作品タイトル不明
2-6. 好きでなくても理解はできるのが同族③
「やつの…… バーレント・フォルマの両親は、媚薬開発実験の最初の犠牲者です」
「まあ! ご両親に? 開発中の媚薬を?」
クリザポールの告白の初っ端から、私はびっくりしてしまった。まじで。
―― フォルマについては、先日話したときに少しばかり 同類のニオイ(パスみ) を感じはした。
だが、さすがの私も両親が社会のゴミクズでない限りは、手にかけようとは思わない。それが人間のなかで生きる上での、最低限のルール ――
殺していいのは、ゴミだけだ。
「フォルマのご両親は、なにか良くないことでもしておられたのでしょうか?」
私の疑問をクリザポールは 「いえ、立派なかたがたでしたよ」 と即座に否定した。
「やつは、両親について常日頃から、妹と才能を比べられるのがウザいと愚痴を漏らしていたんですよ ―― 私たちは、いとこどうしで。両家の交流も頻繁だったのでね。昔は実の兄弟のように接していたときもあったんです」
「ああ、でしたら…… ウザいから媚薬の実験台にしてもかまわない、という論理なのですね?」
「さあ? あれの考えることなど…… とにかく、やつが研究中の薬を両親に試したことは確かです。その結果を見てそれを媚薬として売ることを思いついたんですよ」
クリザポールは胸をおさえて息づかいを荒くしながら 「悪魔なんだ、やつは」 と吐き捨てた。
「まあ…… よくご存知ですのね、クリザポール様」
「詳しく打ち明けられましたからね! やつの両親の、葬式で!」
クリザポールの顔から、みるみるうちに血の気が引いていく。
思い出すと怒りがおさまらなくなってきたらしい。
それでも冷静さを保とうとしているのか…… クリザポールは、きれぎれに言葉を続けた。
「あの頃、やつは私を、ある意味で信頼 ―― 意のままに使える者とナメてかかっていたんですよ」
「まあ。失礼なお話ですこと」
失礼というか、バカだけどね。
―― 利用する相手に 『ナメてかかっていた』 との評価を下される時点で、失敗しているわ。
人を利用するのはギブアンドテイクよ。
きっちりと恩を押し付け、優しくしてあげて 『利用されてもかまわない』 くらいは言わせないと ――
「まあ、あれのヒドいところも多少は知ったうえでの付き合いでしたから。いま思えば私も、甘かったものです」
クリザポールは頬をゆがめて自嘲し 「けれど!」 と語気を強める。
「あれだけは、許せません! やつは 『媚薬が完成したら、クリザポール商会の販路に乗せよう。あっという間に一儲けできるぞ』 と、私に話を持ちかけてきたんですよ!
『もちろん君だから話したんだぜ。この薬があれば、世界だって手にできるさ』 とね! 信じられませんでしたよ、まったく!」
「まあ……」
すごーい。フォルマ先生って、そんな無邪気な一面もあったのね。というか、バカだわ、やっぱり。
―― ねえフォルマ先生、しってる?
普(・) 通(・) の(・) 人(・) 間(・) の心は、私たちのようには、単純でないのよ?
「あれは、あの媚薬は……、やつの両親の人格を破壊した薬なのに!」
「人格を?」
「最初の媚薬は、依存が進むと被害妄想と狂暴性が付与されるものだったんです ―― やつの両親は依存が進むと、やつが薬を隠して渡そうとしないのだと信じ込んでしまいました。媚薬を奪おうと、やつを殺しかけたんです」
「ああ…… なんという、ひどいことを……」
「 公(おおやけ) には、あのかたたちの死因は銃の暴発とされました…… ですが実際には、あの男の 正(・) 当(・) 防(・) 衛(・) によるものだったんですよ」
「そんな、まさか」
「やつは私に、笑いながら言ったんですよ!
『あのとき冷静に引き金を引けて良かったよ。危ないところだった! …… ともかくも、それほどにも人を惹きつける作用のある薬だったのさ、僕の "アモルス" はね。毒性さえ抑えれば、売れ筋の薬になることは間違いない!』
―― 私は、怒りました。
『君の創った薬をクリザポールで売ることは一切ない。悪魔の薬にそれ以上こだわるなら、君とは縁を切る』 とね」
そのときの感情を思い出しているのだろう。
クリザポールのスミレ色の片目は、冷たく凍えるようだった。
「そのとき、やつは親しげに私の肩を抱き 『まあ、そう怒るなよ。君だっていつかは、僕の薬を売りたくなるはずさ…… きっと、すぐにね』 と、ささやいてきました。
私は 『いまは君と話そうとは思わない』 と、できる限り冷たく、あしらったんですがね。
やつは 『まいったな』 と肩をすくめただけで、反省するそぶりは一切、見られなかったんですよ」
「少しも反省など、していなかったんでしょうね、きっと」
「そのとおりです…… そして半月後」
クリザポールの握りしめたこぶしが、わずかに震えている。
「私たちは一家で馬車に乗っていて、事故にあいました。両親と兄は、私の目の前で亡くなりました」
「お気の毒に…… まさか、それも?」
「やつは馬丁に、ひそかに媚薬を渡していたのですよ。当時は気づいていませんでしたが…… やつは! 産みの親を実験台にし始めたとほぼ同時期に、やつは!
我が家の使用人にも、手を出していたんです……
媚薬ほしさに馬丁は、やつに言われるままに馬車の車輪に細工しました。やつが私たち一家を、家に招待したその日にね」
「あらかじめ、計画されていたのですね」
「そうとしか考えられません。ですがあのときは…… 『リオ! 君だけでも助かってよかった』 と。やつは、泣いて喜んでみせたんです! 私はまた、やつを信用してしまいました。愚かにもね!」
「まあ、そうでしたのね……」
そのときのフォルマは、さぞかし楽しかったことだろう ――
私は痛ましい表情を作りながらも、想像する。
―― クリザポールは、フォルマにとって最高の、大好きなオモチャ。
だからクリザポールの無事を喜んだのは、きっと心底からの真実で…… だが、むろん、フォルマはこうも計算していたはずだ。
―― それでクリザポールの信頼を再び取り戻せる、と。
そのうち籠絡して、媚薬を商会の販路に乗せてもらう予定だったんだろうな、フォルマは……
そのなにが悪いか、おそらく、いまだもってまったく、理解していないに違いない。
クリザポールの述懐は続いている。
「私たちは、やつの両親が亡くなる前よりも頻繁に、交流しはじめました。ひとりになった私を、やつはよく食事に招いてくれて…… 私はまったく疑わずに時間をやりくりしては、のこのこと出掛けていたんです。
そのうち、カタリナ ―― やつの妹が、女性として気になるようになり…… 私たちは婚約しました」
お、やっとカタリナ出た。
フォルマ(兄) に手柄を取られて自殺したと、テンが情報をくれた人だ。
「カタリナさんは、とても優秀なかただったと、噂に聞いていますわ」
「はい。カタリナは才能あふれる、美しい女性でした。学園に入学する以前から、すでに数種の薬を世に出していたほどですからね」
「まあ! 入学する以前といいますと…… 12、3歳ではありませんか。素晴らしいですわね」
「はい。真の天才といえば、カタリナにほかなりません。 『モルフェン』 を創ったのは、カタリナなんですよ。私が馬車の事故以来、不眠症に苦しむのようになったのを救おうと…… これが、その第1号です」
クリザポールはスーツの内ポケットからハンカチの包みを取り出し、開けてみせてくれた。
暗い緑色の小瓶。中央に貼られたラベルには、手書きの繊細な文字で 『 夢の神(モルフェン) 』 とある。
「 『モルフェン』 はフォルマ先生が創ったものだとばかり……」
「あれにそんな才能はないですね。媚薬に取りつかれる以前に、まともな薬を創ったことなどないんですよ、やつは」
「そうだったのですね…… では妹さんが亡くなったので 『モルフェン』 をフォルマ先生の作品として売り出したのでしょうか」
「逆ですよ。あの男は 『モルフェン』 をわがものにするために、実の妹にまで媚薬を盛ったんです…… ある日の夕食に招かれて、私は、それを知りました……」
クリザポールの声が涙でにじみ、くいしばった歯から 嗚咽(おえつ) がもれた。
「あの、おつらいのでしたら、もう」
「いえ、ヴィンターコリンズ令嬢、あなたには知っておいていただかなければ…… ご令嬢が信用して大きな仕事を依頼した男が、どれほどの悪魔かということをね」
クリザポールが途切れ途切れに語ったところによると ――
その日、クリザポールはフォルマから 『とっておきのディナーなんだ。一緒に楽しもう』 と招待を受けたという。
だがその日の食事には、フォルマの妹カタリナの姿が見えなかった。
食事は美食家のフォルマらしく美味いものの、アミューズ、前菜、スープ…… 特に代わり映えのないコースが続いていた。
『メインがとっておきなんだ。君のために用意した、最高の雌豚だよ』 というフォルマに、クリザポールも 『それは楽しみだ』 と応じた。
そしてメインの肉料理に運ばれてきたのは ――
「首輪をつけて…… 四つ這いになった、カタリナだったんです……! ヤツは…… っ 『さあ、存分に楽しんでくれたまえ。全身舐めてやるとものすごく喜んでイイ声を上げるよ』 と……
私はたまらず、その場から逃げ帰ってしまい…… 翌日、カタリナが亡くなったとの知らせが届きました…… カタリナは…… 私が贈った青いドレスを着て…… 毒を…… 」
悲劇そのものの声をクリザポールはあげる ―― が、私からすれば、なんというかまあ、予想どおりだわ。
前々振りのあたりで、そうなるだろうなと思っていたのよね……
とりあえず空気にあわせて、表情は作り続けておくけれど。
―― クリザポールの感情表現が、わかりやすくて良かった。
もし平静に話されたりしていたら、私はおそらく 『クリザポールはもう、悲しんではいない』 と誤解してしまう。
私は人の表情をパターン認識してはいるけれど、その裏にある真の気持ちを感じ取ったりは、できないのだ。
いまだって ―― 本当はちょっと、白けている。
どうしてこのひと自分だけ、悲劇の主人公気取りなのかしら ――
けれどまあ、まだまだ使えるから、いっか。
クリザポールは私に 「失礼」 と断ってからハンカチで涙を拭き、裏ポケットからやや古びた封筒を取り出した。
「こちらが、カタリナが私にあてた遺書です」
「読んでもかまいませんか?」
「はい…… 」
ラベルと同じ繊細な文字が並ぶ遺書に、私は目を通し…… そして、了解した。
―― カタリナは、自殺で間違いなかった。