軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

5-10. 結婚式でのざまぁほど楽しいものはまたとない②

【マルガレーテ視点】

真夜中の鐘が鳴る ――

そろそろ、あのふたりが毒を口にしているころだろうか、とマルガレーテは思った。

羽根布団のなか、ぎゅっと目を閉じている。

(もし失敗したとしても ―― わたくしには、関わりないこと。悪いのはリザと宰相なのですから)

眠れぬままに、マルガレーテは胸のうちで繰り返し唱える。

(わたくしのせいではない。わたくしは、悪くない…… )

だがその祈りはふいに、断たれた。

複数の足音と、ノックの音。そして、返事を待たずに乱暴に開けられたドアによって。

「無礼者。なにごとですか!?」

起き上がったマルガレーテの前に、数名の騎士がならぶ。

見慣れない顔ぶれだが ―― 剣にとまる鷹の紋章は、王家の近衛騎士だ。

小隊長だろうか。顔のやたらといい騎士が、前に進み出て略礼をとる。

(正式にひざまずかないことに、マルガレーテは少々イラついた)

「前王母殿下。あなたのメイドが、重罪をおかしました。国王陛下に毒を盛ろうとしたのです」

「なんですって。わたくしは一切、あずかり知らぬことです」

「あなたが陛下に 嘆願(たんがん) して、特別に引き取ったメイドです。失礼ながら、関連は疑わざるを得ないものとご承知ください」

「無礼者! このわたくしが罪を犯したと申す気ですか!? わたくしを誰だと思っているのです!?」

「申し訳ありません。 現(・) 国王陛下のご命令ですので…… こちらの部屋は、あらためさせていただきます。ほかの部屋をご用意しておりますので、そちらにお移りください…… お連れしろ」

そのとき、マルガレーテは思い出した。

この美貌の騎士が、ヴィンターコリンズの令嬢付きであったことを。

油断した ―― マルガレーテは、そっと奥歯をかみしめた。

国王が代替りしても、使用人たちの入れ替えはなかった。セラフィンはその前から国王代行として働いていたせいもあり、人員整理などは一切しない方針なのだろうと、勝手に思ってしまっていた。

なのにまさか、近衛騎士の編成に手をつけていたとは ――

いま、ここにいる騎士たちが、ヴィンターコリンズ令嬢の腹心ばかりとすれば。

前王母の威厳など通用はしないだろう。

それでも、マルガレーテは抵抗を試みた。

「わたくしは、フィリップ陛下の妃であり、ナサニエル陛下の母なのですよ!」

「だからこそ、殿下が無理やり移送される憂き目にあわれぬよう、こうしてお願い申し上げているのですよ。 前(・) 王(・) 母(・) 殿下」

「国に…… フェリーチェに、わたくしが受けた扱いを訴えますよ」

「その前にこちらの国から正式に、殿下のなさったことで厳重抗議が行くと思いますがね」

「…………! わたくしの祖国と戦争を起こす気ですか…… 」

「さて。それは陛下がお決めになることでしょう」

マルガレーテは肩を落とした。

祖国フェリーチェとの個人的な関係は、悪くはない。いまの王は、年齢は離れているが同腹の兄である。

しかしフェリーチェは、マルガレーテを見捨てるだろう。かつてマルガレーテを、惜しげもなくこの国に送ったように。

国のために役立つ駒となるのが、王女として生まれた運命 ―― そう言い聞かされて、マルガレーテは育ったのだ。

「せめて…… 祖国に、わたくしを送り返してください…… 」

「それも両国の陛下がお決めになることですから…… ではそろそろ、参りましょうか」

「支度をしたいのですが」

「残念ですが、この部屋のものに手をつけることは、もはや許されておりません。ご入り用のものは、お申しつけください。届けさせますので」

参りましょう、と再びうながされ、マルガレーテはのろのろとベッドからおりた。

騎士は気の毒そうに、夜着姿から目をそらす。かといって、着替えを許してくれるわけではない。

周囲をがっちりと固めたうえで、戸口へと歩を進めようとするだけだ。

「マルガレーテさま!」

騎士たちとともにマルガレーテが廊下に出ると、侍女たちが隅のほうから不安げな表情で、こちらをうかがっていた。騒ぎを聞きつけて起きてきたのだろう。

「マルガレーテさま、お使いください」

「失礼ですが、預からせていただきます」

ニナがとっさに、自分の肩にかけていたショールをとってマルガレーテに渡そうとする。が、騎士のひとりに 阻(はば) まれてしまった。

この警戒ぶりは ――

(もしかして…… 最初から、目をつけられていた?)

マルガレーテはようやっと、思い当たった。

(どうして…… わたくしはただ、ナサニエルの名誉を守りたかっただけ…… 宰相の言うとおりに、動いただけですのに…… )

とっさに叫ぶ。

「すべて、すべて宰相が悪いのです! 彼がわたくしに、リザ・カツェルを引き取るようにと…… 「わかりました。詳しくは、部屋を移ってのちにおうかがいしますので」

「宰相のせいなのです! わたくしは、悪くない…… 」

「言い分がおありでしたら、のちほど、事情聴取の際におうかがいします」

マルガレーテが連れて行かれたのは、城の西塔だった。

狭くて暗い 螺旋(らせん) 階段をえんえんと上ってやっとたどり着くその部屋は、ぱっと見はゲストルームのようだが、実質的には貴人牢 ――

窓は小さく、扉の外から鍵がかかるようになっている。

かつては正気を失った姫や実権を奪われた国王が終生幽閉されていた、と聞いたことがある。

部屋の隅の く(・) ら(・) が(・) り(・) に彼らの狂気や恨みがねっとりとしみついているように思えて、マルガレーテは身震いをした。

「教会のほうのお部屋のあらためが終わるまでは、申し訳ございませんが、こちらでお休みください」

「はやく、終えてくださいね」

「もちろんです。侍女は明日から寄越しますので、本日はそのまま、お休みください」

「…… わかりました」

鉄のドアが閉まる重々しい音が、マルガレーテの心を押しつぶそうとする。

その音は螺旋階段に、いつまでも反響していた。

※※※※※※

【ヴェロニカ視点・一人称】

この世界の結婚式のしきたりには、前世とは違うところがちょこちょこある。

結婚式自体が、両家の契約、という色が濃いものだからだろうか。

情緒的な部分は、その前に置かれている感がある。結婚式前夜の お(・) こ(・) も(・) り(・) もそのひとつ。

そしてもうひとつは、結婚式直前、花嫁となる娘から実の両親へする贈り物 ――

「前夜、マルガレーテさまがとらえられたと聞いたが?」

「さすが、お父さま。情報が早くていらっしゃいますわね…… 正確には、とらえられたのではなく、部屋をお移りいただいただけ、でございますわ」

結婚式まであと数時間。

大聖堂の控え室で、私と父はワイングラスを片手に向かい合って座っていた。

普通なら涙ナミダの感動シーンになりそうな局面ですら、私と父との会話はこんなものである。

「殿下の侍女が、陛下のお夜食に毒を盛りましたの。マルガレーテ殿下にも危害がおよんでしまっては、いけのうございますので…… 急きょ、西塔にお移りいただきましたわ」

「ほかの部屋もあったろうに」

「警備上、西塔がもっとも安全でしょう?」

「そうか」

父が唇の端をわずかに歪めた。

西塔 ―― そこに入った者は死ぬまで出られない、と言われている。

「 ―― 毒を盛るよう指示されたのは、お父さまですの?」

「とんでもないことを…… マルガレーテさまがそう言ったのか?」

「ええ…… すべては宰相のせい、と叫んでおられましたわ」

「お気の毒なことだ。夫と息子を相次いで亡くし、心痛のあまり錯乱しておられるのかもしれぬな…… 」

「マルガレーテ殿下の部屋からは 『 雪の精(シュネーフィー) 』 らしき毒が出ましたが…… 公(おおやけ) にはしないことで、陛下とは合意しておりますわ。マルガレーテ殿下は本日、 流(・) 行(・) り(・) 病(・) の(・) た(・) め(・) 欠席されます」

「それでいい。よくやった、ヴェロニカ」

「おそれいりますわ」

父の満足げな表情 ―― やはり、この男の現実的な目標は い(・) ろ(・) い(・) ろ(・) と(・) 知(・) り(・) す(・) ぎ(・) て(・) い(・) る(・) 前王母(マルガレーテ) の排除だったか。

父にとっては、使いやすい駒である娘が王妃になるならば、 前王母(マルガレーテ) はもういらない。

前王母(マルガレーテ) さえいなくなれば、父は国王の唯一の外戚として権勢をふるえる ―― 王位 簒奪(さんだつ) より、お手軽よね。

(国王の毒殺については 『たぶんないけど、成功すれば美味しい おまけ(オプション) 』 程度の位置づけだろう)

―― ともかくも。

このたびの件について父は最初から、何も言わずとも 私(・) が(・) 察(・) し(・) て(・) 協(・) 力(・) す(・) る(・) 、と考えていたようだ ――

何も言わなかったのは、一種のテスト。察せずに罠にはまるような無能ならば必要ないから毒殺されておけ、ということである。

―― 察したうえで、いいように使われるふりをしながら、裏でお掃除の準備を進めていたとは……

さすがの父も、気づかなかったようだ。

(もう少し家庭に関心を持っていたら、わかったかもしれないのにね。残念…… プークスクス)

メアリーが近寄ってきて、告げた。

「ヴェロニカさま。グレン術師がいらっしゃいました」

「とおしてくださいな」

「グレン術師? 誰だ?」

「お父さま。今日がなんの日か、お忘れですの? ―― わたくしから、今日まで育てていただきましたお礼の気持ちを込めての贈り物でございますわ」

「無名の精霊術師がか?」

現れたグレンは、銀の寛衣をまとっていた。

正式な祝い事での、精霊術師の礼服だ。

「いま、街で評判のかたですのよ。わたくしの お(・) か(・) か(・) え(・) にスカウトいたしましたの」

グレンが進み出て、軽くうなずいた。

精霊術師は身分によらず、人に頭を下げないのだ。

「このたびは、お嬢さまのご結婚、まことにおめでとうございます。お嬢さまからの贈り物として、閣下に 健(・) 全(・) な(・) 心(・) 身(・) を(・) 終(・) 生(・) 、保たれるための施術を…… 」

「 ………… 」

なにかを感知したかのように、父が立ち上がり、後ずさる。

私は無邪気をよそおい、首をかしげた。

「お父さま? お父さまのためにお願いしたのですよ? 終生の 心(・) 身(・) の(・) ご(・) 健(・) 康(・) を ―― 受けていただけますわね?」

「すまんちょっとトイレ…… おっと」

足をもつれさせた父が、ふたたび椅子に座りこむ。

父のグラスに少々、仕込んでおいた媚薬の麻酔成分が効いてきたようだ。

―― 薬が有効活用されて、フォルマ先生も喜んでくれているかな。地獄の最下層で。

グレンは、すかさず父に近寄ると精霊術の呪文を唱えはじめた。