作品タイトル不明
5-2. 王妃とメイドと精霊術師は毒でつながる②
【ヴェロニカ視点・一人称】
リザ・カツェル。もとカツェル伯爵家の孤児。
孤児院で育ち、成績優秀であったため13歳で マルガレーテ妃(前王母) の側仕えとして異例の と(・) り(・) た(・) て(・) を受ける。が、5年後に妃の怒りを買って下級メイドに降格 ――
おそらくは思い込みが強く努力家だが、そのぶんトラブルを起こしやすいタイプだろう。
名簿の情報からそう当たりをつけて待っていた私の前に連れてこられたリザは、やや白っぽい金髪に薔薇色の瞳の小柄な女だった。
私を見て、目を丸くし身体を固くしている。素直でよろしい。
「どうして…… 死んだんじゃ、なかったんですかあ?」
「ふふ…… あのようなお粗末な毒で、死ぬわけがないでしょう? セラフィン(国王) 陛下もお元気でしてよ? 残念ね」
「 ………… 」
くいしばったリザの口元から、ギリギリと歯ぎしりの音が漏れた。なんていい響き。
「ところで…… 朝食は、しっかり召しまして?」
「…… あ、ああ…… そりゃ、食べましたけどお」
「では、そろそろですわね。どうぞ、おかけなさい」
私が椅子を勧めると、リザは崩れるように倒れこんだ ―― 薬が効きはじめた証拠だ。
この世界には自白剤は存在しない。代わりに私が考えたのは、 媚薬(アモルス) の大量使用。
前世では自白剤として麻酔の一種が使われていると聞いたことがある。麻酔と似た成分を含む媚薬であれば、同じように使えるはずだ ――
リザも、朝食がふだんよりも豪華だった時点で警戒すべきだった。
おそらくは、豚さんのように素直にがっついたんだろう。おかわいいこと。
「では聞きます ―― あなたの名前は?」
「リザ・カツェル…… 伯爵の娘です」
「好きなひとは?」
「ナサニエルさま…… 」
薬の効きを確認するための質問で、思いがけない情報が出た…… なるほど、 前王母(マルガレーテ) が彼女を降格した理由がわかった感。
息子にまといつく身分のない侍女では、なんらかの罪をなすりつけられて追放されなかっただけ、温情というものであろう。
「お茶に毒を入れたのは、 マルガレーテ(前王母) 殿下の さ(・) し(・) が(・) ね(・) かしら?」
「ちがいますう!」
「あなたが勝手に、やったのですか?」
「はい…… 」
「目的は、ナサニエルさまの復讐かしら?」
「はい…… フィリップ(前王父) さまとナサニエルさま、立て続けに亡くなったのはおかしいです。どう考えても、 いまの国王(セラフィン) 陛下がなにかしたんですよお」
「それは…… あなたひとりで考えたこと?」
「いえ…… 宰相閣下が、少し前にめずらしくわたしに話しかけられて…… そんなことを…… マルガレーテ殿下も…… おそらくは、恨みに思っているだろう、ってえ…… 」
「マルガレーテ殿下が恨んでいるから、あなたが復讐を?」
「はい…… 」
「どうしてですか?」
「そうしたら、マルガレーテ殿下も、わたしを認めてくれるから…… 」
「そうでしたの…… わかりましたわ」
つまり父は、ナサニエルやマルガレーテを慕うリザの気持ちを利用して、セラフィンを始末させようとした、ということか。
それでもし失敗したとしても、使用人の管理の悪さについて難癖をつけて宰相の実権を強める材料には、できる ――
なんというか、さすが私の父である。
自分は決して表に出ずに他人を利用してことを成そうとするところが…… 私とそっくりだ。
だが残念。
自白剤がこれほど効果的とは、父も知らなかっただろう。
知りたいことはあっさりわかってしまった。
ついでなので、聞いてみる。
「ネリウム (夾竹桃) の毒は、どこで手に入れましたの?」
「孤児院の裏にたくさん生えてるんですう…… 孤児院長が、引き受けすぎて面倒みきれない赤ちゃんを殺すときに使っているっていう噂があってえ…… それで、わたしも、いつでも使えるように、乾燥させた花と葉っぱの粉を、持っていたんですう」
「あらあら…… 」
これまた思いがけないところで良いネタが ―― もともとあの孤児院長、怪しいとは思っていたのだが、これでほぼ決定だ。
さっそく、ウィッグ隊の侍女をひとり潜り込ませることにしよう。証拠さえつかめば、こっちのものだ。
「ふふふ…… この世界はゴミクズが多くて最高ね?」
「それはちょっと、意味わかりませんよお」
まだ 朦朧(もうろう) としているリザの世話をするようテンに頼んで、私は部屋をあとにした。
孤児院長のことも気にはなるが、まずは父 ――
父は家庭的にはゴミクズである。
が、立派な宰相であり、社会のゴミクズとは言いがたい。
そのため、これまで掃除したくてもできなかったのだ。
だが、権力の亡者となって社会を乱すならば、話は別 ――
さあ、始めましょうか。
「メアリー、支度してくださいな。でかけますわよ」
王宮の自室に戻ってすぐ、私はメアリーを連れてある場所に向かった。
用意したのはお忍び用の無紋の馬車…… おそらくは歴代の国王が浮気やらのために使っていたアレである。
「どうしたんですか、急に?」
「急でもないのですよ。少し前に、予約をとってもらっていましたでしょう?」
「あ、今日でしたね! すみません、すっかり失念しておりました!」
「それどころでない騒動がありましたものね」
「いえ、ほんとうに申し訳なく存じます…… 」
「わたくしは気にしていませんわよ?」
そう。父を処理しようと決めたいまとなっては、こちらはおまけのようなものだろう。
―― 先日、ナサニエルの隠し部屋をヴィンターコリンズの精霊術師に封印してもらって以来。
私はしばしば、同じ夢を見るようになっていた。
毎晩眠れなくなったのは、メアリーが言うように結婚式が間近でウキウキだからではなく、その夢のせいなのだ。
おそらくは精霊術がなんらかの形で関わっているのだろう ―― そう考えた私はメアリーの名前を借りて、街の (つまり当家おかかえでないほうの) 精霊術師に予約をとってもらったのだった。
『グレン診療所』
一般の精霊術師は表向きには医術の看板をかかげていることが多い。医術はもともと精霊術から派生したもので、いまや精霊術よりもメジャーなので、 生業(なりわい) としやすいのだろう。
私とメアリーが向かった先も、そのような診療所のひとつだった。
「ようこそ、ヴィンターコリンズのお嬢さん。当診療所は他人に精霊術で 呪(のろ) いをかけることはお断りしております。法律でも禁止されてるんでね、ええ」
「…… メアリー?」
「えっ。わたしはちゃんと、わたしの名前で予約しましたよ!」
「ああ、真実は精霊が教えてくれますから。そこの侍女どののせいではありませんよ」
肩で切り揃えた真っ白なサラサラの髪に、緑と茶色と青が入り交じったアースカラーの瞳 ―― グレンは椅子に座ったまま私の目をまっすぐに見て言った。
「医療者にも精霊術師にも守秘義務が課せられていますのでね、偽名など使わなくても、あなたがここに来たことは口外しませんよ。ヴェロニカ・ヴィンターコリンズ」
「お嬢さまを呼び捨て…… 」
「いいのですよ、メアリー。精霊の前では人はみな等しい―― そうでしょう、グレン先生?」
「そのとおりですよ…… さて、侍女どのは少し席を外していただきましょうか」
グレンにあごで扉の外を示され、メアリーがためらうように私を見る。
私がうなずくと、やっと意を決して淑女の礼をとり診察室を出ていった。
「どうぞ ―― 」
グレンが私に椅子をすすめる。
私が腰かけたあと、彼はしばらく黙ってこちらを観察していた。
私がイライラしはじめたころ、その口がようやっと開かれる。
「…… ほころびてはいるが、ずいぶんと強力な封印ですね」
「見ただけでわかるものですの?」
「その程度は。詳しいことや解呪の方法は、もう少し調べなければわかりませんが…… 失礼しても?」
「ええ」
色素の抜けたような白い指先が私のひたいに触れた。
―― 私は 呪(のろ) い (ひとに対して違法に施される精霊術) をかけられているのではないか?
そう思うようになったのは、最近しばしば見る夢のせいだった。
―― その夢では、幼い私が怒りくるって 「あなたがたみんな、殺してあげますわ! 」 と叫んでいる。
それだけ。
なにがあり、誰に向かってそれほど怒っているのかは、 も(・) や(・) がかかったかのようにわからない。
ただ、そのときに私は、とんでもなく腹を立てていたのは、たしかだ。
その事実だけが…… 私がまったく覚えていないはずの、幼いころの記憶。
けれど私は前世を思い出すまでは、少しぼんやりしているため誤解されがちだが心優しい、善良そのものの人間であったはずで…… 怒って 『全員殺す』 などと叫ぶはずがないのだ。
なのに、 た(・) し(・) か(・) に(・) そ(・) う(・) だ(・) っ(・) た(・) と直感的に確信してしまっている。
もしそうであるならば、私の幼いころの記憶は ――
「はい、終わりました」
グレンの指がひたいから離れる。
「―― 推定9~10歳ころ…… 学園入学前でしょうか。それまでの記憶を封じ、人格の書き換えが行われていますね。
人格のほうはすでにほころびているようですが、記憶の封印のほうはまだしっかりしています。幼いころの記憶は、まったくないでしょう?」
「ええ、母との記憶が少しあるだけで、ほかはまったく。まあ記憶のほうは、幼いころなのでそのようなものかと思っていましたのですけれど…… 人格の書き換え、には納得いたしましたわ」
私はグレンに、最近しばしば見る夢のことと、階段で落ちて頭を打ってから性格が一変したことを話した。
「いまの先生のお 診立(みた) てから想像しますと、頭を打ったことで 呪(のろ) いがほころび、書き換える前のもとの人格が現れた…… ということになりますでしょうか?」
「それは間違いないですね」
「記憶の封印も含めて、完全に解く方法はございまして? 」
「より強い力を持つ精霊術師ならば解呪できるでしょうが、正直、私にはお手上げですよ。ヴィンターコリンズおかかえの精霊術師ですか?」
「おそらくは。父の依頼だと思われますわ」
私が呪いをかけられた年齢から考えても、 『了承を得ていない他者に呪いをかける』 という違法なことを 躊躇(ちゅうちょ) なくやってのけた点から考えても。
―― それを依頼したのは私の父で、行ったのは父が 懇意(こんい) にしている精霊術師で間違いないだろう。
「記憶を封印したのは、おそらく、知られてはまずいことをわたくしに知られたため。人格を書き換えたのは、そのままでは娘として扱いづらかったためでしょう」
「たしかに 『全員殺す』 と叫ぶようなご令嬢では、婚約者が見つけづらいと思ってしまうのもわかりますが…… たとえ子どもといえども、していいことではありません」
グレンは、こぶしを握りしめた。
彼が怒っているのは、同意なく人に精霊術をほどこす行為が 『 呪(のろ) い』 と呼ばれて法律で禁止されているからだ。
余談だが、この禁を定めたのも 私の父(宰相) である。
「倫理観もさまざまでしてよ。父は法令で精霊術師に多額の援助を約束していますから…… その法自体を潰すと言われれば 『迫害されがちな仲間のために』 幼い子どもひとりに内密に 呪(のろ) いをかける程度は許されるだろう、と考えるのはしかたありませんわ」
「冷静ですね、令嬢」
「このまえ、わたくしも彼に仕事を依頼したのですよ。とても実直で正直なかたでしたわ」
「ああ、では、そのかたの精霊術に触れたことがきっかけで、過去のなにかが触発されて、例の夢につながったのでしょうね…… そのかた自身に術を解いてもらえないですか?」
「彼はまだ、 父(・) の(・) お(・) か(・) か(・) え(・) ですのよ?」
「なるほど…… では、あとは」
お父上が亡くなるのを待つしかありませんね。
グレンはうつむき、そうつぶやいた。