『現在のレベル:70(中級職カンスト)』