軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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目が覚めると真っ暗だった。僕に与えられている私室は、手狭ながらも、室内で遊べる娯楽なんてものがほとんどないこの世界では十分な広さだった。

窓から射し込む光はか細く、ああ、「新芽と新月の晩餐会」からほぼ1月だから、新月前後なんだよな……そりゃ夜は暗いわ。

「お腹空いたな……」

「……それならなにか用意させるのだわ」

「そうですか? ありがとうござい——」

薄暗い中にその人の姿を確認して僕は「ひっ」と情けない声を上げてしまった。

「おおおおおおおおお嬢様!?」

「なにをそんなに驚いているの? わたくしが主であなたが護衛。そばにいるのは当然でしょう?」

「あ……」

僕はお嬢様の目の下に、べったりとくまができているのに気がついた。【森羅万象】を使うまでもなく、お嬢様が僕のベッドサイドで看病——見守っていてくれたことがわかる。

僕の服は寝間着になっているし、誰かが着替えさせてくれたんだろう。身体もスッキリしているから汚れも拭ってくれたに違いない。ところどころ【回復魔法】で回復しきれなかった場所には包帯も巻かれている。

「左手首のここの包帯、お嬢様が巻いてくれたんでしょう?」

「どうしてわかるの!? あっ、巻き方が下手くそだとか思っているんでしょう!」

「執事長やメイドたちは?」

「下がらせましたわ。護衛はあなたひとりだけですもの」

護衛は身体を張るのが仕事だ。少なくとも僕はそう思っているし、お嬢様の命を守るためなら「なんでもする」というのが僕に与えられた任務だろう。

これは仕事だ。僕はちゃんと対価をもらっている。

だけど一方でお嬢様の気持ちもわかる。僕だって、僕を護衛してくれている人が、僕のために大ケガを負ったら全力で看病するだろう——ただその感覚が、庶民的なものだというだけで。

伯爵家の令嬢が、護衛のためにここまでがんばるというのはやはり異常だ。

いや……お嬢様の感情が細やかで優しくできている、ということなのだろう。

「お嬢様……魔力をコントロールできているようですね」

「ええ……お父様が、【魔力操作】の天賦珠玉をくださったの。こんな状況では授与式はまた延期だろうからって。これで文句を言う貴族がいたら懲らしめてやるって」

「はは……」

伯爵はいつから授与式では別行動をしていたのだろう——僕はそんなことをふと思った。あのときの伯爵の行動は、2手も3手も先を読んでいたように感じられる。

「ルイ様は……どうなったのかしら」

お嬢様が、恐る恐るというふうに聞いてきた。そうか、お嬢様はその顛末を聞かずに伯爵邸まで戻ってきたんだな。

「亡くなりました」

「!」

びくり、と身体を震わせたお嬢様だったけれど、それから静かに目を閉じた。

「……そう、なの」

「はい」

「わたくしの『鼓舞の魔瞳』を見てから、ルイ様は行動がおかしくなったの」

そうか、そういうことか。お嬢様はルイ様の死を、自分のせいだと思っているのか。

気にしなくていい、とか、あなたのせいじゃない、とか、言おうと思えば言えるけれど、僕は言わなかった。お嬢様にそんなうわべだけの言葉が意味があるとは思えなかったし、なにより僕だってあの場でなにが起きていたのかは知らなかったわけだし。

僕が着いたときにはもう……。

「レイジ……?」

「…………」

もう、ルイ少年は死んでいた。

僕は自分の手のひらを見る。僕がすくいとれる命の数は限られていて、僕にできることには限りがある。

前世の16年と、記憶が戻ってからの4年、それなりの人生経験を積んだつもりになっていたけれど——全然、足りないよ。心が漬物石みたいに重くなって、僕をぎゅうぎゅうつぶしてくる。

でもきっと、

「お嬢様」

お嬢様は、12歳にして、僕と同じ思いに苛まれている。

「お嬢様はその魔瞳を使いこなせる人物になってください」

「!」

「鼓舞の魔瞳」はコントロールできなければ暴走するが、コントロールできるようになればとてつもなく有用だ。

たとえば演説の前のスピーカーを励ますこともできる。たとえば大舞台の前の演奏者の不安を消すことができる。たとえばプロポーズを考える恋人の背中を押せる。

もちろん……戦争に利用することだってできる。

「わたくしは……使い方を間違ったのね」

「違います」

「いえ、きっとそうよ。でなければルイ様は——」

「ルイ様は、なにがあっても、絶対に『エヴァ嬢のせい』だなんて言いませんよ。それこそ死んでも言わない」

僕は確信していた。あのルイ少年が、見栄っ張りで、ワガママな——ごくふつうの男の子が好きな女の子のせいになんてするもんか。

「でも……この目がなければ」

「お嬢様、それは違います。その目は生まれ持っているものでしょう? 人は自分の生まれを否定はできない。でも生きる道は選べる」

僕は前髪をまくってみせた。小さく【火魔法】で火を点すと、ちょうど髪の付け根が見える。

そこは——そろそろ染髪料を使わなければなと思うほどには、黒い。

「僕の髪は黒いんです。そのせいで忌み嫌われ、親に捨てられました」

「————!!」

お嬢様が目を見開いて悲痛な表情を浮かべる。

違うよ、お嬢様。僕はあなたの同情が欲しかったわけじゃない。

「でも今は毎日を楽しく過ごせています。それは僕が、スィリーズ伯爵に雇われることを 自分で選んで(・・・・・・) 、お嬢様と時間を過ごすことを決めたからです」

「……わたくしと?」

「はい。ですから、すべてはこれからです。これからどうするかです。使い方さえ間違えなければ『審理の魔瞳』よりもずっと、多くの人に役立てることができます」

「……お父様よりも?」

「はい。伯爵は——」

そうと言ったことは一度もなかったけれど、あの人は「審理の魔瞳」のせいで聖王からは重宝されたけれど、多くの人から嫌われることになった——そのことを、一度や二度は恨んでいるに違いない。

彼がウソを見抜く以上。心許せる友人を作ることだってままならないに違いないから。

「……お父様は、すごい方なのだわ」

ぽつりと言ったお嬢様の双肩には、スィリーズ家の当主として伯爵の後を継がなければいけないという重荷が掛かっている。

膝の上に置かれた手が、落ち着きなく開いたり閉じたりしている。

「なら、止めちゃいますか」

「——え?」

「伯爵家をなくせばいいんです。もともと領地もない貴族家ですから、ここで働いている人たちに十分なお金を渡し、爵位を返上すればお嬢様は自由です。改めて勉強して官吏を目指してもいいし、街で商売だってできるし、なんなら優雅に暮らして長い余生を過ごすこともできるし、反対に危険がお望みなら冒険者という道だってある。それだって選択肢はあなたにあるんですよ。どうします? お嬢様が望むなら僕はこの国からだってあなたを連れだしてみせましょう」