軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

28 陛下に捕獲されました

どうして私が森の中で陛下に捕獲されることになったのか。

話は少し遡る――。

そもそもこの日の私は、侍女さんに提供するハンドクリームを作るための下準備として、材料を探して回っていたのだ。

ハンドクリームに使う材料は、植物油と蜜蝋。

蜜蝋というのは、蜂が巣を作るために分泌する蝋のことで、優れた保湿効果がある。

最低その二つがあればハンドクリームは作れるけれど、せっかくなので精油で香りづけもしたい。

使用するとき、ふわっといい匂いがするだけで、心が満たされて幸せな気持ちになれるしね。

精油を抽出する方法は知っている。

元の世界で溜め込んだ癒し系グッズ製作のための知識が、まさかこんなふうに役に立つとはなあ。

匂いのもとには何を利用しよう。

窓の外を眺めながら、ちょっぴり考え込む。

食べ物や植物に関しては、今のところ私のいた世界と違いはない。

あの花も存在しているかな。

あの花――、初夏のこの季節、いい匂いがする植物として真っ先に浮かぶのはラベンダーだ。

ラベンダーはアロマオイルや化粧品などにも利用される有名なハーブで、穏やかで深みのある香りから、元の世界でもとても人気があった。

ラベンダーの香りには、睡眠障害を緩和させてくれたり、気持ちを落ち着かせてくれる作用があるのだけれど、実はこのラベンダー、香りがいいだけではなく、皮膚の炎症を鎮める効能も持っているのだ。

あかぎれを治すのにはもってこいだし、元の世界でも古くから薬や料理に使われてきた植物だから、入手するのはそんなに難しくないかもしれない。

そう期待して、食事の際、さりげなく侍女長さんに尋ねてみたら、ラベンダーを含むハーブたちも、ちゃんとこの国に存在していることがわかりホッとした。

手荒れを気にしていた侍女さんに、ラベンダーの匂いが苦手じゃないか確認するのも、もちろん忘れない。

匂いの好みは人それぞれだからね。

今後も誰かに何かを勧める時は、その辺を気をつけなければいけない。

そういえばミカンのお風呂とじゃがいものパックは、エミリアちゃんにも好評だった。

エミリアちゃんは昨晩も会いに来て、私が真面目に健康体獲得のため取り組んだかどうか尋ねてきた。

お昼に食べたトマトリゾットの話と、夜のお風呂のことを話すと、ものすごく興味を持って真剣に話を聞いてくれた。

「その調子で励みなさい」なんて言われると、思わず背筋がしゃんとする。

小市民な私なんか、へへーと頭を下げたくなるくらいだ。

王族の放つオーラ恐るべし。

エミリアちゃんはワクワクした顔で、「これから私が転生する世界にもそういうものがあるといいわ」と言ってきた。

本人がすごく楽しそうなので、私だけ辛気臭い顔をするわけにもいかない。

でも正直なところ、彼女が転生してしまう事実を受け入れるには、もうちょっと時間が必要だった。

――って、いけない、いけない。

言ってる傍から暗い気持ちになってしまった。

とにかく私は、前の晩にエミリアちゃんに褒めてもらえたこともあり、私は今朝起きるとすぐ、張り切ってハンドクリーム作りに取り掛かったのだった。

朝食後、まず最初は植物油を分けてもらいに厨房へと向かった。

それから蜜蝋が欲しいので養蜂場から取り寄せられないかと聞いたら、料理長さんが使いを出してくれることになった。ありがたやー。

夕方には手に入るらしいので、またその頃、取りに来ることにして、いったんお昼を食べに部屋に戻った。

食後、ちょっと休憩したあとは、中庭に出て、日光を浴びながらラジオ体操をする。

これも昨日から新たに始めた健康獲得訓練のひとつだ。

もちろんこの世界には、ラジオがないから、あの曲を自分で口ずさみながらね。

エミリアちゃんの体だと、ラジオ体操だけでも息が上がって、最終的にはその場にへたり込んでしまった。

体力はいきなりつくものじゃないから仕方がない。

めげずに頑張ろうと思う。

よし、少し体力も回復してきたぞ。

蜜蝋が手に入るまでのあいだ、ラベンダーを探す旅に出ることにする。

おじいさんに聞いてみるつもりで森に出かけてみると、畑には誰もいなかった。

野菜の種を手に入れてたくらいだから、作物や植物に詳しいかもと期待したんだけどな。

時間はたっぷりあるし、とりあえず午後までここでのんびり待ってみよう。

「よっこらせっと」

木陰に座って足を投げ出し、ぼんやりして過ごす。

そよそよ、そよそよと優しい初夏の風が前髪を揺らしていく。

ああ、なんて心地いいんだろう。

もうこのままこの草の上にころんと横になってしまいたい……。

あのおじいさんなら、転がっている私を見ても笑って許してくれるだろう。

一応周囲をキョロキョロ確認してから、ころんと寝転がる。

それからすうっと息をして、生き生きとした緑たちが放つ爽やかな香りを胸いっぱいに吸い込んだ。

信じられる? 社畜時代の私。

今、人目も気にせず、思う存分、怠けているよ……!

何もしないということに罪悪感を抱かなくていい。

その幸せをしみじみと噛みしめていたとき――、視界の隅に人影が現れた。

おじいさんかな?

現れた人物を確認するため、ごろんと寝返りを打つ。

ところが視線の先に立っていたのは、予想していたのとはまったく違う人物だった。

「へ……陛下!?」

うそでしょ?

思わず固まると、陛下も目を見開いたあと、ふっと笑った。

「これは驚いた。我が妃が地面に落ちている」

「ち、違うんです!!」

いや、違わないけど……!

自分の頬が一気に熱くなったのを感じながら、慌てて飛び起きる。

「これはちょっと、少しだけのんびり寝転がろうと思っただけで、あの、その、どうしてこんなところに陛下が!?」

王妃としてあるまじき行いを、ばっちり見られてしまった。

あのエミリアちゃんなら、こんなことはしないはずだ。

ただでさえ陛下には疑われているかもしれないのに……!

だめだ、もう一旦、逃げよう。

この動揺したテンションで取り繕える気がしない。

「お見苦しいところをお見せしました……! し、失礼します!」

「待て」

「うわ!?」

走り去ろうとしたのに、手首を掴まれ、引き留められてしまった。

痛くはないけれど、なんとなく気圧されて逃げられない。

「そなたに話があって探していたのだ」

「え……」

まさかまたこないだみたく追及されるんじゃ……。

「は、ははは、話とは……」

わたわたしている私に向かい、不意に陛下が手を伸ばしてきた。

反射的にビクッと肩を竦めると、彼は私の頭に一瞬触れてからすぐに手を離した。

指先には落ち葉が摘ままれている。

「髪に葉がついていた」

わ、そういうことだったのか。

「ありがとうございます……」

なんか恥ずかしい……。

自意識過剰に警戒しすぎたかも……。

気まずくて視線を落としたら、そのまま顔を上げ辛くなってしまった。

「そなたを探して回ったのだが、予期せぬところに出没していて驚かされた」

「え、予期せぬとは?」

「厨房や物置。それから中庭で奇妙な舞を舞っていたらしいな?」

う……! ラジオ体操のことだ。

誰だ、黙って見ていて、それを陛下にしゃべったのは……!

よりによって奇行に走っていた情報を仕入れられているなんて、最悪すぎる。

私は頬を引攣らせながら、半歩後退った。

さあ、どうしようか。