作品タイトル不明
3-10. 海と成功は人を開放的にするもの②
【ヴェロニカ視点・一人称】
「あなたの思惑どおり順調ですよ、ヴェロニカ令嬢」
「そう…… さすがですわね、セラフィン」
「…… 言っておきますが、こういうことをするのは」
「わかっていますわ。わたくしがお願いしましたことですもの」
南の内海は、冬でも明るい。
波に反射する光が、ガラス窓をとおして天井でゆらめくのが、きれい。
死(・) ん(・) で(・) か(・) ら(・) 3(・) 週(・) 間(・) ――
海都の別荘で、私はセラフィンの報告を受けていた。
お別れの会は王都と海都で2週間ずつとしたが、それはドリスがじゅうぶんにセラフィンと仲を深める時間を作るため。
王都と離れた海都まで、わざわざ来る者はそういない。
おかげで私は棺のなかで 死(・) ん(・) だ(・) ふ(・) り(・) をする必要もさほどなく、メアリーに世話されてのんびりとした日を送っている。
―― 正直なところ、予想以上に退屈だったが……
自分で選んでしまった以上は、しかたない。
「…… けれど、あの 娘(こ) も付き合ってみるとけっこう可愛いでしょう? 本当のところ」
「いえ…… 腹が立つだけですよ」
「ふうん? どうしてですの?」
「あんな態度でおとせると信じられているところが…… ナメられているな、と」
「あら。わたくしは可愛いと思いますわ? そもそも、女の武器なんて…… それ以外に、使いようがありませんことよ?」
「なら、もっと上手に使ってほしいものですね」
セラフィンの顔がふいに近づいた。
耳もとに吐息がかかる。
「…… あなたのように」
「まあ。わたくしが、いつ……?」
ほほえんで応じてみせたが、返事はなかった。
かわりに、飾りをつけていない髪を大きな手がなでる。
ぬくもりが耳をとおって首筋にそっと触れて、離れた。
「…… すみません。そろそろ、失礼しますよ」
「ええ。報告ありがとう…… そうそう、イアン王子は葬儀の前々日に到着するのですってね?」
「はい。先触れはすでに…… 彼(・) 女(・) には知られないようにしています」
「ふふ。 と(・) っ(・) て(・) も(・) 楽(・) し(・) み(・) にしていますわ」
「私もです。はやく、役目を終わりたいものだ」
「あら。もっと楽しんでくだされば、よろしいのに」
「 ………… 」
セラフィンが、少し怒った顔をした。珍しい。
しかめられた目がすごい勢いで近づいてくる。
唇に、なにか柔らかいものがあたった。
ちゅ、とわざとらしい音 ―― まじですか。
「…… おしおきです」
離れたセラフィンの顔は、真っ赤になっていた。珍しい…… とか思えないくらいに、私の思考回路もフリーズしている。
いやちょっと待ってどこに行った前世の経験値。実は処女でもキスくらいは…… してなかったわ。
だってキスまでしなくても、みんな言うこときいてくれてたから…… する必要を感じなかったというか。
あれ? もしかして私の前世って、サイコパスである前に、喪女? とか 枯女? とかいうやつでは……?
―― うそなにこれどうしよう。
ともかく、ここで負けるわけにはいかない。
「おしおきだなんて。そのような風習、存じませんでしたわ」
私はなんとか態勢を整え、去っていくセラフィンの背に声をかけた。でもセラフィンには聞こなかったみたいだ。
―― 数分間しっかり頭を冷ましたあと。
メアリーと私しかいなくなった部屋で、私はきいてみた。
「ねえ、メアリー…… セラフィン殿下って、あのようなかたでしたかしら?」
「さあ? お嬢さまがなにか 開(・) 発(・) されたんじゃないですか? 鬼畜なオーダーをなさるから」
「鬼畜…… でしたか?」
「前から申し上げてますよ!」
私の前に濃いブラックコーヒーのカップが置かれた。
「…… せめて、わたしにおっしゃる1割でも、殿下に言って差し上げればいいのに!」
「それは、メアリーだから言えることといいますか…… 」
「うっ…… そんなことおっしゃられても、今さら嬉しくなんてないですからね! 配分ミスですよ、明らかに」
メアリーがいれてくれたコーヒーを飲み、私はこちらに来てからのメアリーとの会話を思いだしてみた。
ある日の会話。
『ねえメアリー。今日、セラフィンとドリスがどこに行くと思います?』
『さあ? ヴェロニカさま、またなにか企んでらっしゃるんですか?』
『あら。単に、ドリスが以前から憧れていた遊覧船に、乗せてあげるだけですわ。そのあとは海の見えるレストランで食事…… ちやほやおだてて、良い気持ちにさせてあげるようにセラフィンには言っていますの。楽しそうでしょう?』
『じつは羨ましいんですか、ヴェロニカさま?』
『あら。どうして羨ましいなどと? なににせよ、セラフィンはわたくしのものですのに』
――――――――――!
なんてことだ…… 言ってる……
いや、セラフィンは私のものは本当なんだけど!
つまり、わざわざメアリーに言っちゃう程度には、私は自分の計画につまずいていたわけで。
「…… いえそうではなくて嫉妬とかそのようなことでは断じてありませんわよ」
「そのようなことでございますね、お嬢さま」
「いいえ考えたこともありませんわドリスがまたセラフィンに胸をむにむにしているのでしょうかとかセラフィンが嘘には違いないのですけれどいまあのドリスに親切にエスコートして笑いかけてかわいいだの愛していますだのと言っているところなのでしょうかなどとは」
「お嬢さまの肺活量すごいですね…… ともかく」
メアリーは、いつのまにか か(・) ら(・) になっていたコーヒーのおかわりを私の前に置いてくれながら、断言したのだった。
「次にはちゃんと、少しは 妬(や) ける、って言ってあげましょうね、お嬢さま!」
※※※※※※※
【イアン王子視点】
ヴェロニカの葬儀は王都からやや離れた海都で行われる ――
南西へ馬車で5日間の旅の途中。
第二王子、イアン・グリュンシュタットは混乱していた。
もしかして、 婚約者(ヴェロニカ) は自分の心変わりに気づいて悲しみのあまり亡くなってしまったのではないか ――
そんな考えが、打ち消そうとしても頭のなかから離れなくなってしまったのだ。
イアンにとって、 婚約者の義妹(ドリス) はたしかに魅力的な存在だった。
ヴェロニカは完璧ではあるが、なに不自由なく生まれ育ったせいか、どうもイアンの気持ちを理解してくれないところがある。
この婚約を政略だと言いきり、愛人を作ってもいいとまで言われたのは、イアンとしてはガッカリだった。
だがドリスは 「たったひとりのひとと愛し愛されて温かな家庭を築きたい」 というイアンの理想をステキだとほめ、共感してくれた。
イアンが気に入っている 『 恋の薬(アモルス) 』 の素晴らしさもすぐにわかって、一緒に飲んでくれるようになった。
『恋の薬』 の話をしてもどことなく否定的な反応をして、すっと話題を変えてしまうヴェロニカとは大違いである。
―― それでも、まだドリスとはキスどまりだ。
ドリスがどんなにねだってきて、いかにイアンの気持ちがドリスに傾きかけているとはいえ、婚約者はヴェロニカ。
自身のことを 真面目(まじめ) だと信じているイアンには、大それた裏切りなどとてもできない。
だが、考えてしまったのは、1度や2度ではなかった。
もし、ヴェロニカが死んでしまったら、と。
―― きっと、とても悲しいだろう。
―― ヴェロニカの義妹も、とても悲しむだろう。
―― 身をよせあい、慰めあわずにはいられないほどに……
―― そうして薬のなかで天国の夢を見ながら、彼女とやっとひとつになる。
―― それこそが、ロマンティックで完璧な真実の愛……
妄想のなかでイアンは、ヴェロニカの死を心底悲しみながら何度もドリスを愛し、果てたのだ。
―― やっと、やっと……!
長い旅の途中。
イアンは何度も内心で喜びの声をあげ、その次には必ず、罪悪感に押し潰されそうになった。
―― 願ったせいで、ヴェロニカが死んでしまった……
その極端な妄想はやがて、イアンにとっての真実となっていく。イアンに自覚はないが、繰り返し服用している媚薬の力である。
だからイアンは驚かなかった。
ヴェロニカの別荘についたとき、彼女の 幽(・) 霊(・) がイアンを出迎えても。
「ようこそ。いらしてくださって嬉しゅう存じますわ、イアン殿下」
銀のエンディングドレスをまとったヴェロニカは生前と同じく美しくほほえみ、港のほうを差し示して、消えた ――
「あの海辺で、わたくしの大切ないもうとが、いま、プロポーズを受けておりますの」
イアンを凍りつかせる、ひとことを残して。