軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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「……ん、ここは……」

小さな声が聞こえた。

「お目覚めですか、お嬢様!」

「ちょっと待ってください」

やってくるメイドさんたちを僕は手で制した——魔道具を見せながら。

「……レイジ?」

【森羅万象】で見ると、魔力は欠乏状態からわずかに回復していた。それ以外は健康のようだ。

「眠りに落ちる前、なにがあったか覚えていますか?」

「…………」

しばらくの沈黙の後、お嬢様はうなずいた。

「あれがお嬢様の魔瞳です。今は魔力が足りていないので発動はしませんが、発動を抑えるためにこの魔道具をつけていただきたいです」

「……そのブレスレットを? レイジがわたくしにくれるの?」

「僕ではなく伯爵からの贈り物ですよ? 僕が贈るならもっと安いものになりますし、デザインももっとかわいいものにします」

これはブレスレットと呼ぶには少々無骨なデザインではあった。

「……ふふ、いつかレイジからプレゼントされてみたいものだわ」

「お嬢様におねだりされてはかないませんね。考えておきましょう」

「…………」

「……お嬢様、どうしました?」

僕がたずねると、

「レイジがやけに優しいのだわ。……もしかしてわたくし、とてもひどい状態だったの?」

鋭いなぁ、親子して。

「いいえ、僕がいない間に起きたことなので、ちょっとだけ良心の呵責を感じているだけです。——手を」

僕はお嬢様の左手に魔道具を付けた。

「……ん、んん」

お嬢様が顔をしかめる。

「気持ち悪いですか?」

「ええ、少し……でもこれくらいなら大丈夫——」

僕はお嬢様の手からブレスレットを取り外し、メイドさんたちに声を掛ける。

「どなたか裁縫に使う針を持ってきてください」

「……針を? レイジ、どうするの?」

「調整します」

ややあってメイドさんが持ってきてくれた針は、10センチ強の長い針だった。僕は魔導ランプの下にブレスレットを置き、その裏面をじっと見つめる。

(頼むぞ、【森羅万象】に【手先が器用】)

針を裏面に当てると、力を込めてギイイとひっかいた。

「レイジ!? それは魔道具なのだわ! そんなことをしたら壊れて——」

「問題ありません。できました」

お嬢様に残る魔力量をわずかに増やす調整は、さほど難しいことではなかった。お嬢様は恐る恐るといったふうに左手を差し出し、僕はそこにブレスレットをつける。

「……どうですか?」

「さっきよりもずっと楽なのだわ!」

お嬢様の喜び方が大きい。それはきっと——さっきの状態だとかなり身体に負荷があったのだろうと思われる。

(やせ我慢する人だもんなぁ、お嬢様……)

とりあえずこれで、授与式を乗り越えよう。

* 天賦珠玉授与式前日:ロズィエ家邸宅 *

恋する少年の心は浮き立っていた——それも無理はない。恋する相手と数日と置かずに明日また会えるからだ。

「ご機嫌ですね、ルイ様は」

ロズィエ家の邸宅は6大公爵家と同じ並びにあるのだが、大きさで言えばダントツだった。それはロズィエ家が与えられている公爵領は聖王都クルヴァーニュと隣接しており、ロズィエ家の人間は気軽に往復するために、邸宅が大きい方がなにかと都合がよかったからだ。

そんな邸宅ではあったけれど、それでも中に入れる人間は限られている。招かれる貴族といってもごく一握りで、ロズィエ家主催のお茶会は邸宅とは別棟で行われるからだ。

中にいるのはロズィエ本家の人間はもちろん、深い縁故のある人物——聖王騎士団第2隊隊長のアルテュールがそうだった。

「わかるかい、アルテュール」

ルイは本家で、アルテュールは分家なので、相手がいくら年上でいくら聖王騎士団の隊長であろうと、ルイのほうが立場は上だった。

「当てましょうか? エヴァ嬢のことをお考えなのでしょう」

「——ッ!? そ、そんなにわかりやすかったか?」

「そりゃもう」

やれやれとばかりにアルテュールが両手を挙げる。

「ルイ様が望めば、スィリーズ伯爵も文句は言わないでしょう」

「…………」

「ルイ様?」

窓の外と同じ、雨雲のように少年の表情は暗くなった。

「エヴァ嬢は、俺よりもずっと賢い」

「ルイ様も勉強なさればよろしいでしょう。あなたには才能がある」

「それだけではない……聖王陛下がおっしゃっていた」

——今日はお前の妃を決める場でもあるとあらかじめ言っておいただろう?

いくら6大公爵家であっても、聖王子が相手であればかなうはずもない。

あの日以来、クルヴシュラトは聖王宮から出ることを許されていないようで、エヴァとは会っていないはず——その間に自分が彼女との仲を進展させたい、とルイは焦っているところがあった。

「聖王陛下が、なんですって?」

「——いや、いいんだ」

クルヴシュラトはなにも思っていないかもしれない。

恋敵ではないのかもしれない。

だとしたらひとりで勝手にやきもきしていることになる——ルイは、公爵家の人間として弱みを見せてはならないと教えられてきたこともあり、アルテュールにはそれ以上言わなかった。

「大体な、アルテュール。お前が悪いんだぞ。なにが『意中の女性には強気で行け』だ。最初の印象は最悪だったとエヴァ嬢に言われたんだからな」

「それはさすがに相手を見てくださいよ。スィリーズ家ですよ。『冷血卿』のお嬢様にそんな強気で行くなんて思いもしませんでしたよ。あれがエヴァ嬢ではなくシャルロット嬢相手だったら、今ごろ結婚式の日取りを話し合ってるころですよ」

「……そんなにスィリーズ伯爵は怖いのか?」

「話は聞いているでしょう?」

ルイはうなずいた。

だが貴族社会の常で、「話は半分で聞け」と言われて育てられてきた。

「すごいんですよ、彼が処刑台に送り込んだ貴族の数は歴代最高でしょうね」

「そんなに……」

「喜んでるのは予算庁の役人だけです。貴族に払う俸給が大幅に減りましたからね。他の貴族は次に狙われるのは自分かと戦々恐々としていますよ。大丈夫なのは辺境伯以上の——もちろんロズィエ家も含む貴族家だけです」

「どうして我らは問題ないんだ? スィリーズ伯爵とて、難癖をつけているわけではないんだろ?」

「それはまあ……。でも伯爵の力では、調査できる範囲が限られていますからね」

「…………」

「どうしました、ルイ様。ムスッとした顔をして」

「……貴族位によって不正が免れている可能性があるというのは、公平じゃないな」

ほう、とアルテュールの片眉が上がる。

「それはエヴァ嬢の受け売りで?」

「ち、違う。俺が考えたことだ」

「まあ、いいじゃありませんか……なにもかも急には変わりませんよ。スィリーズ伯爵が汚職貴族を処刑したことだって、急激な変化なんです」

「……そう、なのか? だがお前の言い方だと、高位の貴族が黒幕だった場合は、多くの低位貴族が死んでもただの『トカゲの尻尾切り』に過ぎないということだろう」

ふむ、とアルテュールが今度は唸る——うちのお坊ちゃまはだいぶ目の付け所が貴族らしくなってきたな、と。

(扱いづらいのは、面倒だな)

アルテュールは笑顔を浮かべた。

「であれば、ルイ様が力を持てばよろしいのです」

「……俺が?」

「はい。ルイ様は公爵家。あなた様であれば多くの改革をなせるでしょう」

「それは確かに……」

「力というのは権力だけではありません。文官を従えるには知恵が必要ですが、これはあなた様が文官のトップにつけば簡単です。一方で武官は、上官がいくら偉くとも上官自身に武力がなければ従いません。ルイ様、剣の稽古をしていますか?」

「うっ、さ、最近は少し……やっていなかったな」

「それはいけません。今日はあいにくの雨ですが、晴れてからは私が稽古をつけましょう。剣の腕が立つと評判になれば武官からの見る目も変わります」

「なるほど、武力か」

「それは、エヴァ嬢にはできず、ルイ様にしかできないことです。剣を大事になさってください。ここは『剣のロズィエ家』なのですから」

「わかったよ、アルテュール」

ぎゅう、と拳を握りしめるルイを見て、うんうんとアルテュールはうなずいた——ところへ、部屋のドアが開いた。

「——アルテュール殿、ここにいたのか」

「これは、ロズィエ公爵」

ソファに座っていたアルテュールは、ドアが開いて公爵が入ってくると大急ぎで起立して服の裾を伸ばした。

気の強そうなルイの面影がある公爵は、でっぷりとしてはいるが肥満というほどではなく、富裕層の年相応の肥え方をしていた。

オールバックにした髪には白髪が交じっており、まだ40代後半ながら貫禄が出ている。

(……ん? だいぶ顔色が悪いな)

すぐにアルテュールが気がつくほどに公爵の顔は青ざめている。

「ルイ。アルテュール殿を借りるぞ。明日の授与式の警備について話がある」

「わかりました、父上」

「ではこちらへ」

「はっ」

公爵に手招きされ、アルテュールは廊下へと出る。

——おかしいな、とすぐに感じた。

(明日の警備は騎士団長の第1隊の管轄だ。私が出る幕などないのだが……それは公爵閣下の顔色の悪さとなにか関係が?)

おかしいときにおかしいとすぐに感じ取れるからこそ、アルテュールは第2隊長にまで上り詰めることができたのだった。